ジョー・バイデン氏の「波乱万丈の人生」を図解してみた!

11月13日(金)6時0分 ダイヤモンドオンライン

「自分の考えや打ち合わせ内容をその場で図解する。このテクニックがあれば、会議、ブレスト、プレゼンが劇的に変わる。考える力と伝える力が見違えるようにアップする」
こう語るのは、アートディレクター日高由美子氏。発売6日で大重版が決まった『なんでも図解』の著者です。「フレームワーク」や「キレイな絵」を一切排除し、瞬間的なアウトプット力の向上を徹底的に追求するワークショップ、「地獄のお絵描き道場」を10年以上続けています。複雑なことをシンプルに、難しい内容をわかりやすく。絵心ゼロの人であっても、「その場で」「なんでも」図解する力が身につくと評判になり、募集をかけてもすぐキャンセル待ちに。
本連載では「絵心ゼロの人であっても、伝わる図を瞬時に書くためのテクニック」をお伝えします。


「どうやって図にするの?」を徹底解説!


 大波乱のアメリカ大統領選挙でしたが、今回はジョー・バイデン氏のプロフィールをNHK「アメリカ大統領選挙2020」の記事を参考に図解してみました。


 参考にしたのは、NHK「おうちで学ぼう!for School」の下記記事です。
「選挙の基本 民主党 ジョー・バイデン」 ※タイトルクリックで、記事に飛びます。


 記事を読むと、知らなかったバイデン氏の「今まで」を知ることができて、まさに目からウロコ。少し長めの記事なので、拙著『なんでも図解』で紹介した「時系列型」で書いていきます。下図を見てください。


 2本線で分割し3つのエリアに分けるこの型を使うと、情報量が多くても見やすく書けます。では、順を追って説明します。


 リアルな現場での話し合いではなく、すでにある情報の図解となるので、あとから書き込むスペースは作らずに、3分割した本文エリアが広くなるようにします。タイトル周りは余白をしっかりあけて「テーマが何か」が一目で伝わるようにします。下の図のような状態からスタートです。


 おっと、今回は左上にバイデン大統領のアイコンが入っていますね。なぜでしょう?


ここで豆知識! 秒で書けるジョー・バイデン


 今回は主人公(テーマ)をわかりやすくするために、彼のアイコンを左上に配置しています。(こういった図解で似顔絵を描くことは必須ではありません)。特定の人物で、それが書いてあるだけで「このテーマは〇〇だな」とわかるのであれば、人の顔も有効なアイコンに変わります。


 この機会にバイデン氏の「秒で書けるアイコン」を開発しました。ちなみに、本当に秒速で書けるのでLet’s トライ! 下図を見てください。


まずは前半から図解


 今回はわかりやすくするために、文中の「見出し」を抜粋して入れていきます。時系列が年号や番号などでわかるとしても、文章の大きな流れが節目節目で見えると内容の理解が早くなるからです。


 ただし、文中の見出しを全て入れると、見出しばかりで煩雑な印象の図解になるので、全てを入れずに重要な見出しをセレクトして入れるようにしましょう。他のテキストとの区別をつけるために、行頭に四角などのアクセントを入れると目どまりがよくなります。


 次の画像を見てください。左側のエリアから書いていきます。(図の中の番号に沿って説明します)


「1942年」のバイデン氏が誕生した年は、シンプルに目止まりよく四角で囲みました。ここから情報が始まるのもわかりやすいし、シンプルな目立たせ方だと他の年号と統一しやすくなります。文字の羅列に見える箇所も、後から矢印や囲みを入れます。


(〈1〉の文章)
「将来は大統領に」
東部ペンシルベニア州スクラントンで生まれたバイデン氏。10歳のときに、父親の仕事の都合で東部デラウェア州に移り住んだ。子どものころから、バイデン氏はきつ音に悩み、鏡を見て話し方の練習をしたことなどを明らかにしていて、集会でも、どのように克服しようとしたかについても語っている。バイデン氏は、大学時代に知り合った女性と24歳のときに結婚。当時、法律の勉強をしていたバイデン氏は、女性の母親から将来、就きたい職業について聞かれ「大統領」と答えたとか。

 次の画像を見てください。(2)〜(4)のエリアを追記しました。


 (2)のエリアは「悲劇を乗り越えて議員へ」の箇所です。家族の交通事故という悲劇は、後のバイデン氏の人生に大きく関わる重要な経験だったと思われます。文字やアイコンの間の余白をしっかりとって、矢印や囲みで流れや時系列をわかりやすくします。絶望から立ち直る様子は、見る人に直感的に伝わるように、人アイコンの「ゼロワンくん」の首の傾斜を変化させて補足しています。


(〈2〉の文章)
バイデン氏は弁護士を経て、地元の郡議会議員を2年務めた後、1972年、当時29歳の若さで上院議員に初当選した。しかし、当選から僅か1ヵ月後、クリスマスツリーを買いに出かけた当時の妻と1歳の娘を交通事故で亡くした。その際、同乗していた息子2人もけがをした。バイデン氏は、「絶望で自殺を選択する人の気持ちが分かったが、息子たちのことを考えて、生きるために戦うことにした」と、後に当時の心境について語っている。そのため、バイデン氏は当初、息子たちのために議員になることを辞めようかとも考えたが、周りのサポートもあり議員になることを決め、就任の際には、息子2人が入院していた病室で宣誓を行っている。

 続いて(3)のエリアです。2015年、さらに息子さんを脳腫瘍で亡くしてしまったバイデン氏。その当時の失望感、無気力感は計り知れないものだったことと思います。人アイコンで表現しながら、議員になることを決意するきっかけとなった「息子さんの遺志」は吹き出しで強調します。有権者への訴えは「家族」「医療保険」などのキーワードを円で囲んで並列に表現。


(〈3〉の文章)
(中略)2015年、大統領選挙に立候補するかどうか検討している中、バイデン氏の長男が脳腫瘍で46歳の若さで亡くなった。息子はバイデン氏が大統領選挙に立候補することを望んでいたが、バイデン氏は立候補しないことを表明。当時の心境を振り返り、「息子の期待に応えようと勇気を出したかったが、家族を失った悲しみを経験しているだけに、大統領選挙を戦う気力があるかどうか分からなかった」と語っている。

 最後に(4)のエリアです。2019年からのこのエリアでは、立候補するまでの流れに加えてやや補足的な情報もあり、それを点線で区切った中に入れています。このように点線でエリア分けをすると、「削除まではしたくないが主文の邪魔はさせたくない」内容を分類して記録に残すことができます。会議の途中で上司が昔の自慢話を始めたら、点線で区切ったエリアにまとめるのも一つの手です。


(〈4〉の文章)
息子の死から4年後、亡くなった息子の思いなどが決断を後押しし、2019年4月に大統領選挙に立候補した。集会でも家族を失った経験などを話し、医療保険の大切さを訴えて、同じ悲しみを抱える有権者との絆を築いてきた。実は今回の立候補は3回目。1987年に立候補したときは、演説の盗用を指摘され撤退。2008年のときには、予備選挙の序盤戦で支持を伸ばせず撤退している。

 ここまでで記事の半分位までの内容が1枚にまとまりました。次の画像を見てください。


 続いて、記事の後半部分を図解します。



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