トランプ氏にあんなことができるのは安倍首相だけだった…外務次官が思わず「ダメです」と止めた"仰天の一言"

2024年11月5日(火)8時15分 プレジデント社

外務次官、駐米大使を務めた杉山晋輔さん - 撮影=遠藤素子

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ドナルド・トランプ氏とカマラ・ハリス氏が激しく争う米大統領選は、11月5日に投票日を迎える。日本は新大統領とどのように対峙すべきなのか。新著『日本外交の常識』(信山社)を出版し、外務省次官、駐米大使を務めた杉山晋輔さんに、ノンフィクション作家の児玉博さんが聞いた——。
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外務次官、駐米大使を務めた杉山晋輔さん - 撮影=遠藤素子

■「ハリスブーム」に翳りが見えている


——米大統領選の行方をどう見ていますか。


10月半ばまでおよそ2週間、米国に行き、多くの政治関係者と面会を繰り返しましたが、皆が口を揃(そろ)えるのは、


「今回はわからない」


それほどドナルド・トランプ(共和党)が勝つのかカマラ・ハリス(民主党)が勝つのかまったくわからない状況だと。


かつて、ジョージ・ブッシュとアル・ゴアが戦った2000年の大統領選挙はフロリダ州の開票結果をめぐって訴訟にまで発展し、決着するまでに1カ月以上もかかったことがありました。さすがにそこまでは長引かないだろうと言われていますが、簡単ではなさそうですね。


——その原因は何でしょうか? 民主党の大統領候補がジョー・バイデン大統領から副大統領ハリスに変わり、その新鮮さからメデイアも好意的に評価し、ブームのようなものまで起きました。


そうですね。ハリスが登場した時は、やはり女性候補であること、それも黒人候補であることなどの新鮮さが持て囃(はや)されたのも確かです。しかし……、そもそもハリスは副大統領としての評価が非常に低かった。スタッフがころころ代わる、ハリス自身のパワハラ疑惑があり……、行政手腕、リーダーシップにもずっと疑問が投げかけられていた。だから、好意的な評価が一転、瞬く間に疑問符のほうが多くなったような印象ですね。


■「トランプ大統領」は分断の結果に過ぎない


——それがゆえの拮抗でしょうか。


言うなれば、今回の選挙はトランプ対ハリスというよりも、トランプを選ぶか、トランプ“以外”を選ぶかの選挙なんですね。だから、史上稀(まれ)な接戦になっているんだと思いますね。


——トランプというと、どうしても米国に分断をもたらした政治家という特異なイメージが強い。


一般にそう捉えられていますが、私の見立てはちょっと違う。まず、公職についたことがない。なにせ初めての公職がアメリカ合衆国の大統領ですから。そして、トランプをトランプたらしめたあの言動。政治的な前例や慣例をまったく無視したかのような強烈な言動は、いわば世界中に驚きと混乱と困惑を与えた。けれでも、本人はまったくそんな批判を意に介さない。


つまりですね、トランプ現象と言われるような“分断”は、トランプ大統領が誕生して起こったわけではなく、“分断”が生まれていた状況にトランプが乗っかったような気がします。建国以来抱えている人種問題が、より深刻化しているのがその原因ではないでしょうか。だから、トランプ現象はトランプが生んだというよりも、アメリカという国が作り出した現象だと思います。


■思わず「ダメです」と止めた安倍首相の仰天発言


——個人的というか、一対一で会うとトランプの印象は違いましたか?


正確に言うと一対一はありません。彼のスタッフがいる中で彼と一対一で会ったことはあります。


——やはり違った?


それはビジネスの世界とはいえ、リーダーだった人ですからね、チャーミングだし、温かいんですよ、とても。気を逸らせないし、包み込むような温かさを私は感じましたね。


——トランプ政権といえば、安倍晋三元首相の名前が浮かびます。先進国のリーダーの中でただ一人、異例の大統領と特別な関係を築き上げた。トランプ—安倍の関係から、日本の首相に求められる政治家としてのリーダーシップ、そして外交の資質みたいなものが見えてくるような気がします。


トランプが予想に反してヒラリー・クリントンを破り、大統領選に勝利したのは2016年11月。この時、私は日本の外交を司る外務省事務次官のポストにありました。時の首相は安倍晋三さん。その安倍さんからこんな要望が来ました。


「トランプさんに会いに行きたいんだけど、ダメかな?」


「ダメです」と即答しました。なぜって、たしかにトランプは大統領選に当選はしましたが、それはあくまで次期大統領になることであって、現実にはバラク・オバマ大統領がいるわけですから。日本の首相が相対するのは大統領一人なんですからと。


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インタビューは外務省の顧問室で行われた - 撮影=遠藤素子

■これが格別な友情関係の始まりだった


——それでも安倍さんは諦めなかった。


そうなんです。「やっぱりダメか」というから、こちらは「ダメです」という。こんなやりとが続く中、安倍首相の意向が非常に強いこともあり、最終的には「ではなんとかやってみます」ってことになりました。


しかし、これは安倍首相の政治家としての直感というか、センスというか……まさに政治判断だったと思う。世界中の国々のリーダーたちが、トランプがどのような政治家なのか、どんな人間なのか、なにをやってくるのか、というように用心深く距離を取っている中で日本のリーダーがただ一人、しかも現職大統領がいる中で、会うという決断をするのですから。本当に大きな政治的なリスクを覚悟して安倍さんは決断したんだと思いますね。


——2016年11月17日、安倍首相はニューヨークのトランプタワーまで訪ねていき、トランプとの会談が実現しました。


これがトランプ—安倍という格別な友情関係の始まりだった。後に聞かされましたが、トランプもこの安倍さんの訪問を非常に喜んだそうです。「アジアの大国、日本の首相がわざわざ会いに来てくれた」と。


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顧問室の机には、外交官時代の各国からの贈り物が並べられていた - 撮影=遠藤素子

■驚かされたのは、オバマ大統領退任の時も…


本には書きませんでしたが、現職のオバマ大統領を戴く国務省は相当に怒ったようです。そりゃ、そうですよね。大統領が現としている中の訪問だったんですから。だから、国務省は主要国のリーダーたちに、「決して日本の真似をするな。それは許さない」と強く要請したそうです。


これだけの政治的なリスクを背負える安倍さんという政治家はやはり優れたリーダーだったと思います。が、それ以上に安倍さんという政治家の資質に瞠目したのは、トランプ訪問が終わり、同じ年の12月のハワイ。パールハーバーで行われた安倍—オバマの首脳会談だった。


——どう驚かれましたか?


本当に何もかもっていう感じですが(笑)。安倍さんのほうから、「オバマさんが退任するから、挨拶に行きたい」という話が、まずあった。これは、外務省としてもとてもいい話なんですね。しかし、驚かされたのはその場所として、安倍さんがハワイの“パールハーバー”をあげたことです。


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安倍首相の発想は官僚の常識では考えられないものだったが、それがあの演説「和解の力」につながった - 撮影=遠藤素子

■まるで田中角栄首相を想起させる資質


「エッ、パールハーバーですか」って感じでした。まったく虚を突かれた。首脳会談の場所にパールハーバーを選択するのが、安倍さんの政治家としての資質を余すところなく伝えているような気がします。今もって「パールハーバー」に対する米国の国民感情は複雑なものがあり、一歩間違えれば訪問が逆効果になり、日米関係に暗い影を落とす可能性もあった。しかし、そこで安倍さんは歴史に残るような演説「和解の力」を行う。


——政治家のリスクを取る力というか、リスクを取れる政治判断をできるから政治家なのか……。


安倍さんのエピソードは、日中国交正常化を実現した田中角栄首相を想起させます。


1972年、ニクソン米大統領の訪中を後追いするように田中首相は訪中する。米国の後追いをしただけだろなどと批判の声もあったようですが、とんでもない話です。先輩たちから聞かされましたが、訪中した段階で本当に国交正常化の合意を達成する確証はなかったというんですね。


——つまり、現地に行っての勝負に田中首相は懸けたということですか。当然、中国側から拒否された場合は、首相も辞任する覚悟だったということですか?


ええ、そういう風に聞かされていました。安倍さんも、田中さんもある意味、首相の職を賭してまで政治決断をしたということなんでしょう。こうした大きな外交は、最終的には政治家の判断、決断に委ねられる。外交的な資質というよりも、政治家としての資質ということになるんでしょう。


■「国民の付託を受けている」という自信がある


——事務方を務める官僚という立場から観ていて、安倍首相や田中首相のように政治的なリスクを取ってまで、なお決断させるものは何でしょうか? 個人の資質ですか?


もちろん、持って生まれた資質もあるでしょうし、また辿った政治経験も大きい、と思います。が、私が官僚という立場からお仕えさせていただいた政治家の方々を観た場合、やっぱり国民の付託を受けているというその自信じゃないでしょうか? 安倍さんの場合、第2次政権だけでも衆参合わせて選挙を5回やっていますから。それをすべて勝ってきているわけですよね。国民世論の付託を受けているという、それが大きな自信になったんじゃないでしょうか。


——今回の新著『日本外交の常識』(信山社)でも日米同盟の基軸である「日米安保条約」についてかなりの分量を割かれています。その中で杉山さんご自身も語られているように、言及の数でいえば、意外や安倍さんよりも岸田文雄前首相のほうが多い。


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安倍政権時代に外相を務めた岸田前首相。新著では安倍氏以上に岸田氏の名前が目立った - 撮影=遠藤素子

■地味だが、成し遂げた功績は大きい


私も書いていて意外だったんですが、そうなんですよ。岸田さんのほうが多いんですね。しかし、それは冷静に考えるならば当たり前なんです。安倍さんがオバマ政権、トランプ政権との特別な関係を築き上げ、日米同盟をさらに強固なものにしたことは紛れもない事実。その安倍さんが政権時代にできなかった、いわば日米同盟を“深化”させる役回りを岸田前首相がおやりになったという印象ですね。


ですから、岸田さんがやられたことは、一見、安倍さんのような派手さはありませんでしたが、果たされた役割は非常に高く評価されるべきだと思います。


——具体的にはどうですか?


たくさんありますが、日米同盟を“深化”させていった一番の功績は、やはり「国家安全保障戦略」を改定し“敵基地攻撃能力”を整備したことですね。これは国際法上、自衛権として認められているものでもあり、また日本の憲法解釈でも不可能ではなかった。しかし、その能力を自衛隊には付与しないというのが今までの政治判断だった。それを新たに付与したことは、岸田前首相の画期的な政治判断だったと思いますね。言うなれば、安倍さんが描いた図に、魂を入れたのが岸田前首相だったと言えるんじゃないでしょうか。


敵基地攻撃能力を日本が身につけたからといって日米安保体制の“矛”と“盾”の役割分担を基本的に変えるものではありませんが。


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背景には、トランプ前大統領の写真が飾られていた - 撮影=遠藤素子

■「日本は中国をどうするんだ?」と聞いてくる


——石破茂首相は自民党総裁選に勝つや、将来的な「アジア版NATO」の創設や日米地位協定に言及しました。


色々なお考えはあると思います。石破さんも首相になるや、その発言は“いち議員”としてのもので、総理のそれではないと発言されました。基本的に、日米同盟はその関係を強めており、誰が総理になろうとも同盟の本質は揺らぐことはないと思います。


——日米基軸の脅威の1つが中国の存在と言われています。経済的にも、軍事的にも中国の存在感がますます強まっている、と。日本ではそこまでの現実感がないのですが、そのあたりはどうでしょうか?


これはですね、大統領がトランプになろうが、ハリスになろうが、米国にとっての“一丁目一番地”は、中国です。それは間違いないことであるばかりか、そうした考えは一層として強まっていると思いますよ。だから日本が大事ということになるわけですが。


バイデン政権で国務長官を務めているアントニー・ブリンケン。彼がその要職につく前、よく2人で議論をしていました。そこで、ブリンケンはさかんに聞くわけですよ。


「杉山さん、われわれは中国をどうするかを寝ても覚めても考えている。日本はどうするのか?」と。私が、日本には日本の考えがあるから心配するな、と話しても、ブリンケンは「日本はどうするんだ?」という質問を繰り返すわけです。中国に対する危機感は民主党であれ、共和党であれ、相当なもんですよ。


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米国で政府関係者に会うと、中国への危機感をひしひしと感じるという - 撮影=遠藤素子

■ただ追随することが「同盟」ではない


あんまりブリンケンが日本はどうする、と聞くので、「米国は中国との付き合いが200年程度だと思うが、こっちは2000年以上中国と付き合っているんだ。アメリカと一緒かどうかはわからないが、ちゃんと答えを用意する」


するとまた「じゃ、どこがどう違うのか?」って聞いてくるんですが(笑)。


——米国とは違う政策をとる可能性もある?


それはもちろん、政策として米国とすべて一緒ということはないかもしれない。一緒かもしれない……違ったとしてもそれで同盟は揺るがないと思いますよ。


中国に共産党国家が誕生した時の話です。中華人民共和国が誕生(1949年10月)。この際、英国の首相、クレメント・アトリーを首相に戴く内閣は、その政権を承認し、外交関係を結ぶ。もちろん、米国政府にそのことは伝えていた。


一方、中華人民共和国を承認した英国とは異なり、米国は台湾に逃れた蔣介石率いる国民党を支持した。“血の同盟”ともいわれるほど鉄の同盟関係にあった英米で異なった中国政策を取るんですね。それぞれが国益を最優先した結果なのだが、かといって米英の同盟が破綻したか? そうはならなかった。“血の同盟”は今も続いています。


この米英の体験は、同盟とは何かを考える上でも、また同盟の本質を考える上でも、とても重要だと思います。追随するだけが同盟ではない。「合意しないことに合意する」これこそが同盟の極意のような気がしています。


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同盟の本質は「合意しないことに合意する」。それは日米同盟でも同様だ - 撮影=遠藤素子

■今でも忘れられない「34年前のトラウマ」


——追随するだけが同盟ではない。非常に重い言葉に聞こえます。かつて、湾岸戦争(1990年)で日本は米国が主導する多国籍軍に90億ドル(当時、1ドルおよそ144円。約1300億円)もの支援をしながら、終戦後、クウェート政府が謝意を表した国々の中に日本は巨額の支援金を出しながら、入っていなかった。日本は同盟国ではないという西側の国々もいました。


湾岸戦争は、外務官僚に大きなトラウマを残したと言えます。少なくとも私にとっては、湾岸戦争は非常に大きなトラウマを生んだ体験でした。



杉山晋輔『日本外交の常識』(信山社)

今もって語り継がれていますが、あの戦争でわれわれ日本は西側同盟諸国に加わり、同盟国では圧倒的に多い90億ドルを拠出しました。しかし、当事者であるクウェートはもちろん、同盟国から感謝の言葉は一言もなかった。それはなぜか? 再三の要請にもかかわらず、派兵をしなかったからです。派兵しようにも、派兵できる法整備がなされていなかった。これがきっかけとなり、国際社会での日本の貢献のあり方が大きく変わることとなります。


再三にわたる派兵要請、これはかなりの圧力でした。私は今でもその際に、「お前は敵なのか? 味方なのか? はっきりしろ」と詰め寄られたことをはっきりと今でも覚えています。私だけではなく、当事者として交渉に当たっていた外務官僚すべてが同じ体験、しかも非常に苦い体験を覚えているはずです。


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新著では「自分のトラウマ」と表現する湾岸戦争について述懐している

■本の最後に「サッチャーの言葉」を載せた理由


——日本外交の常識』の最後は英国の首相、“鉄の女”とも言われたマーガレット・サッチャーの言葉で終わっています。その意味をお聞かせください。


サッチャーの残した言葉は次のようなものです。


何世紀にも及ぶ歴史と経験は、次のことを確たるものにしている。もし我々の国民の命を防衛しなければならなくなった時、もし私たちの原理原則(principles)を死守しなければならなくなった時、もし善(good)を断固として擁護しなければならなくなった時、もし悪(evil)を打ちのめさなければならなくなった時、そして更にもし正義(justice)を実現しなければならなくなった時、我々はこれらのために躊躇なく武器を取って断固立ち上がる。

アルゼンチンとフォークランド諸島の領有権をめぐって武力衝突が起きた時のサッチャーの演説です。


撮影=遠藤素子
各国の要人らと撮った写真。外交官という仕事は本当に刺激的だったと振り返る - 撮影=遠藤素子

■青臭いと言われても、考えるべき難題である


このサッチャーが述べた言葉の数々の前に日本人は立ち止まざるを得ないと思います。少なくとも私は立ち止まった。国民の命を守るために立ち上がる。これに異を唱える人はいないと思います。が、しかし、それが「原理原則」のために、「善」のため、「悪」を打ちのめすため、「正義」を実現するために、銃を取り戦うことができるか? こうした価値観のために、ためらうことなく戦えるか? これは本質的に議論しなければいけない問題です。


しかし、こうした議論、青臭いと言われるかもしれないけれども、こうした議論を政治家も官僚もそして国民ももっとすべきじゃないかと思っております。そこから、国のあり方、外交のあり方、もっといえば国民の守るべき信念のようなものが生まれるんじゃないかと思うからです。そうした国としての背骨のようなものが必要だと思っております。だから、青臭いよ、杉山さんと言われるのを覚悟でわざわざ最後に入れさせてもらいました。


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「正義を実現するために、銃を取り戦えるか」。新著のむすびは読者に難問を投げかけている - 撮影=遠藤素子

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杉山 晋輔(すぎやま・しんすけ)
外務省顧問
1953年愛知県名古屋市生まれ、1977年早稲田大学法学部中退、1980年オックスフォード大学卒業(1992年同大学修士)。1977年外務省入省、G7サミット企画官、条約局条約課長、在エジプト日本国大使館公使、地球規模課題審議官(大使)などを経て、アジア太平洋州局長、外務審議官(政務)、外務事務次官、アメリカ合衆国駐箚特命全権大使。2021年外務省顧問。現在、早稲田大学特命教授。『国際紛争の多様化と法的処理 栗山尚一先生・山田忠正先生古稀記念論集』(信山社、2007年)、『国際法の新展開と課題 林司宣先生古稀祝賀』(信山社、2009年)などがある(共著含む)。その他国際法に関する論文多数。
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(外務省顧問 杉山 晋輔)

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