「ハンカチ斎藤佑樹は余裕で食っていける」アスリートの再就職先の天国と地獄

10月20日(水)13時15分 プレジデント社

引退記者会見でハンカチを手にする日本ハムの斎藤佑樹投手=2021年10月17日、札幌ドーム(写真=時事通信フォト)

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今シーズンでユニフォームを脱ぐ日本ハムの斎藤佑樹投手の“再就職先”がどこになるか注目されている。スポーツライターの酒井政人さんは「五輪のメダリストを含め現役時代に大活躍した選手の多くがセカンドキャリア構築に苦しんでいる。解説者、タレント、キャスター、ユーチューバーなどのほか、男子マラソンの大迫傑さんのように法人を立ち上げ、人材育成ビジネスを始める人もいる」という——。

■日本ハム・斎藤佑樹の引退後の人生は前途洋々か


今シーズンで現役引退する日本ハムの斎藤佑樹投手(33)の引退セレモニーが10月17日に行われたが、早くも斎藤争奪戦が繰り広げられている。


引退記者会見でハンカチを手にする日本ハムの斎藤佑樹投手=2021年10月17日、札幌ドーム(写真=時事通信フォト)

文春オンライン(10月17日)によれば、ユニフォームを脱いだ後は、本人は「何をすべきか、もう少し考えたい」と記者に話す一方、知人の話として「コロナ禍の前から秘密裡に芸能事務所やエージェントと接触し、そのうちの1社に所属することが内定している」とし、テレビ朝日系の『報道ステーション』がオファーしていると報じている。知名度が十分なだけにスポーツキャスター&タレントとして、選手時代以上に稼ぐ可能性がある。


早稲田大学卒という学歴も持つ斎藤は当初球団に残るという報道もあった。仮にフロント(営業や広報など)に入り込むことができれば、長く職務を全うできるに違いない。


後輩などからの人望が厚く、コーチなど指導者としても有望視されているが、この場合、生活の基盤が不安定になるかもしれない。NPB(日本プロ野球機構)の場合、年俸の相場は監督5000万〜2億円だが、コーチ1000万〜1500万円が中心だ(ヘッドコーチや2軍監督はもう少し高い場合がある)。悪くない額だが、コーチは単年契約が多い。


また独立リーグの監督やコーチは、NPBよりもギャラの相場は下がってしまう。それにもかかわらず、指導者を目指す者は非常に多く、簡単になれるわけではない。


■解説者兼ユーチューバーで生活の糧を得るというケースも


テレビなどでの解説者の道も甘くない。かつてはテレビ局やスポーツ紙の「専属解説者」は“高給取り”だった。しかし、近年は民放地上波の解説でも上限は1試合50万円で格付けによって額が異なる。BSやCSでは、地上波の半分程度まで下がるという。しかも、毎年、キャリアを残した選手が「引退」を迎えるわけで、現役時代よりも“レギュラー争い”は熾烈になるからだ。解説者兼ユーチューバーで生活の糧を得ているというケースも最近は少なくない。


いずれにしろ、スポーツマスコミを中心に斎藤の去就報道は今後も過熱するだろうが、斎藤のように現役引退後のセカンドキャリアにさほど苦労しそうもないケースは、球界全体からすれば、レアだ。多くの現役引退する選手、球団から来期は契約しないと通告された選手はこれから食っていく道を自ら開拓するため、苦労することになる。


それは今夏、東京五輪で活躍した選手も同じだ。


■男子マラソン・大迫傑は法人を立ち上げ人材育成ビジネスを


大会後、現役生活に別れを告げるアスリートは少なくないが、男子マラソンで6位入賞を果たした大迫傑(30)もそのひとりだ。今秋、「株式会社I(アイ)」を設立し、同法人の代表取締役に就任した。


現役中から未来のアスリートを育成する大学生対象プログラム「Sugar Elite」などを立ち上げていたが、今後は法人として活動を本格化していくようだ。主な事業概要は選手育成、アスリートマネジメント、地域活性化の3つ。誰かに雇われるというセカンドキャリアではなく、起業してスポーツに関わっていこうというわけだ。


大迫傑 −オフィシャルサイト」より

30歳での引退は少し早すぎるのでは? という声もあるが、9月28日に行われたオンライン取材で、大迫は引退理由をこう説明した。


「追及し続けているとキリがないですし、ひとつの物語の終わりを作るのは大切です。今、終わりと言いましたが、自分が頑張ってきたことの延長線上でやりたいことも出てきた。今後はそっちに注力していくのもいいかなと思っています」


大迫は早稲田大学在学中から世界トップクラスの長距離ランナーが所属する「オレゴン・プロジェクト」に接触。大卒後、渡米して、アジア人では初めて同チームの一員に。日本の実業団を1年で退社して、プロランナーになると、トラックでは3000mと5000mで日本記録を樹立。マラソンでも日本記録を2度塗り替えた。


目標達成のために“最短距離”で突き進み、日本陸上界のスターになった大迫。セカンドキャリアでも同様のスタンスを貫くつもりで、今後については以下のように語っている。


「日本人が世界と戦っていくことを考えると、チームの枠にとらわれるのではなく、『Sugar Elite』のように速くなりたい人が集まり、切磋琢磨できるようなコミュニティが必要だと思っています。僕自身、米国やケニアでトレーニングしてきたなかで、ひとりで到達できることの限界を痛感してきました。所属の枠を超えてみんなで強くなっていく。お互いの足りない部分を補うモチベーションになって、質の高いトレーニングを行うことが大切じゃないでしょうか」


現在の日本陸上界は「日本代表」という枠組みで強化を担う部分があるものの、基本的には所属チームを軸にトレーニングが行われている。男子長距離の場合、実業団はニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)、大学は箱根駅伝(もしくは全日本大学駅伝)がチーム最大のターゲットだ。


しかし、本気で世界と戦うなら駅伝なんてやっている場合じゃない、というのが大迫の本音だろう。たとえ、ニューイヤー駅伝や箱根駅伝で快走できても、マラソンランナーに与えられるワールドランキングのポイントの加算はなく、個人で目指すべき種目にダイレクトにつながるわけではないからだ。


■「教育的価値を広げたい」大迫が引退後に“持続可能”な取り組み


日本長距離界は「駅伝」があることで、大学、実業団の全体的なレベルは高い。しかし、逆に言えば“駅伝縛り”があることで、トップ・オブ・トップの育成が遅れている感は否めない。大迫がやろうとしているのは、これまでの日本にはない“強化スタイル”。「オレゴン・プロジェクト」の日本版のようなイメージではないだろうか。


未来のアスリートを育成する大学生対象の前述のプログラムは、昨夏に8日間の「短期キャンプ」を行った。ビジネス的に成功するかどうかは未知数だが、「やりたい」ことを自分の力で取り組んでいく方法はアスリートの“新たなセカンドキャリア”といえるかもしれない。


指導者になりたいからといって、すでにトップレベルにある実業団や大学の監督を任されることはほぼないからだ。しかも、自分のチームなら解任されることはなく、会社都合で陸上部が休部に追い込まれることもない。本人の意思が続く限り、“持続可能”な取り組みができる。


大迫は日本全国を縦断しながら、小・中学生を指導するプログラムもすでに本格稼働している。参加料は無料で、開催地の企業が主にスポンサーになっている。「走ること」の楽しさやテクニックを教えるだけではなく、指導するアスリートを通じて目標にたどり着くため、夢を叶える上で大切な考え方を伝えて、教育的価値を広げたい、という。


■五輪メダリストたちの甘くない現実


一方、大迫より成績が上の五輪メダリストたちは「今後」どうしていくのだろうか。まずは日本が過去の夏季五輪で獲得したメダル数(金、銀、銅)を見てほしい。


92年 バルセロナ 22個(3、8、11)
96年 アトランタ 14個(3、6、5)
00年 シドニー 18個(5、8、5)
04年 アテネ 37個(16、9、12)
08年 北京 25個(9、6、10)
12年 ロンドン 38個(7、14、17)
16年 リオ 41個(12、8、21)
21年 東京 58個(27、14、17)

東京五輪ではメダル数が過去最多で、金メダルの数は27個に到達した。しかし、金メダルを獲得したアスリートの名前をどれだけ覚えているだろうか?


スポーツ大国の米国では五輪でメダルを獲得(東京五輪で金39、銀41、銅33)しても必ずしも大きなニュースになるわけではない。人気種目、人気選手、話題性のある選手がピックアップされるのだ。規模は違うが、日本も米国のような状況になりつつある。


写真=iStock.com/sarawuth702
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sarawuth702

なお、JOC(日本オリンピック委員会)がメダリストに設定した報奨金は、金500万円、銀200万円、銅100万円。加えて、それぞれの団体が報奨金を出すこともある。


日本陸上競技連盟の場合は、金2000万円、銀1000万円、銅800万円。日本卓球協会は、金でシングルス1000万円、ダブルス1人500万円、団体で1人400万円。日本体操協会は、金50万円、銀30万円、銅20万円。一方、メダルを大量に獲得した日本水泳連盟と全日本柔道連盟に報奨金はなかった。


つまり、五輪でメダルを獲得してもインセンティブがないことも珍しくなく、あっても一生涯分のビッグボーナスが出るわけではない。メダリストになっても生きていくために、セカンドキャリアでしっかりと稼ぐ必要がある。


■セカンドキャリアに必要なスキルとは?


順調にセカンドキャリアを築けたとしても、そこには厳然とした格差もある。


例えば、女子マラソンの世界。五輪で2つのメダル(銀・銅)を獲得した有森裕子、同金メダリストである高橋尚子野口みずき。この3人が解説を担当するテレビのマラソン生中継では、キャリアで劣る千葉真子がバイクレポートにまわることが多い。また、女子マラソンの創成期に活躍した増田明美も五輪の実績では後輩たちにはかなわない。そのため“細かすぎる解説”に力を注いで存在感をアピールしている。


タレントとして活躍していくのも簡単ではない。前述の斎藤祐樹の再就職先がどこになるかはわからないが、元プロ野球選手でいえば、長嶋一茂が売れっ子のひとりでタレント、コメンテーターとしての地位を確立済だ。ただ、選手としてどんなに活躍しても、タレントとして生きていくのは至難の業だ。


サッカー界の勝ち組は内田篤人だろうか。端正なルックスもあり現役時代から人気は抜群だった。現在は『報道ステーション』のスポーツコーナーでキャスターを務めるだけでなく、CMで見る機会も多い。サッカー女子の丸山桂里奈もキャラクターが受けて、バラエティ番組に引っ張りだこだ。だが、内田も丸山も、テレビ出演者としての賞味期限がどれくらいあるかは不透明だ。


■メダリストとはいえ左団扇で暮らすというのは難しい


一方、五輪で3つの金メダルを獲得して、国民栄誉賞も受賞した女子レスリングの吉田沙保里は受難のときを迎えつつある。現役引退後から約2年半務めてきた朝の情報番組『ZIP!』(日本テレビ系)のレギュラーを9月いっぱいで卒業。テレビ番組出演も少なくっている印象がある。


テレビ番組の出演料は一般的なビジネスパーソンの日給と比較すれば、かなり高額だ。しかし、よほどの売れっ子にならない限り、コンスタントにテレビ番組の仕事が入るわけではない。単価は低くてもいいので、毎月、ある程度の金額が入ってくるビジネスプランでないと、メダリストとはいえ左団扇で暮らすというのは難しいだろう。


さらに言えば、日本人アスリートはプロ選手よりも、実業団というカテゴリーに所属するケースが多い。実業団ランナーの場合、朝練習をこなして、9時から14時くらいまで勤務。その後、練習というスケジュールが一般的だ。大手自動車メーカーで走り続けた元選手を取材したときに、こんなことを話していた。


「仕事といっても雑用が大半です。試合や合宿で1年のうち半分近くはいないので、重要な仕事に携わる機会はほとんどありません。現役を退いた後、仕事を覚えるのが大変でした」


なかにはスムーズに出世する元選手もいるが、多くはセカンドキャリアに苦労しているようだ。かといって、大手自動車メーカーの場合、給料も恵まれているため、退社する元選手はほとんどいないという。生活のために、どこかで折り合いをつけてやっているようだ。


現役アスリートは、「競技生活を1年長くやることは、セカンドキャリアで1年遅れること」を知っておいたほうがいいだろう。


危ういのが現在の人気や注目度が一生続くと思っているアスリートだ。大会が行われる度に新たなスターが誕生する。過去の栄光は自然とファンの記憶からも薄れてしまう。アクションを起こし続けることが大切になってくる。


写真=iStock.com/z_wei
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/z_wei

指導者、解説者、タレント、会社員、転職、起業、フリーランス。どの道に進んだとしても、楽なものはない。アスリートとして成功を収めたときのように、セカンドキャリアでも一段ずつ階段を上っていくしかない。


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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)

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