佐倉冠水の構造的背景

10月28日(月)6時0分 JBpress

豪雨で道路が冠水した成田市内(10月25日、写真:AP/アフロ)

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 10月26日時点、千葉県と福島県を併せた集中豪雨による犠牲者が10人、行方不明は4人と報道されています。これは大変なことです。

 台風19号被害があまりにも大きく、私たちはいまにわかに、犠牲者報道などを見慣れてしまっていることを疑わねばならないように思います。

 ほんの50日ほど前、千葉大停電を引き起こした台風15号では犠牲者が1人発生。

 あってはならないことですが、今回の集中豪雨は大雨被害を列島にもたらした「台風19号よりは規模が小さい」といった事前情報を裏切り、1か月分の降雨が数時間に集中する、まさに「異常気象」で、大きな被害につながってしまいました。

 台風15号と比較しても、単純に犠牲者数だけで現時点で10倍、台風19号と合わせれば、すでに「10月連続台風」による犠牲者は3桁に達しており、国は抜本的な対策を講じる必要が間違いなくあります。

 佐倉駅の線路が水底に沈んでいる映像を目にして、ただちにこの原稿を準備し始めた途中で、今度は印旛沼が危険水位を超えたという報道がありました。

 報道は断片的で、何が起きているのか読者や視聴者が理解するのは困難と思いますので、最も基本的なポイントを3点、とり急ぎ強調したいと思います。

1 今回の豪雨だけではなく、一連の連続台風による降雨の「積算効果」が影響している可能性がある。

2 JR、京成電鉄とも佐倉駅、また成田駅が冠水しているが、佐倉は高梁川、成田は根木名川で、同じ利根川水系に属すると言っても、全く別のルートで同時に増水している。

3 佐倉の冠水は高崎川〜鹿島川を通じてつながる印旛沼水位と一体で、印旛沼は戦後の干拓事業で2分割されており、利根川増水時は逆流洪水のリスクがある。

 この3点に絞って記したいと思います。


3つの「積算効果」

 9月の台風15号以降、特に千葉県を中心とする関東エリアは、立て続けに風雨災害、土砂災害に見舞われています。

 第1に強調すべきは、物理的な水の堆積など以上に、地元の人心、もっとはっきり言うなら、被災者の精神状態に最も配慮すべきと思います。

 台風災害と、それに続く長期の停電。3週間近くもかかって、やっと再開したところで、復旧作業が本腰に入る前に台風19号の連続来襲。

 せっかく張ったブルーシートなども剥がれてしまい、さらに浸水その他の被害が出、預貯金なども切り崩しながら、もう一度ゼロからやり直し・・・というタイミングで今回の集中豪雨の被害。メンタルに成立する状況ではありません。

 今回の犠牲者の中には、雨が降り始め、危ないというのに、何か急ぐことがあったのでしょう、車などで出かけて水にのまれたというようなケースが複数報道されています。

 単体の水害ではなく、波状に押し寄せる災害の構造を認識すべきです。

 これらの「水」は、太平洋東南部の「海の水」が蒸発して雨雲となり、日本列島に落下して来ている、もとは「温められた海水」であることに改めて注意する必要があります。

 海の水は、現在、十分に高温になっています。それは、海水表面の温度が30度に近いといったことだけでなく、海中水温も上昇しており、そんなに簡単に冷めないのは水の比熱の物理をご説明した回にも触れた通りです。

「何度も台風が来る」のではなくて「南太平洋の海はコンスタントに湯気を供給し続けている」という認識へとシフトすべきでしょう。

 例えて言うなら、過熱した風呂の蓋を開けて、蒸気が上がっている状況をイメージしてみてください。湯気が天井で凝結すれば、液滴となって「ポタリと背中に」落ちてくる。

 その落下を1回、2回と数えてもあまり意味がなく、相当量の水蒸気が蒸発しているわけで、早晩まとまった量が降雨として日本列島に供給されるリスクを当初から想定しておく必要があることになります。

 これは気象学など地球物理の専門家にお伺いする必要があると思いますが、現在の海水温の上昇が、今年「異常気象」の振れ幅がやたら大きく、来年以降寒冷化方向に振れることがあるのかもしれません。

 しかし大きな気候変動トレンドとしては海水温は確実に上昇傾向を見せている。

 要するに、来年以降10年を見たとき、2020〜2030年にかけて日本列島は、夏から秋にかけて「連続台風」に見舞われる可能性が高いことが懸念される。

 その結果、降雨によって蓄積された水が捌けきる以前に、次の豪雨が連続してやって来る可能性があり、それらが土砂災害や、印旛沼のような湖沼、あるいは各地ダムの水位を継続的に上昇させる可能性も、検討しておく必要があると考えられます。

佐倉と成田の冠水は別水系
複数リスクで脅かされる空の玄関

 佐倉駅の冠水が、報道以上にSNS動画などを通じて広く伝えられており、私もそれを通じて被災の事実を知りました。

 前回の記事はパリで書いており、今回は東京で書いています。その間に私は成田空港に降り、このエリアを通って都内まで移動してきたばかりなので、さらに言葉がありません。

 成田駅も冠水していますが、この洪水は「根木名川(ねこながわ)」によるものと思われ、この川は冨里の「根木名」近辺を水源に、成田空港や成田駅、成田山新勝寺などの側方を通って利根川に注ぎます。

「利根川」は大河ですが、徳川家康が構想して3代50年の年月を要して完成した人工河川、もっと言えば、江戸を水浸しにしていた坂東太郎の水流を銚子方面に流すように作った水路ですから、天然の河川と様相を相当異にする面があります。

 降雨も問題ですが、仮に利根川が増水して逆流を起こせば、根木名川はそれによっても冠水を起こす可能性があるかと思われます。成田駅の冠水がどのようなメカニズムで起きたかは、検証してみないと分かりません。

 これに対して佐倉駅の冠水については、少なくともこれが成田駅とは独立したものであることは明確に言えると思います。

 佐倉の冠水は「高崎川」の決壊によるもので、高崎川と根木名川は、同じ利根川水系に属するとはいえ、流れは分断され、高崎川は「印旛沼水系」に属することで、別のリスクを抱え込んでいるのです。

 高崎川は、冨里市より南に位置する八街市から流れ始め、印旛郡の「酒々井(しすい)」から成田線に沿う形で東に流れを変え、佐倉で鹿島川と合流、鹿島川はすぐ北で「(西)印旛沼」に注ぎこみます。

 この印旛沼が今現在、危険水位を超えつつあると報じられ、避難の呼びかけがなされている中で本稿を書いています。


印旛沼干拓と21世紀の治水事業

 佐倉駅が冠水しているのは「高崎川」の氾濫によるもの、その高崎川は鹿島側を通じて「西」印旛沼に繋がっている。

 ということは、佐倉で水捌けを考えると、余剰の水は鹿島側に流れ、それが「西」印旛沼にやって来ることになりますから、水位が上がるのは当然です。

 ここで「西」印旛沼と記しましたが、印旛沼には「東」はありません。その代わり「北」印旛沼があります。

 東西南北ではなく「西」と「北」しかないのは、元来は東北から南西に向いた「W」字型の巨大な湖であった印旛沼が、第2次世界大戦後、干拓で埋め立てられ、「西」と「北」の2つの「調整池」が、「U」字型の細長い「中央排水路」でつながれた形になっているからです。

 U字の真ん中に突き出した「半島」部のようなエリアには順天堂大学さくらキャンパスなどが位置しています。

 つまり、印旛沼近在は、もともと湖沼であって、干拓で作られた田畑を市街地が取り巻いており、その上流、鹿島川と高崎川をお濠に見立てて作られたのが「佐倉城」その城下町が佐倉であり、JRと京成、2つの佐倉駅も、まさにその真ん中に存在します。

 佐倉駅の冠水は、農業用水であると同時に、歴史的にも長らく「暴れ川」であった高崎川と、その下流の水捌けを調整しているはずの(西)印旛沼、印旛沼全体のキャパシティを著しく減少させたと思しい第2次世界大戦後の干拓事業が関係していると思われます。

 さらに、極めて細く、水の流量=コンダクタンスが極端に低いと分かる「中央排水路」が北と西を繋ぐなど、戦後の人為的な治水灌漑政策の跡がはっきり見て取れます。

 大変興味深く思ったのは、先ほどの国土地理院のシステムで検索すると、この「排水路」の中央部は標高10メートルほどに高くなっており、沼と繋がる付近の標高5〜6メートルほどのエリアと繋がって、反対側の沼に到達すると、また標高2メートルに戻っているんですね。

 つまり、この「排水路」は真ん中が高くなっており、2つの印旛沼は水底の「丘」によって区切られ、実質的には2つの別の水系に分断されていることになる。

 ここでさらに注目すべきなのは、「西」印旛沼は東京湾方向に延びる「新川」と繋がっているのですが、八千代市側の「阿宗橋」あたりからは、新川の標高は5メートルに上がってしまうのです。

 つまり新川の水の道は、八千代市方向から印旛沼に注ぎ込む形になっている。

 ところが八千代市「逆水」近郊、平戸橋あたりからは、新川は東京湾方向にも流れており、それがいったん、京成大和田と東葉勝田台の真ん中あたり、標高8メートルほどの高さにある「大和田排水機場」を挟んで、細い「花見川」と繋がる。

 それが幕張近郊の東京湾に注いでいるように見えるのですが、ここでも花見川中域はいったん標高20メートルほどに上がっており、決して水の流れは一方向的でない、極めて複雑な状況を呈している。

 いろいろ細かく書きましたが、要するに「西」印旛沼は、鹿島川からも新川からも水が流れ込む「すり鉢の底」になっていて、ここに水がたまると、そのままでは逃げ道がなくなってしまい、危険水位に達してしまったことが、はっきりと察せられます。

 ここから水を取り出すには、適切に水門を操作しつつ新川、花見川方向にポンプで水を逆流させるしか方法がない。

 この状況は「北」印旛沼でも全く同じで、平面図で見るかぎり、沼は「長門川」を通じて利根川に注いでいるように見えます。

 しかし、この長門川は沼の水位よりはるかに高い6〜7メートルのところを流れており、水の出口であるはずの利根川自体が4メートルほどの高さを流れている。

 つまり「印旛沼」の水面は「利根川」よりもそもそも2メートルほど低く、地域全体が豪雨に見舞われれば、2つの印旛沼はどちらも水の逃げ道がないすり鉢の底に各方面から水が流れ込み、あっという間に推移が上昇して当たり前という地形になっている。

 これは歴史的には自然の地形に加えて治水、農業用水の確保などで、このように作られてきたものと思われますが、同時にそれが、21世紀の異常気象のもとでは「東京の空の玄関」成田空港と都心部を繋ぐ鉄路の動脈を梗塞させもしていることになる。

 そういう構造要因を、きちんと見なければなりません。


21世紀型グローバル治水構造へ

 端的に言うと、四方から水が注ぎ込む「すり鉢」の底である印旛沼や酒々井、佐倉エリアは、立て続けに豪雨などに襲われると、現状ではかなりの確率で水が溢れ、結果的に東京の空の玄関、成田空港のトランスポーテーションに露骨な影響が出ることが明らかです。

 海外からの来客は何千人という単位で空港に足止めを食らい、離陸したい旅客も空港までたどり着くことができなくなる。

 21世紀型の気候トレンドとは、太平洋海水の(とりわけ夏季における)著しい高温化、それに伴う熱帯低気圧の連続発生と北上による、日本列島への波状降雨の危険性、リスクトレンドにほかなりません。

 関東や千葉、都心に限らず、日本列島全体が、水捌けを良くするような、あるいは新たな調整池で寸前の食い止めが可能であるような、大規模公共事業などの対策を取らねばならないでしょう。

 佐倉のリスクについては、今から60〜70年前、第2次世界大戦後の高度成長期に、まるで逆に、印旛沼の調整池容積を減少させる干拓事業が行われている。

 具体的には高崎川と合流する鹿島川と西印旛沼合流点、また西印旛沼と北印旛沼を結ぶ中央排水路など、人工的なボトルネックが複数作られている。

 こうした地元の治水状況を、グローバルな気候変動、また成田空港をハブとするグローバルなトランスポートとの兼ね合いなど よくよく精査のうえ検討する必要があることになります。

 このまま放置すれば、同様の災害が連続しうる構造的要因がはっきり見て取れます。

 国は、また県や市などの行政は、手をこまぬいての傍観など許される状況でないことを認識すべきでしょう。

 科学的、合理的な根拠に基づく的確な対策が執られないかぎり、同じ災害の再発リスクを拭い去ることはできない。

 何とかしなければなりません。

筆者:伊東 乾

JBpress

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