ロシアが核ミサイル発射実験、低出力核使用の危機迫る

2022年10月29日(土)6時0分 JBpress

 ロシアは10月26日、ウラジーミル・プーチン大統領の指揮で、ロシア軍の陸海空の核戦力部隊が核搭載可能なミサイルを発射する演習を実施したと発表した。

 演習では、多弾頭ICBM(大陸間弾道ミサイル)「ヤルス」を極東カムチャッカ半島の標的に向け、露北部アルハンゲリスク州のプレセック宇宙基地から発射したという。

 また、同じ標的に向けてSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を北極圏のバレンツ海から、巡航ミサイル(ALCM)を戦略爆撃機「Tu(ツポレフ)-95」が発射したという。

 ロシア国防相はこの演習について、「敵の核攻撃に大規模な攻撃で報復する想定だった」と説明している。

 また、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相は10月23日、米国のロイド・オースティン国防長官との電話会談の中で、ウクライナがいわゆる「汚い爆弾(放射性物質を爆発によって拡散させる爆弾)」の使用を計画しているとして非難した。

 ほかにも、フランスや英国との国防相にも同じ内容を電話した。

 これに対して米政府は、ロシアによる「偽旗作戦」だとして強く反論している。

 ロシアによる核兵器を想定した演習も、ウクライナが汚い爆弾を使うという発言も、米欧やウクライナが使うという「嘘」をまき散らし、実は、ロシアが使うと脅しているとみるべきだろう。


1.ICBM・SLBM発射演習とは何か

 ロシアの核戦力部隊によるICBM、SLBMを発射する訓練は、今始まったものではない。

 旧ソ連の時代から行っていて、ソ連邦崩壊後はしばらく実施していなかったが、プーチンが大統領になってから復活したものだ。

 旧ソ連軍は、欧州方面から極東方面にわたる全軍の演習では、

①オホーツク海に展開する弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)からバレンツ海(ノバヤゼムリア)へ、②バレンツ海の同原潜からカムチャッカ半島へ、弾道ミサイル(SLBM)を発射していた。

 また、③宇宙基地のプレセックからICBMをカムチャッカ半島や太平洋に撃ち込んでいた。

ロシア戦略ロケット軍の弾道ミサイル発射(演習)イメージ

 バレンツ海には、ノバヤゼムリアという核爆破実験場があり、カムチャッカ半島にはミサイルの弾着場がある。これらを目標に射撃実験や射撃訓練を実施しているのだ。

 飛翔距離はSLBMの場合は5000〜6000キロ、ICBMの場合は1万キロであり、米国・欧州各国に到達できる。


2.欧州へのALCM・SLCM発射の想定

 ロシアは現在、欧州正面では、バレンツ海に長射程の潜水艦発射巡航ミサイル(SLCM)を発射できるオスカー型原子力潜水艦4〜5隻を配備している。

 搭載されているSLCMのミサイル「SS-N-27シズラー」または「カリブル(SS-N-19グラニート)」の射程は、2000〜2500キロ(700キロ)であり、パリやロンドンまで到達する。

 米軍のトマホークに類似したものだ。攻撃型原潜にも同じミサイルが搭載可能という情報もある。

 2020年末に実験が実施された極超音速巡航ミサイル「ツィルコン」は、現段階では、実際に配備されているとは考えられず、戦場で使用される可能性は低い。

 ロシア全土に展開可能な遠距離航空軍が、「Tu-160ブラックジャック」および「Tu-95ベア」爆撃機を76機保有している。

 保有している空中発射巡航ミサイル(ALCM)の射程や威力は、潜水艦搭載の巡航ミサイルと同じである。

 欧州に向けてミサイルを発射する場合は、下図のようになると想定される。

欧州にSLCM・ALCMを発射するイメージ


3.使用される可能性がある核兵器

 これらには、核兵器が搭載可能であり、その核の威力は100〜200キロトンとされている。

 このような大型の核兵器を使用するのかというと、核戦争に発展する可能性が高まることから、凶暴なブーチンであっても、使用をためらうだろう。

 一方、米国議会調査報告(2021年1月5日)によると、米軍は2019年から、低出力の核兵器を調達し、2020年度中に納入を完了した。

 その数量は、約1300発と推測されている。現段階では米海軍に配備が完了し、SLBMに搭載されている。

 新たに配備された「W76-2」型低出力核兵器は、爆発量が約5〜6キロトンである。

 このほかに、大型の砲弾に搭載される超小型の核爆弾がある。

 米国のものは、一般的に10〜20キロトンと言われている。だが、他の情報によれば、1〜数キロトン未満の核弾頭もあるという。

 米国が開発し配備してきた低出力核兵器の情報があれば、核大国であるロシアも同様の低出力核兵器を製造し、配備していることに疑う余地はない。

 このため、私はロシアの爆撃機搭載のALCMや巡航ミサイル潜水艦搭載のSLCMには、1〜数キロトンの低出力の核兵器を搭載していると見ている。

 これまで、射程500キロ以下の戦術核兵器には小型の核兵器が搭載されていたが、射程2500キロの巡航ミサイルにも搭載できる。

 戦場で使用される可能性がある小型の戦術核が、欧州正面の戦域やウクライナの戦場に使用される可能性があるのだ。

 欧州正面に、100〜200キロトンの大型の核兵器を使用するのは、かなり敷居が高かった。

 しかし、戦場の範囲で使用される可能性がある1〜数キロトンであれば、躊躇はあるにせよ、ウクライナの戦場に対して使用する可能性は比較的高いとみている。


4.汚い爆弾や低出力核の使われ方予測

 ウクライナで、汚い爆弾や低出力の核は、いつ、どこで、どのような場面で使用されるのか。

 具体的には、ウクライナ軍はへルソンを奪還してドニエプル川を渡河し、その後、クリミア半島に突進するであろう。

 クリミア半島の付け根(入口)に接近して来た時に、汚い爆弾あるいは小型の低出力核を使用する可能性が高くなる。

 ウクライナ軍をクリミア半島に入れてしまえば、南部は丘陵山地を除けば平坦で防御が難しい。

 また、半島はしりつぼみになっているので、ロシア地上軍はロシアに逃げ込めないし、それらの戦闘を増援することもできなくなる。

 その結果、ロシアがクリミア半島をウクライナ軍に奪還された場合には、プーチンの政治生命は終わりとなる。

 したがって、ウクライナ軍のクリミア半島への侵入の前に、絶対に阻止する必要が出てくる。

 そこで、ウクライナ軍の半島への侵入を阻止するために、下図の地点に、自爆型無人機などを使って、「汚い爆弾」を使用するだろうと予想される。

*詳細は、『ロシアが「汚い爆弾」を使う可能性が高い場所と時機はここだ』JBPRESS(2022年10月27日、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72433)参照。

汚い爆弾・低出力核兵器を投下すると想定される要領と地点

 なぜ、この地点に、汚い爆弾を投下するのか。

 汚い爆弾は核兵器とは異なり、核分裂の爆破はない。

 しかし、放射線を出す核物質を撒かれれば、兵士たちはその地域には入っていけない。核汚染の恐ろしさを知っているからだ。

 ただ、広範囲に散布すれば、誰が散布したのかが判明するので、大量かつ広範囲に使用するのは難しいだろう。

 このような場合にウクライナ軍はどうするのか。

 ウクライナ軍の化学防護隊の偵察隊がまずその地域に入って、核物質なのか化学物質なのかを調べる。

 化学物質、例えばサリンであれば、すぐに蒸発するので短期間に侵入が可能だ。

 核物質であれば、その地域には踏み込めなくなるので、その地域を迂回してロシア軍を攻撃することになる。

 いずれにしても、ウクライナ地上軍の攻撃は、いったん停止せざるを得なくなる。この間、ロシア軍は急いで軍の態勢を整えるだろう。


5.ロシアが大量破壊兵器で脅す意図

 ロシアが、核ミサイルを想定した演習を実施して、わざわざ米英仏の国防相に伝えたのはなぜか。また、ウクライナ軍が汚い爆弾を使用すると公表したのか。

 それは、ロシア軍が戦って勝利できないばかりか、敗北してウクライナから退却を余儀なくされる可能性があるからだ。

 このようなことになれば、プーチンは生き延びる可能性はない。失脚が迫っているということだ。

 ロシアは、核を使うかどうか切羽詰まっている。それほど追い込まれていると見てよいだろう。

 ロシア軍が、いつ、どの時点で使うのか、へルソン攻撃とその後の攻撃戦闘の進展から目を離すことはできない。

 この原稿は、ウクライナでの戦いの一部であるので、戦い全般での位置づけを確認したい場合は、ウクライナ戦争から見えてきた国防の問題を指摘した『こんな自衛隊では日本は守れない』(ビジネス社2022年8月1日)を参照してほしい。

筆者:西村 金一

JBpress

「ミサイル」をもっと詳しく

「ミサイル」のニュース

「ミサイル」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ