相続税のない中国で加速する「土地汚職」

10月20日(金)9時15分 プレジデント社

転売目的で買われたマンションは明かりがつかず真っ暗だ(浙江省温州市)

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不動産価格の高騰によって、中国は多くの社会問題を抱えることになった。土地を手に入れるために、公務員に対する贈賄が蔓延。さらに相続税がないため、土地をもつ人間はさらに富み、貧富の格差は世界最悪級だ。しかしバブルをつぶせば、大きな景気後退が避けられない。平等に重点を置く「社会主義」を標榜しながら、中国は矛盾に苦しんでいる——。

■贈賄の動機は“土地ほしさ”のため


90年代からわずか20数年程度の 歴史の浅さからしても、中国の不動産市場は未熟で、また、法律・法規も不完全なものだった。ましてや土地の権利関係も曖昧な状態だった。


権利関係の曖昧さを物語る最たる事例が「土地の使用期限」である。中国ではマイホームを取得したとしても、土地については「使用権」を獲得したにすぎない。その使用期限は70年とされているが、期限到来後の「使用権」がどうなるのかがはっきりしない。昨今、中国人が好んで欧米や日本の所有権のある住宅を購入したがるのはここに理由がある。


このような「不完全な市場」で不動産投資が膨れあがった結果、中国では多くの問題を引き起こすことになった。


強制的な立ち退きを報道する映像は、2000年代の日本のお茶の間にも流れた。高級物件偏重型の不動産開発、違法な耕地利用、土地を動かすための贈収賄——ありとあらゆる社会問題が一気に噴出した。


公務員の汚職撲滅は、習近平政権の最大の課題である。中国では日々、汚職検挙数や汚職幹部摘発のニュースが流れるが、問題の核心は「何のために公務員に贈賄するのか」にある。答えは簡単だ。すべては“土地ほしさ”のためである。


今から4年前のことだが、筆者は、近く工場を拡張する計画を持つ中国人経営者を訪ねたことがある。この経営者は必要書類の準備で多忙だったが、「書類を準備しても簡単に土地を分け与えてはもらえない」と言い、贈賄なしではその先に進めないことをほのめかした。


振り返れば、中国では誰もが不動産欲しさに血眼だった。一般市民は住宅を欲し、不動産業者は開発用地を欲し、工場経営者は工場用地を欲しがった。地方政府に関係を築けない“まじめな弱小企業”などはとっくにお払い箱だ。地方政府の役人に食い込める者だけが生き残り、接待漬けにして贈賄し、その果実である“土地”にありついた。


■不動産バブルをクラッシュさせない弊害


不動産バブルがこの国にもたらした「本末転倒」は枚挙にいとまがない。日本でも実需層(勤労所得者層)の不動産価格は「年収の5倍」で買えるというのがひとつの目安になっているが、上海ではこうした年収相応の住宅は存在しなくなった。




転売目的で買われたマンションは明かりがつかず真っ暗だ(浙江省温州市)

90年代後半の上海では、70平米(平方メートル)の中古マンションが日本円にして400万円程度で買えたものだった。当時の上海の平均的な平米単価は4000元程度(当時1元=約13円)だったが、単価も4万元(1元=約17円)を超えた今は、70平米の小型住宅も日本円で4760万円という価格をつける。内装工事前のスケルトン販売が主流の中国では、キッチン、バス、トイレや建具などの内装費が別途加算され、入居時には結局、東京の都心部にも匹敵する価格に膨れ上がってしまう。ちなみに上海の一般的なサラリーマンの月収は7000元(約11万円)程度だと言われている。



中国の不動産バブルをクラッシュさせないことの最大の罪、それは生活の土台となる住宅がいまだ投機の対象になり続けていることにあると言える。


一方、日本には公営、公団などによる「団地」の歴史がある。戦後の住宅不足を低家賃の住宅建設で解消するべく普及した集合住宅である。都心では、70年代を前後して新築した家に引っ越す家庭が多く見られたが、みな、こうした住宅に住みながらコツコツと頭金を蓄えていたものだった。


中国で住宅の現物支給は打ち切られたことは前回述べたが、その後、公共政策による低・中所得者向け住宅はほとんど普及しなかった。先に民間デベロッパーによる不動産バブルに火がついて地価が高騰してしまったため、地方政府も開発業者も「儲けにならないプロジェクト」に背を向けたのである。いくつかの低・中所得者向け住宅が供給されても、そこに入居できるのは「役人にコネのある者」だった。


地元上海人ならば所属工場が支給した住宅に住めたが、上海市の人口の大部分を占める外省人にとって、上海の住環境は屈辱的だった。中国の賃貸市場では「賃貸人」が保護されるため、「明日出ていけ」もまかり通る。そんな粗末な賃貸住宅からの脱出は彼らの悲願でもあったが、毎年上昇する住宅価格に「マイホームの夢」はますます遠ざかる一方だった。


■富の再分配が進まない構造


こうして「持てる者」と「持たざる者」が分かれた。これを構造的なものに定着させたのは不完全な課税制度である。中国ではいまだ相続税が実施されていない。相続税は建国当時から法律に盛り込まれているものの、いまだ保留扱いのままだ。その理由は2013年時点で、中国では統一された個人財産の登記制度が実施されていないためでもある。


他方、日本ではどうかと言えば、皇族だろうが、官僚だろうが、あるいは現金を持たない世帯だろうが、相続税は例外なく厳格に課税される。美智子妃殿下が33億円の資産を相続できなかったため、正田邸は公園になってしまったというのは有名な話だ。


日本は「長者に三代なし」と言われ、最終的には三代で資産がなくなってしまうと言われているが、それほど日本の相続税は厳しく、不動産を所有するほど課税が増えるしくみになっている。逆に言えば、中国では富は一極に集中し、富の再分配が進行しにくい構造になっている。



■地方では局所的にバブルが崩壊


日本ではメディアが「中国不動産バブル崩壊か」などという表現を繰り返し使ってきた。しかし、中国は国土が広いため、日本のように全体で不動産バブルが崩壊することはない。だが、局所的にはバブルが崩壊している。


産業もなく人口流入もない内モンゴル自治区のオルドス市では、明かりのつかない「ゴーストマンション」が出現した。人口流出が顕著になる今、3線都市、4線都市といわれる地方都市での「供給過剰」が警戒されている。


過剰供給に陥った背景には、中国政府による財政出動がある。リーマンショックで不景気に陥った中国経済を立て直そうと4兆元が地方政府にばらまかれ、このとき、中国の至る所でマンション開発が行われた。


銀行は地元の中小企業に無理やり貸し付けを行った。当時、中国の諸都市は、「借金せよ、財テクに走れ、住宅を買い続けよ」という雰囲気に包まれていた。特に沿海部では多くの中小企業が、製造業という実業を捨て不動産投機にのめり込んだ。


筆者は軽工業が集中する浙江省温州市を訪れたが、そのとき町の人はこう話していた。「工場経営という実業は一枚の名刺にすぎない。それは融資を導くための表面上の顔なんです」。


温州市は片田舎の地味な都市だが、2010年代に入ると平米単価10万元という破格の価格をつけるようになった。軽く上海を超える水準である。上海万博(2010年)の開催直前には、地方都市でも不動産価格は狂ったように上昇した。


あの手この手の政策を打っても過熱は収まらなかったことから、中国政府は同年、「限購令」を導入する。「限購令」とは「各都市に戸籍のある者しか買えない」「保有できるのは2戸まで」「外地戸籍者は1戸まで」などとし、購入行為そのものを規制する政策だ。さらに2011年には上海市と重慶市で固定資産税の試験導入を行うなど、政府は市場の熱冷ましに躍起になった。


こうしたプロセスを経て、不動産市場は「冬の時代」に突入した。政策転換を受けて、水面下では銀行が“貸しはがし”に乗り出していた。局部的な不動産バブル崩壊を招いた元凶は、ほかならぬこの“貸しはがし”である。これが引き金となり連鎖倒産が起こった。


誰もが資金の貸し手であり借り手となった浙江省の事態は深刻だった。銀行のみならず、社員や取引先からも借りまくった資金は、すべて不動産につぎ込まれていた。だが、「冬の時代」とともに価格が下落に転じた浙江省では、投資物件を売却するにもできなくなった。この時期、中国では“夜逃げ”のニュースが中国のお茶の間をくぎ付けにした。


温州市に見るようなクラッシュは他の都市でも起こった。地方都市の不動産市況は悪化し、中国経済は失速を続けた。2016年は積みあがった“在庫”をどう処理するかが政策の重要課題となった。



■それでも悲観論はほとんど聞かれず


1線都市とその他の都市では動きは異なる。それが中国不動産市場における1つの特徴でもある。むしろ中国では、住宅市場の2極化が進み、人口流入が続く1線都市だけは崩壊しないという「2極化論」が支持されている。


ちなみに1線都市の上海だが、2015、16年とバブル状態が続いたが、今は打って変わって取引は低迷している。「住宅価格が2割下落」とも伝えられている。だが、これを「バブル崩壊」に結び付ける悲観論はほとんど聞かれない。


「北京、上海は大丈夫」——そんな強気な不動産神話が存在するのは、それが「人口流入が続く「1線都市」だと言うことと、「市況低迷はいつものパターン」だと見抜いているからだ。


仮に相続税など各種課税を強化すれば、バブルは崩壊し、市場は正常化に向かうだろう。だが、恩恵を受けている側に共産党員が多く含まれているため、自分の首を絞めるような政策は出さない、と考えられている。この構造が中国の不動産神話を支えていると言える。


また、最近は一帯一路構想など、中国が世界のイニシアティブを握るという将来像も見えてきた。中国全体が再び自信をつけ始めている点は見逃せない。


しかし、不動産市場が崩壊するかどうかは、あくまで投資家目線の話だ。果たして、住民にとっては悲願の住宅や住環境が本当に心地よいと言えるのか。実は問題は山積しているのである。上海市の西部に在住する地元市民はこう訴えている。


「パーキンソン病の夫がいるというのに、この住宅にはエレベーターがない。すぐにでも住み替えたいが価格に見合う住宅は条件の悪い郊外にしかない」


他方、上海では不動産価格があまりに上昇したため、商業では利益がほとんど出せなくなっている。実店舗を閉店させ、仮想空間での商売に逃避するのもその現れだ。


上海の小売業事業者はこう語っている。


「この不動産価格では倉庫も借りられないし、店舗も出せない。上海は人が住み、健全な商業を営める土地ではない」


ここ数年、中国人が日本での住宅購入に食指を動かしているは興味深い。投資もあるだろうが、移住目的もある。値上がりがほとんど期待できない日本の住宅に関心を向けるのは、そこが住みよいと思うからだ。崩壊しない中国の不動産バブルは、国民からも安住の地を奪ってしまったという意味で罪深い。


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姫田小夏(ひめだ・こなつ)

フリージャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。1997年から上海、日本語情報誌を創刊し、日本企業の対中ビジネス動向や中国の不動産事情を発信。2008年夏、同誌編集長を退任後、語学留学を経て上海財経大学公共経済管理学院に入学、修士課程(専攻は土地資源管理)を修了。14年以降は東京を拠点にインバウンドを追う。著書に『中国で勝てる中小企業の人材戦略』(テン・ブックス)、『インバウンドの罠』(時事通信出版局)ほか。

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(フリージャーナリスト 姫田 小夏)

プレジデント社

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