世帯年収1000万夫婦が"キャッシュレス貧乏"に転落…「お金が貯まらない人」を量産するQRコード決裁の罠
2024年10月29日(火)10時15分 プレジデント社
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
■手取り月収は60万円近くなのに、毎月5000円しか残らない
キャッシュレス化が加速し、各自治体も「コード決済を使えばポイント○%還元」といった施策を次々と打ち出しています。こうしたキャンペーンのたびに、対象となるコード決済アプリをインストールしていては、「キャッシュレス貧乏」になりかねません。これから話す武田家の家計がその一例です。
先日、家計相談に来た首都圏在住の武田ユウジさん・キヨミさん(仮名)夫婦はともに30代半ばの正社員。小2の長男がいる3人家族です。世帯月収は手取り58万円ですが、月の支出は、家賃15万円を含む57万5000円で、毎月残るのは5000円程度。貯蓄残高は500万円です。
「家計は赤字ではないんですが、手取りで月58万円もらっているからもっと貯められるはずなんですよね……」と、妻のキヨミさん。
手取り月収58万円なら、額面では世帯年収は約1000万円なので、確かにもっと貯蓄に回せる余地はありそうです。
■キャッシュレス派になってから家計運がダダ下がり
実は武田さん夫婦が家計相談で来所したのは、今回で2回目。1回目は約9年前で、「これから結婚するにあたり、家計管理のルールを決めたい」という相談内容でした。
当時決まった武田家の家計ルールは、「変動費は、夫婦それぞれ一定額を“生活用の財布”である銀行口座に入れ、そこから随時引き出す」というもの。アナログ派の二人は、クレジットカードは持たず、現金支払い、または口座引き落としという形で続けていました。
ところが、コロナ禍を機に、4年ほど前からキャッシュレス決済を始めるように。そこから、家計の歯車が狂い出してきたのです。
「クレジットカードだと使うたびに0.5%のポイントが付与、QRコード決済にすれば、キャンペーン中だと10%、20%もポイント還元されることもあると聞いて、“これはやらなきゃ損”と思ったのが運の尽き。各種支払いアプリがキャンペーンを打ち出すたびに、そのアプリをインストールして、いろんな決済アプリを使うようになったんです。
そのコード決済も、クレジットカードからオートチャージすればポイント還元率がさらに増えるというので、オートチャージ設定に。そうしたら、知らぬ間にどんどんチャージされていきました。また、買い物する場所によってポイント還元率が上がるクレジットカードもあると聞いて、作ったこともあります」(キヨミさん)
かくして、多いときはクレジットカードが3枚、コード決済アプリを4つ、計7つのキャッシュレスを使い分けるようになったと言います。
「そのうち、クレジットカードは毎月メールで送られてくる『支払い金額』しか見なくなりました。アプリに関しては、使うたびにメールで明細が来るものの、その数が多すぎてチェックしきれない。
これまでは、共有口座の残高さえ見ていれば、その月にいくら使って、残高はこれしかない、ということが一目瞭然だったんですが、これだけ支払い方法が多岐にわたると、いつどこで何に使ったのかがさっぱり分からない。アプリも絞りたいけど、もはや何にどう絞ったらいいのか…」(キヨミさん)
収集がつかなくなり、頭を抱え、来所に至ったというわけです。
■キャッシュレス決済が合う人、合わない人
武田家のように、ポイント目当てでカードや支払アプリを複数使い分けた結果、お金の使い道が不透明になるケースは少なくありません。
これだけ「お金の出口」が多いと、一つひとつ明細確認するのに時間と手間がかかり、やがてチェックすることが面倒になったりして諦めてしまう。すると支出の把握ができないので、ストッパーが外れ支出がどんどん膨らむ。その結果、武田家のような「ギリギリ家計」、場合によっては、赤字家計に転じてしまうのです。
横山光昭『キャッシュレス貧乏にならないお金の整理術』(クロスメディア・パブリッシング)
また、支払いアプリは分散すると、残高もポイントも中途半端になり、使い道が限定されます。仮に、支払アプリのポイント残高が30円しかないと、110円の買い物をするために100円をチャージして使い、20円が残り、また100円をチャージして……、と、残高を使い切るために余計な消費を重ねてしまいかねません。これぞ、ムダの極みです。
では、キャッシュレス決済が合う人はどういう人か。ズバリ、「管理できる人」です。
自分たちが使っているカードや決済アプリの枚数、それぞれの利用明細、ポイント残高まできちんと把握できているかといえば、たいていの人は、できていないでしょう。管理できないなら、できる範囲内にとどめましょう。私自身、手を広げすぎると管理不能になることが分かっているので、持ち歩いているのは、電子マネーのSuicaと、PayPay、そして数千円の現金のみ。もちろん、コード決済はオートチャージ設定にせず、都度チャージして払います。
■キャッシュレス貧乏はお金の出口を絞るべし
さて、話を武田家の家計に戻します。「お金の出口」が分散されて収集がつかなくなった家計は、まず出口を整理することが大切です。
差し当たっては、カードは3枚所有していたのを、メインと家族カードの2枚に減らしてもらいました。コード決済は4つあったものを1つに絞り、オートチャージ設定は解除。
そうしてお金の出口を絞った上で、アプリやカード別に、費目ごとにいくら使ったか、Excelなり紙の家計簿なりでつけてもらいました。私はこれを「キャッシュレス家計簿」と呼んでいます。
※『キャッシュレス貧乏にならないお金の整理術』(横山光昭著/クロスメディア・パブリッシング)から引用
つけ続けてもらった結果、変動費の内訳が分かりました。食費が12万5000円、日用品代が2万5000円、被服費が2万円、娯楽費が1万4000円です。3人家族にしては、特に食費が多い印象です。食費はコード決済しやすい費目で、つい浪費してしまう落とし穴と言えるでしょう。
ムダな支出が見えてきたので、食費を3万円、被服費を1万円減らすなどして変動費で計5万7000円削減できました(表参照)。
■“お得”情報を追いかければ追いかけるほど支出が増加
一方、固定費にもムダがありました。生命保険です。
「今年から新NISA制度がスタートして、これも“やらなきゃ損”だと思って、投資のことを勉強しようとネット検索しました。すると、“変額保険がお得”だと知り、月2万円の生命保険を契約してしまったんです。
その後、変額保険は、結局は自分が払った掛金が投資で運用されているということを理解して、“それなら、利益が非課税になるNISAにしていればよかった”と後悔しました」(キヨミさん)
そこで、保険は変額保険を解約して、固定費2万円カット。もともと加入していた生命保険一本に絞ってもらいました。
こうしてみると、武田家は9年前に比べて、家族構成が変わったとはいえ、5万〜6万円は支出が膨らんでいたと言えます。家計改善後の収支は7万8000円も改善され、黒字額は8万円を超えました。見方によっては、“お得”と言われるアプリなどを使うようになってから、かえって支出が5万〜6万円かさんでしまっていたということになります。
小池百合子都知事はこの12月、昨年度に続いて生活支援のため、QRコード決済で10%還元キャンペーンを行う予定だと発表しました。上手に利用するのは悪くありませんが、くれぐれもキャレッシュ貧乏の沼にハマらないよう注意が必要です。
武田家は今、収支の差額は基本的にiDeCoやNISAなどの非課税投資に充てて、堅実に資産を増やしています。ふたりとも、元来、真面目で堅実な方。ただ、他人目線のお得情報に惑わされて「これ以上支払いツールを増やすと管理不能になる」という線引きができなかった。自分にとって真の「お得」の基準がブレてしまっていたのが、浪費を招いた原因の一つでした。
自分の軸をしっかり持つこと。すなわち、自分が管理できる範囲を自覚し、その中でやりくりすることも、資産を減らさないための防衛術なのです。
----------
横山 光昭(よこやま・みつあき)
家計再生コンサルタント、株式会社マイエフピー代表
お金の使い方そのものを改善する独自の家計再生プログラムで、家計の確実な再生をめざし、個別の相談・指導に高い評価を受けている。これまでの相談件数は2万6000件を突破。書籍・雑誌への執筆、講演も多数。著書は90万部を超える『はじめての人のための3000円投資生活』(アスコム)や『年収200万円からの貯金生活宣言』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を代表作とし、著作は171冊、累計380万部となる。
----------
(家計再生コンサルタント、株式会社マイエフピー代表 横山 光昭)