「防衛費増額」の是非を議論している場合ではない…平和ボケで国防軍がボロボロになったドイツの教訓

2022年11月27日(日)9時15分 プレジデント社

ベルリンで開催された週次閣議に出席したドイツのオラフ・ショルツ首相=2022年11月18日 - 写真=AFP/時事通信フォト

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■日本と同じく平和ボケは重症?


今年の2月27日、つまり、ロシアのウクライナ侵攻の3日後、ドイツのショルツ首相(SPD)は臨時国会を召集し、2023年には1000億ユーロ(約13兆円)を国防強化のために臨時に投入するとか、23年以降は一般の国防費をGDP比の2%台にのせるとか(現在は約1.5%)、歴史的ともいえる国防強化計画を発表した。


写真=AFP/時事通信フォト
ベルリンで開催された週次閣議に出席したドイツのオラフ・ショルツ首相=2022年11月18日 - 写真=AFP/時事通信フォト

それどころかベアボック外相(緑の党)に至っては、戦車やらミサイルなど重火器をウクライナに供与すると言ったので、皆がビックリ。戦後のドイツは平和主義を貫き、今では徴兵制も停止。特にSPDと緑の党は、戦争はもちろん、武器の輸出などにも反対で、国民も皆、それに満足していた。ポーランドがロシアの脅威を言おうものなら、「何を大袈裟な」と本気にしなかったのだから、要するに日本と同じく平和ボケが進んでいたわけだ。


だから国防費も、NATOからどんなにせっつかれようが、GDPの1.1〜1.5%ぐらいをウロウロ。それが一転、よりによって緑の党の外相が「ウクライナの民主主義が踏みにじられているのを見過ごす訳にはいかない!」とタカ派に豹変(ひょうへん)したのだから、それは皆が驚く。


■「歴史的大転換」どころか国防費が下がっている


1000億ユーロの国防強化費の財源は、リントナー財相(自民党)によれば「特別財産」とか。「特別財産」とは何ぞやと思ったら、何のことはない新たな借金だ。リントナー財相は財政均衡を公約にしていたので、一般会計の収支に現れない借金ということで、特別財産という言葉が編み出された。ドイツ政府では、借金と財産が同義語になってしまった。


ところが、それから8カ月あまりが過ぎた今、来年度の予算には、ショルツ首相が自画自賛した「歴史的大転換」は見当たらない。今年503.3億ユーロだった国防費は、なぜか501億ユーロに下がっている。また、特別財産の1000億ユーロで購入するはずだった軍の装備も、急に尻すぼみになっている。それどころかその1000億ユーロ自体、まだ影も形もない。


ドイツ国防軍の装備はとてもお粗末で、すでに10年以上も前から問題になっていた。有事となれば、戦闘機は飛ばない、駆逐艦は出ない、戦車は走らない、弾丸はないという状態になるだろうと言われつつ、しかし、いっこうに改善されないまま今日まで来ている。飛ばないヘリコプターが多すぎて、演習の時にADAC(日本のJAFに相当する民間の自動車連盟)から借りたという不名誉な話もあるほどだ。


ADACのヘリは道路情報を流すため、あるいは事故現場に急行するため、ちゃんと空を飛んでいる。いずれにせよ、昨年まで16年も続いていたメルケル政権に、改善しようという意思が希薄だったことは確かだろう。


■「“平和の利息”が使い切られた今、再軍備に取り掛かるべき」


現在のドイツ国防軍は自衛隊と同じく隊員を募集するが、なかなか集まらないため、保育所を完備するなどして“働きやすい職場”を心がけている。一方、近年のスキャンダルは、軍の中に蔓延(はびこ)っているという「極右思想」。2020年、軍のエリートである特殊部隊(KSK)の一部解体の後、軍内部の諜報(ちょうほう)を担当しているMAD(軍事保安局)が、“極右の人間”を摘発するのに躍起になっている。21年には半年足らずで700件もの“容疑”が浮かび上がったというが、詳細はよくわからないというのが国民の正直な感想だ。


いずれにせよ、そうするうちに肝心の軍隊は、ますますボロになっていった。だから、ショルツ首相の軍隊強化案は間違っていない。間近でウクライナの戦争を見ながら、国民も当時、皆、そう思った。


この政府の動きを最大限に活用しようとしているのが、ドイツの安全保障関係者だ。特に、軍需産業のためのロビー活動に従事するGSP(安全保障協会)では、会長曰く、「十分あると思われていた“平和の利息”が使い切られた今、ドイツは再軍備に取り掛かるべき」なのである。軍隊の中で取り締まられている「極右」とは違い、GSPの面々は政治的にも強大な力を持っている。ただ、彼らがSPD率いる国防省を信用しているかというと、おそらくしていないだろう。


■ドイツ政府の常套手段に日本も踊らされている


一方、9000kmも離れた日本でも、かねがね祖国の国防の不備を憂いていた一部の政治家や国防関係者が、ショルツ首相の心意気を見て張り切った。自衛隊が担う最小限の防衛でさえ憲法違反と責め立てる勢力が大手を振っている日本である。ドイツの決断はありがたく、「あのドイツでさえ安全保障の重要さに目覚めた。いざ、日本も!」と発奮した。


ただ、私は当初から、ドイツ政府の動きには懐疑的だった。彼らの大風呂敷は毎度のことで、メルケル前政権も、ここぞというところで派手に打ち上げ花火を上げて世界中の人々を感動させたが、たいていは尻すぼみだった。しかし、花火の美しい残像だけが見た人の脳裏に長く留まるのである。


さて、そうするうちに、やはり10月の終わりになって、「特別財産」で賄われる予定だったさまざまな軍事強化プロジェクトが大幅に縮小されたというニュースが伝わってきた。なぜ、こんなことになったかというと、国防省の立てた計画に「相当な欠陥」があることを会計監査院から指摘されたからだそうだ。インフレの影響や為替の変動、利子などの国債費も抜け落ちており、しかも予算を大幅にオーバーしていたというから、何だか素人臭い。


■結局国防費は増やさず、新設予定の装備も減らし…


そこで、計画を再度練り直した結果、輸送用装甲車フックスの購入は取りやめ。海軍の「フリゲート126」は、すでに注文してあった4艦に2艦追加するはずだったが、それも取りやめ。しかも、注文済みの4艦は来年に建造が始まるが、その費用56億ユーロは「特別財産」には付け替えられず、通常の国防費から出すという。ただ前述のように、来年の国防費は今年よりも減っているし、再来年も増やさないと財務相。


また、当初の計画では、高速護衛艦K130を10隻購入するはずだったが、それがおそらく6隻に縮小される。また、潜水艦発射式の対艦ミサイル「アイダス」は、製造資金が足りないので、当面、引き続き開発だけに投資。さらに米国から購入する対潜哨戒機P-8(ポセイドン)は、12機の予定が8機になった。ただ、うち5機はすでに発注されているが、残りの3機はお財布を見ながらということになるという。こうしてみると、一番犠牲になったのが間違いなく海軍である。


写真=iStock.com/Benny Winslow
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Benny Winslow

■ロシア、中国に続いて米国にも依存するのか?


政府、および国防省に対する批判は、実は他のところからも来ている。ドイツの宇宙・航空関連の企業連合会であるBDLIによれば、購入が決まったステルス戦闘機F-35(ロッキード社製)と大型輸送ヘリCH-47Fには、160億ユーロという莫大(ばくだい)な税金が注ぎ込まれるが、そのメンテナンスはすべて米国に委ねるという。


整備や維持補修をドイツ国内で行えば、何十年にも亘(わた)って確かな収入が保証されるし、最新武器に関する技術の共有、および向上など安全保障上の利点が大きい。将来の研究開発への参入もあり得る。


しかし今のままでは、購入後の整備は米軍基地、あるいはロッキードやボーイングの工場に委託されることになり、しかも、ドイツ以外の国となる可能性が高い。しかも、それによって当然、ドイツの安全保障の米国依存は高まり、それは、エネルギーのロシア依存、経済の中国依存と同じく、非常に危険なことだとBDLI。


ちなみにスイスの場合は、同じくF-35を発注しているが、ちゃんと自国にも利益が落ちるような契約内容になっているという。ところが独国防省は、米国側にその打診さえしなかったというから、BDLIは怒り心頭である。しかも、これまでは戦闘機の購入の際、さまざまな特注がなされ、ドイツ仕様となったが、今回はほぼスタンダード装備のままだそうだ。


■戦争反対を長年叫んでいた彼らに交渉ができるのか


なぜこんなことになったのか? 以下は私の憶測だが、現ドイツ政府は、武器についての交渉に暗いのではないか。1998年から2005年までのシュレーダー政権(SPD)の7年間を除いては、1982年から2021年までの長きに亘り、国防省のポストはCDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)の独壇場だった。SPDや緑の党は前述の通り、その間ずっと戦争反対を叫んでいたのだ。国防に関するパイプは、国内でも国外でもあまり太くはないだろう。


それに、特注の仕様の決定や、メンテナンスへのドイツ企業の参入となれば、その交渉にBDLIが出てきて采配をすることになる。専門知識で遅れをとる政府の国防委員らが、それを嫌ったという可能性もある。


さらに考えられるのは、メンテナンスを米国に委ねると、武器自体の価格は安くなるという事実だ。メンテナンスを委託されれば、米国はその後、20年、30年、あるいはもっと長く収入が見込めるので、その分、武器自体の価格を安くする。つまり、金欠のドイツ政府は、当面の出費を少しでも減らすため、安いヴァージョンを選んだのかもしれない。


■日本の政治家はこの危うさをわかっているのか


いずれにせよ、財務省は均衡財政という公約にこだわっており、連邦軍の装備の画期的な改善は見込めない。ショルツ首相やランブレヒト国防相が言う「国防費2%」は、当分、目標値のままかもしれない。実際、これまでの状況を維持するだけで精一杯という声もある。


新しく購入した2隻のタンカーの支払いはお金が足りず、軍病院の売り上げを回すという信じがたい報道もあった。CDUの議員は、「武器の費用捻出のために手術を増やせというのか」と皮肉っていたが、私が思うに、これまで国防に携わっていたCDUもこの惨状に関しては決して無実ではない。


以上、混乱したドイツの国防事情を書いたが、日本は、ドイツが何をしようが、しまいが、絶対に覚醒しなければならない。日本を取り巻く安全保障環境は、現在、北朝鮮から飛んでくるミサイルや、尖閣諸島や対馬がやりたい放題されてしまっている状況を挙げるまでもなく、戦後最悪の痛ましさだ。ドイツよりも確実に危ない。「遺憾の意」や、「厳重に抗議」でしたり顔の日本の政治家は、はたしてこの危うさをわかっているのだろうか?


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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。
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(作家 川口 マーン 惠美)

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