アニメーターが1日500人規模の海外アニメイベントに行ってみた ドイツのアニメファンに触れてみて

11月9日(土)18時0分 ねとらぼ

ドイツで開催された「アニメフェスティバル・フライブルク」

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 今回取り上げるのは、独・フライブルクで9月20日〜22日にかけて開催されたアニメイベント、「アニメフェスティバル・フライブルク」。来場者数は3日間で1500人ほどと、比較的小規模なイベントです。
 海外のアニメ系イベントといえば、米・ロサンゼルスで開催されている「Anime Expo」や仏・パリの「Japan Expo」などの大規模なものを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。しかしそうしたイベントの一方で、欧米で小規模なイベントが多数開催されていることは、あまり知られていません。
 ドイツでは、参加人数500人〜2500人程度のイベントが、年間25回ほど開催されているとのこと。なかなか日本まで入ってこないこうしたイベントの様子について、「アニメフェスティバル・フライブルク」にゲストとして参加した、アニメーターの三木達也さんにお話を聞きました。
 三木さんはアクションやエフェクトを得意とするアニメーターで、「進撃の巨人 サードシーズン」ではアクション作画監督として参加。海外でアニメ文化がどのように受け入れられているかを見てみたかったことが、イベント参加の決め手だったそうです。三木さんがメディアの取材を受けるのは初。インタビュー前半ではイベントの様子を、後半では三木さんの業界歴についても語ってもらいました。
●街の写真を生かしたライブドローイング
——イベントお疲れ様でした。今回のイベントは主催側がTwitterでゲスト募集を行った流れもユニークでしたね
三木:そうですね、何人か応募があったみたいです。その中から自分が選んでいただけたのは、ドイツでも人気の「進撃の巨人」などに参加していたからかもしれません。
——海外イベントに参加されるのは初とのことですが、準備で大変なことなどはありましたか?
三木:パスポートの申請期間がカツカツだったのが一番慌てました。発行には写真付きの身分証が必要なのですが、免許も持っていなかったので、マイナンバーカードを急いで発行したり……。
——参加にあたり楽しみにしていたことは?
三木:生で海外のアニメファンと触れ合う機会はなかなかないので、実際に会ってみたかったんですよね。
——「アニメフェスティバル・フライブルク」はローカルなイベントながら、入場料を高めに設定することで日本からゲストを呼べる仕組みになっているそうですね。(※大人の当日券が20〜25ユーロ=約2400〜3000円/参考:小さなアニメイベントを日本人ゲストと盛り上げるためには=日独交流最前線 - COMEMO)
三木:ヨーロッパだとこうした小規模のイベントが結構開催されているそうなんですよね。会場は学校の講堂くらいのイメージで、1日500人、3日間で1500人ほどが来場するイベントでした。
——イベントでは何をやられたのですか?
三木:イベント期間中は毎日ライブドローイングとサイン会をして、最終日には質問コーナーも行いました。ライブドローイングは1時間くらいで描く流れで、始めは「間に合うのか?」と不安でしたが、30分くらいで行けそうだと分かったので、作業中も客席からの質問に答えたりしました。
——ライブドローイングで描くテーマはどのように決めていったのでしょうか。
三木:。当初「『進撃の巨人』みたいに屋根の上を走る画をお願いしたい!」というお話もあったんですが。
——それは、1時間だと……
三木:「進撃」のアクションはめちゃくちゃ手が込んでるので、全部描くとなると1時間では厳しいなあと(笑)。そこで、「開催地であるフライブルクの街の写真を使ってキャラが動いたら楽しいんじゃないか」という提案をいただきまして。それなら行けそうだということで、初日の朝イチで写真を撮りに、街を見て回りました。
——作画は紙で?
三木:普段は紙で作画していますが、筆圧がめっちゃ薄くてカメラに映るか怪しかったので、ライブドローイングでは「CLIP STUDIO」を使いました。CLIP STUDIOは使えるっちゃ使えるけど、過去10回くらいしか使ったことがなかったので、そこだけが不安でした。
——機材は持ち込みだったのでしょうか?
三木:現地で液タブとソフトを用意していただきました。1時間でなんとか完成して、お客さんの反応も上々だったので何よりでした。
——デジタルでも描けるのに、普段紙での作業にこだわる理由は?
三木:やはり速さです。デジタルだとセルを重ねやすかったり、クオリティーの底上げはしやすいと感じますが、自分の場合結局紙で描いた方が速いんですよね。デジタルだと手元ですぐにタイミングのチェックができるのも利点です。自分は手元でパラパラしながら、ストップウォッチで見ています。
——普段はクイックチェッカーも使わないんですね。
三木:使わないです。業界的にもチェッカーを使いたい派と使いたくない派がいるみたいで。使いたくない派の意見でなるほどと思ったのは、伊藤嘉之さんが言っていた「チェックしたら失敗しないじゃん」というお話。完成画面が見えてしまうため、偶発的に成功する面白さが期待できなくなってしまうというんですね。
※伊藤嘉之:アニメーター。「鋼の錬金術師」「ひそねとまそたん」などでキャラクターデザインを担当。
——なるほど。
三木:まあ自分が使わないのはクイックチェッカーの使い方が分からないからなのですが……。
——なるほど……。最終日の質問コーナーはどんな感じでしたか?
三木:本当にアニメに興味があって、直接話を聞いてみたいという人が来てくれていました。CGアニメーター志望の人もいて、「どういう勉強をすれば良いですか?」って質問をくれたりだとか。
——それにはなんと答えましたか?
三木:自分も映画をよく見るようにしているので、とにかく「良いものをたくさん見て」と伝えました。その人にはイベント終了後の観光日にも街角でばったり再会して、「アニメや漫画のグッズなかなか売ってないね」と言ったら、「ドラッグストアに売ってたりするんですよ」と案内してくれたり、楽しい経験でした(笑)。
——イベントでは他の出し物はどんなものがありましたか?
三木:いろんなものがあって、多かったのはグッズを売っているところかな。同人誌を売ってる人もいましたし、アニメの上映会があったり。イベントではコスプレしてる人が多かったですね。
——コスプレのイベントもあった?
三木:コスプレ大会があって盛り上がっていましたよ。あとは会場内をコスプレ姿で自然に過ごしている人たちが印象的でした。階段の踊り場とかで楽しそうにおしゃべりしていたり、そういうのを見るだけでも新鮮で面白かったです。
——参加者は何目当ての人が多かったですか?
三木:わりとバラバラだったんじゃないかな。書店で置いてないようなレアな漫画も売っていたりするので、そちらが目的で来てる人も多いようでした。4日目の観光日に本屋を巡ってみましたが、漫画が少ないというより、そもそも電子化の流れで本屋が少なくなってきているんだろうなというのも感じました。
——行ってみて、行く前のイメージとは違いましたか?
三木:そもそも予想ができてなかったんですよね。まず海外のイベントってあまり情報が入ってこないじゃないですか。ドイツのファンがどのような温度感で楽しんでくれているのかが知れたのは良かったです。
——三木さんはコミケでも本を出されているので、そこでもファンと触れ合う機会はあるわけですよね。
三木:コミケでも、会場で直接買いに来てくれる人に手渡すときはうれしいですし、ありがたいですよ。
——コミケへの参加もファンとの触れ合いが目的で始められたのでしょうか?
三木:それもありますが、アニメーターになってからひたすらコンテを元に原画を描いてきて、コンテ無しで絵を描こうとしたときに、ふと描けなくなってたことに気付いたんです。それはちょっとクリエイターというか、絵描きとして恥ずべき状態だなと思って、お客さんの目線を考えながら描く修行の場として、コミケにも出るようになりました。
——結構ストイックな理由だった……。
三木:ただ、アニメの原画と同じで、描き終わると興味がなくなっちゃうところもあって。この前もコミケの原稿が終わって満足していたら、サークルチケットをなくしてしまい、一緒に参加してくれたサークルの人に叱られました……。
——はい……。今更ですが、三木さんがメディアのインタビューを受けるのは初ですよね。業界歴などについても聞かせてください。
●「はじめの1年はひたすらエフェクトを描いてた」
三木:業界に入ったのは2009年で、アートランドというスタジオで動画からスタートしました。作品としては「家庭教師ヒットマンREBORN!」「いちばんうしろの大魔王」のあたりですね。動画期間は2年ほどでしたが、原画をやるようになってからのほうが辛かったです。
——一般的には、入りたての動画期間が一番辛いと言われがちですよね。
三木:原画だと生みの苦しみが大きくなるんです。あとは同期の上手さにヘコまされたり……。本当は原画を始めた後に、別のスタジオでもう一度ゼロから動画の修行がしたかったくらいでした。
——スタジオを移ってまで基礎固めというのもまた珍しいですね。
三木:当時周囲で、あるスタジオにとても厳しい動画検査さんがいると噂になっていて。その人にボコボコにされてみたかったんです(笑)。
 結局そのスタジオには入れませんでしたが、他にもProduction I.Gさんの動画採用にポートフォリオを送ってみたりしました。そちらは書類審査は通ったんですけど、面接日が「翠星のガルガンティア」(2013年)の原画アップ日と重なっていたので、「面接日をずらせませんか?」と当日に連絡したら落とされました。
——落ちた裏でその会社の原画を描いてるじゃないですか(笑)。
三木:採用担当者も知らなかったみたいで、後年「あれ三木さんだったんですか!」と言われました。おかげで、少なくともI.Gさんの書類審査を通る程度の画力にはなったんだなということは分かりました。
——初原画はどの作品だったんですか。
 初原画は2011年放送の「ドラゴンクライシス!」です。自分は最初から動かしたいほうだったので、いきなりエフェクトバリバリのところを担当しました。監督の橘秀樹さんに上がりを気に入っていただき、「こっちの原画を直してもらえないか」と仕事を振ってもらったり。
——デビュー回でいきなりエフェクト作監だったんですね。
三木:ノンクレジットですけど、その回で何カットか修正させていただきました。作監は最初の1回だけでしたが、その後半年間、本当に強風なびきとかエフェクトの仕事しかこなくなってしまって(笑)。はじめの1年はアクションすらほとんど描いてなくて、ひたすらエフェクトを描いてました。
——それは難なく描けた?
三木:難なく描けたというよりは、やるからには調べて描くだけですよね。アニメはできるかできないかではなくて、やるかやらないか。やらないといつまでもできないので。なるべくえり好みをしないように、原画を始めてから7年くらいは自分から仕事を選ぶこともしていませんでした。
 ただ、気が付いたら本当にアクションとエフェクトばかり依頼されるようになっていたので(笑)。もっと日常芝居とかもやりたいので、最近は自分でも多少選ぶようにしています。
——先ほど、映画をよく見るようにしているとのお話がありましたが、これはいつごろ意識するようになったのでしょうか。
三木:「絶園のテンペスト」(2012年〜2013年)が終わって、「キャプテン・アース」(2014年)の原画をやっていたころに、ボンズの先輩にすごく実写映画を見ている方がいて。被写体を何ミリのカメラで撮っているか? など、“カメラの感覚”を意識しながら描く点では、非常に影響を受けました。
——そこから実写の映画を結構見るようになったんですね。
三木:はじめの2〜3年は年間500本。今でも少なくとも100本は見ています。
——洋画と邦画どちらが多いですか?
三木:邦画も見ますが、洋画が多いです。邦画は細かい感情表現は参考になりますが、自分が手掛ける派手なアクションなどでは、やはりハリウッド大作が参考にしやすいです。他にもジャンル問わず見ていますが、ホラー映画の「ダンッ」って驚かせる演出だけは苦手で、ホラージャンルだけは見てないです。ゲームの「バイオハザード」はコントローラーを投げて、以来二度と手を出してません。
——ゲームも結構やられるんですか?
三木:人がプレイしているのを横目に見るのは好きですけど、自分で遊ぶのはアニメーターになろうと決めた大学時代に封印しました。
●「MUSASHI-GUN道」の作画崩壊が分からないくらい、作画を見る目が無かった
——アニメ系の専門学校ではなく、4年制の大学に通われていたんですね。
三木:4年制の情報学部でした。
——失礼ですが、当時から絵はうまかった?
三木:いえ、20歳まで絵はほとんど描いたことがありませんでした。
——小中学校で神童とうたわれたエピソードとかも?
三木:ないない(笑)。ガリ勉だったから、美術の評価は4以上だったけど。
——大学で描きはじめたきっかけは?
三木:事情があり受かっていた関西大学にいけなくなり、進学先のレベルを随分落としたんです。勉強が簡単すぎて大学でやることも見つからず、周囲に美大の友達が多かったこともあって、描き始めた感じです。
——当時はどんな絵を?
三木:皆イラストや漫画の絵を描いていましたが、自分はゼロからだったので。「どうやったらうまくなる?」と周囲に聞いて、ひたすらクロッキーやデッサンをやってました。その関係で今でも記号的な絵より、リアル寄りな方が得意です。
——アニメーターになろうと思ったきっかけもあったのでしょうか。
三木:大阪でアニメーターの人たちと飲み会に参加したことがあって。アニメーターっていう職業があって、面白そうだから自分もなってみたいなと初めて意識したのはその時です。
——人との出会いが先にあったんですね。
三木:あとは当時、鈴木陽子さんのサイトのお絵かきBBSによく書き込みをしていて。
※鈴木陽子:「BLEACH」作画監督、「BORUTO -ボルト- -NARUTO NEXT GENERATIONS-」総作画監督、「魔法少女特殊戦あすか」キャラクターデザインなどを担当。
——お絵かきBBSは、現在では失われた文化ですよね。
三木:完全に失われましたね。当時は普通の個人サイトにお絵かきBBSが組み込まれていて、そこでの交流が活発でした。自分は岩崎将大くんのサイトでもよく描いていて。岩崎くんとはいまだに合って話したりしますね。
※岩崎将大:「パンチライン」キャラクターデザイン、総作画監督、「ダーリン・イン・ザ・フランキス」叫竜デザイン、デザインワークスなど。
——BBSでは、ツールは何で描かれていたんですか?
三木:BBSでは板タブでした。
——動くGIF動画みたいなものを投稿したり?
三木:動く絵を投稿する人が多かったけど、自分は止め絵しか描いてなかったな。初原画まで自分ではほとんど動かしたことがなかったんです。大学の夏休みとかは一日中描いていて、当時は筆圧が強かったから2〜3日で腱鞘炎起こしかけたり。FAXのロール紙にひたすら描いて、半月で使い切るような生活を送ってました。
——すごい物量ですね。ちなみにロール紙に描いた絵はまだ残っていたりしますか?
三木:全部捨てちゃいましたよ(笑)。大学2年で描き始めるまでは「作画」の意味も分かってなくて、「MUSASHI GUN道」を見ても作画崩壊だと分からなかったくらいでした。そんな自分でも、頑張ればある程度まではどうとでもなるという証明ができていると言えなくはないのかも……。
——「GUN道」は当時話題になったとはいえ、アニメに対してある程度アンテナを張ってないと見ようと思わないチョイスですよね。もともとアニメは好きだったんですか?
三木:学校帰りの夕方に放送されるアニメはだいたい見ていました。「ロスト・ユニバース」がもともと大好きで。でも作画を見る目はなかったから(笑)、“ヤシガニ事件”とかも分からずに見ていました。
——作画を見る目が養われたのはいつ頃から?
三木:大学時代、友達に作画オタクがいたのに影響されました。もともと周りに影響されやすいんですよね。小学校では成績がオール2というくらい頭が良くなかったんですけど、小学6年生のときに見た「彼氏彼女の事情」が本当に面白すぎた影響で勉強するようになったり。
——ああ、「カレカノ」は主人公2人が秀才だから。
三木:「カレカノ」を見てから基本的にオール5になりました(笑)。
——作画も同じように、友達の影響で注意して見るようになったと。
三木:当時は“作画MAD”がはやりだしていて。キャッチーでよく見ていたのは中村豊さん、松本憲生さん、磯光雄さんとか。良いものを見続けると目も養われるので、カッコイイ映像を見ている内に自分でも動かしたいと思うようになりました。
——逆に業界に業界に入ってから影響を受けた特定のアニメーターは?
三木:鈴木典光さん(即答)。ものの見方や考え方に一番影響を受けました。時期的には「キャプテン・アース」のころかな。雑談中にも参考になる話があると「ちょっとノート取らせてください」って熱心に聞いていました。「あの映画のあそこの映像が良かったよ」と勧めてくれたり。とても勉強になりました。
●あらためて、ドイツに行ってみて
——三木さんの人柄が分かってきたところで、最後にあらためてフライブルクでのイベントについて聞かせてください。
三木:はい。
——行って良かった?
三木:良かったですよ! そもそもドイツでアニメがどのような文化として親しまれているのかが気になっていたので、そこに触れられたのは大きかったです。
 ファンの方が直球で褒めてくれる感じは海外の方が強くて、それもうれしかったですね。サイン会でも、主催側からは特にアナウンスされていない作品を挙げて「『メイドインアビス』に参加してましたよね。三木さんが描く動き、好きです!」なんて言われて。
——良い話だ……。
三木:日本のファンともTwitterとかで交流することはありますし、それも楽しいんですけどね。
——温度感が微妙に違う感じですか。
三木:そうですね。それに業界内ではあまり褒め合う文化がないので。ライブドローイングが終わった後など、スタンディングオベーションでよろこんでもらえて、来て良かったなあって思いました。普段そういう反応がもらえることって、まず無いですから。純粋に自分の絵の反応がもらえて楽しかったので、また機会があれば、ぜひ行ってみたいですね。
画像・動画提供/取材協力:Katahoさん

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