国の安全を忘れた季節外れの「花見」論争でいいのか

11月28日(木)6時0分 JBpress

自衛隊の最新鋭対潜哨戒機「P-1」

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 ドナルド・トランプ大統領は2期目を目指すというから大統領職に未練はあるのだろうが、ビジネスマンであったから判断の基準はディールにおける損得であり、PC(ポリティカル・コレクトネス、政治的正義)を否定し、過去の経緯を顧みない言動も多々見られる。

 そうした典型がほとんど下準備なしの米朝首脳会談であり、調整なしの日米安保の不平等性発言などである。

 対北朝鮮では大統領再選に向けた宣伝と同時に、大統領としてのレガシー作りもあるであろうが、当初の北朝鮮の弾道ミサイルや核兵器不容認から後退しており、日本の安全にとっては大きな問題である。

 また、バラク・オバマ前大統領や国務長官などは「尖閣には5条が適用される」と発言してきた。しかし、トランプ氏の日米安保不平等発言は、「尖閣ごときに米国は自国の命運を賭けない」という意志表示にも思える。

 拉致問題の解決でも、米国が動いてくれ日本はそれに連動すればいいといった考えがあるかもしれないが、日本が先ず動かなければ米国が動くはずはない。

 ただ、自由主義陣営として現在の中国の動きを脅威と見做す点は共有している。香港の1国2制度問題、そして台湾の自由主義が貫けるか否かの重要な時で、日本の支持表明を期待している。

 いずれにしても軍事的経済的に強大化して自由や民主主義並びに法の支配といったこれまで何世紀もかけて確立されてきた価値観を否定する中国のあり様が問題の核心である。

 日本はこの中国をはじめ、問題を抱えた国々と隣接しており、地政学的に大きな影響を受ける。

 自由主義陣営の強力な一員として、同盟国米国と歩調をそろえて対中政策を進めていかなければならない。そうした中で安倍晋三首相の中国傾斜は異常であり、対北朝鮮や対韓国、そして台湾問題などをしっかり議論しなければならない。

 ところが、そうした議論は一切行わないで、季節外れの花見論争ばかりである。

 日本の政治が井の中の蛙で、矮小化してしまっている。世界情勢が急転換し出してからでは後れを取ること必定ではないか。


五十歩百歩

 野党が質問したことだけに答えるという委員会での質疑応答形式には問題がある。

 野党は選挙を意識したことだけしか質問しないし、質問事項に関して自分たちに過去に非があっても、テレビの前ではいかにも今の政府だけに非があるかのごとく言い募る。

 これでは、一向に政治の浄化にも進歩にもつながらない。

 政府が少しでも質問者に関わることも含めて関連事項を説明しようとすると、「そんなことは聞いていない」「質問したことだけに答えなさい」「質問者の時間を少なくするつもりか」など上段目線から凄みを効かせた剣幕で迫る。

 国民向けの歌舞伎の「大見え」でしかない。

 国家も国民も忘れて、一方的に安倍長期政権の驕りがもたらした弊害だと決めつける。ワイドショーや夜のニュースも、こうした点だけを面白おかしく、いかにも重大事であるかのように報道する。

 安倍首相の「桜を見る会」の検証チームを立ち上げた立憲民主党の安住淳国対委員長は、首相の後援会が前夜祭で1人1万1000円のところを5000円で開いたことが問題だとして追及している。

 ところが、安住氏の後援会「淳風会」は2万円会費で行った2回の朝食会で、同ホテルに飲食代も含めて払った使用料は1人当たり1739円と2058円となっている(「産経新聞」令和元年11月21日付)。

 民主党で防衛副大臣も経験した現自民党の長島昭久議員は民主党時代も各議員の招待枠があり、(表彰をもらったなどの)特別の功労があるわけではないが地域で頑張っている後援会の人を招いたという。

 また、「1人2万円の会費で、ホテル側に支払う食事代は精々1人2000〜3000円です」(「週刊新潮」2019.11.28、櫻井よしこ氏コラム)とも語っている。

 5000円は払い過ぎ位であり、精々3000円という支払額よりも安住氏後援会の支払いは少額にもかかわらず、テレビ放映の国会では最低1万1000円とされる費用なのに5000円の参加費は安すぎると声を荒げて問いただす。

 国民に対しても、また質問を受ける首相に対しても何たる偽善であることか。

 こんな偽善で言い募る時間が逆に本質的な国会論戦の機会をなくしてしまい、また自分たちの質問時間を短くしていることさえ分かろうとしない。議員1人当たり年間約1億円の税金がつぎ込まれているというのに、ひどい話だ。

 安倍政権が長期になり、驕りとは言わないまでも招待者が異常に増大したことを指摘し、規模縮小や招待者枠の再検討、外国人への日本紹介のチャンスにしてはどうかなどと問うのは至当であろう。

 また、学術やスポーツに優れた人は陛下や首相などに会う機会をはじめ、いろいろな機会に恵まれるが、一般大衆は勿論、学術やスポーツなどで一歩及ばないばかりに栄えある機会に恵まれない人は多い。

 あるいは少子高齢化時代にあって、最高齢者はいろいろと顕彰されもするが、今後の日本において最も役に立つ多産者は好色の目でこそ見られるが国家が顕彰する方向にはない。

 こうした2番手や多産者を勇気づける施策こそが、埋もれた人材発掘にもつながるのではないだろうか。

 ともあれ、野党は選挙を意識して問題視しているのであろうが、質問を機会に再検討を促すのは適切であろう。

 しかし、国際情勢などとの比較において、ましてや選挙を有利にするために偽善を隠して比重を置きすぎていいわけがない。


政策実現を目指す野党たれ

 民主党政権が成立して10年、下野して約7年が経過した。この間、民主党は崩壊し、離合集散してきた。

 そして、いままた、安倍長期政権に対抗するためには「強い野党」が必要だという某策士の言に踊らされようとしている。

 強い野党とは安倍自民党を倒すということであろうが、国会での審議状況を見ていると、国際情勢には目もくれない野党でしかないことが明白だ。

 良識ある国民はいまの野党は政党ではない、衆愚の集まりくらいにしか思っていないのではないだろうか。

 野党政治家(共産党を除く?)には「政党」の原点すらわかっていないのではないだろうか。強い野党というのは政党の要件ではない。

 政府・与党に対抗するにはそれに負けない多数の政治家を結集した勢力が必要であるというだけの意味でしかない。

 従って、そうした野党がまとまるためには大きな政策課題の幾つかで共同行動をとれる下地、即ち政策の一致がなければならない。そうでなければ、政党の単なる「寄合世帯」である。

 鳩山由紀夫氏が結成した民主党が単に政権狙いの「友愛」の党でしかなかったために、中国にまで友愛のシンパシーを送り日米同盟を危うくした。

 菅直人氏は東日本大震災が起きても迅速的確な意思決定ができなかった。その結果、各1年前後の3代の首相を以って野党に下り、ついに党は瓦解するに至った。

 しかし、国民からはすっかり忘れ去られたが、当人たちは首相であったという地位に未練がましく、「元首相」の名前で出没しては日本と国民を困惑させる厚かましさである。

 鳩山氏に至っては出自のゆえか「日本は日本人だけのためにあるのではない」という名言(迷言?)を吐き、「国家」という意識を微塵も持ち合せない政治家(失格)であった。筆者はこの言葉を聞いて気を失いそうになった。

 自覚して政治に関わることを放棄し、数年かけて思いついたのが、代表を「棟梁」と呼び、幹事長役は「物差」と呼称する組織の立ち上げのようだ。

 役職の名前からすると、「党」ではなく建築物の「棟」に関わる行動であろうか。

 日本は日本人だけのものでないという宇宙人だから「鳩山家の財貨は鳩山家のものではない」という思いで、鳩山家の豪勢振りを展示している鳩山会館(以前は文京区音羽にあることから音羽御殿と呼ばれていた)をご母堂から贈与税抜きで貰ったお小遣いで修復して、オリンピック・イヤーに相応しい東京の美化に協力する友愛意識の実現かもしれない。

 それはともかく、野党の政治家たちには、「自分たちは国民に負託された政治をやっているか」という自省はないのだろうか。自省する意思がないならば、彼らも鳩山氏同然に政治家失格である。

 また、自省したいが代表がそのような言動を許さないので仕方なくついて行っているというのであるならば、政治家としての自覚も自主性も持ち合わせない単なる政治屋でしかないので、次の選挙ではふるい落とされると見た方がいい。


大臣は身体検査でなく政策で詰問せよ

 安保法制などの強行採決を野党は批判した。その時の言い種が、これで○度目の強行採決だと、強行採決の多さで追い詰めようとした。

 ところが、産経新聞の阿比留瑠比氏だったと思うが、野党の3年間の方が強行採決は多かったというデータを示した途端に野党の攻勢は勢いを失ってしまった。

 今回の桜を見る会も、ブーメランとして質問者の野党に返りつつある。

 同じことが大臣の行動追求にも伺える。野党議員でもアウトに近いような人の名が挙がるが、味方議員の行状はどうあれ、政府・与党を陥れることばかり考えているようにしか見えない。

 しかし、一寸考えてもらいたい。大臣になると追及されるが、その大臣はつい先日までは並みの議員であったのだ。

 しかも追及されている事案は選挙活動や盆暮れの付け届け、冠婚葬祭などどの議員も関わる事案である。

 分かりやすく大まかな数字として大臣20余人中の2、3人、すなわち約1割が決まって俎上に上がる。

 ホテルの支払いでも分かるように、この「1割」は与党ばかりでなく、野党にも等分に存在し、全議員700余人中70人余に嫌疑がかけられても不思議ではないということであろう。

 公選法に抵触する可能性がある事案ともなれば質問されても致し方ないが、本来警察事案であり、大臣になったばかりに国会で身体検査絡みの質問を受けるというのは、国会の本義から外れている。

 議員のおかしな行動を詮議するというならば、平常の議員パーティーをはじめ、すべての行動について行わなければ、正しく片手落ちでしかない。しかし、それは現実問題として不可能であろうから良心に問う以外にない。

 そうであるならば、国会という貴重な場や週刊誌などの報道によってではなく、第三者的な立場の人や組織が全議員を詮議すべきことでなければならないはずで、大臣になったからテレビ国会の場で行うというのは「見せしめ」という陰湿なイジメ、魔女狩り以外の何ものでもない。

 大臣になったから委員会などで詮索するという悪しき習慣は、国民の負託に応えるものではない。国会で論戦・審議すべきは国家と国民の安全安心に関わる法律などである。

 そうした一つが国民投票法であろうが、審議日数が少なくなり危ぶまれている。野党の責任重大だ。


明日では遅すぎる自衛隊の存在明記

 国際情勢は緊迫が予想される。そこで活躍するのは紛れもなく自衛隊である。しかし、国際場裏で活躍するには権原の存在が曖昧であり、TPOに応じて権限を適切に発動して活用しようにも制約され、国民の負託に応じられない。

 筆者がそう断言できるのは陸上自衛隊の最初のカンボジアPKO派遣に聊か関わりをもったからである。当時のカンボジアは内戦状態にあり全くの平和な状態ではなかった。

 それでも、日本の法制上から任務として与えられたのはただ一つ「道路・橋梁の補修」である。

 自衛隊は海外へ出すと何をやるか分からないという過分の疑心から、任務を限定し、他は一切やってはいけないという厳格さであった。

 国内で昵懇にしていた記者たちも、海外に同行すれば腕のふるいどころとみてか、ウの目タカの目で派遣部隊の行動を監視する。

 そうして道路・橋梁に関係ない、例えばけが人の手当てや洪水災害の救援依頼があり簡単にできる平和協力そのものであるため手出しでもしようものなら、それは「命令にありますか」と聞き、「命令違反ではないですか」と詰め寄ってくる。

 こうして、誰にも迷惑を掛けないで派遣部隊の能力をもって簡単にでき、喜ばれることさえ「命令違反」と記者から大上段から決めつけられると、指揮官は何一つできない。

 何かやろうとすると一々日本国内の上級部隊や政府、あるいは国連の関係部署にお伺いを立てることになり、その場の要求に応えられなかった。

 同行の隊員たちの意志を削ぎ切歯扼腕させたばかりでなく、関係国の大いなる失望をかったことなど例示に事欠かない。

 後日アフリカに派遣された部隊でも、子供が井戸に落ちたため救助を依頼されたが記者の「任務にありますか」の問いで「断念」せざるを得なかったという。イラク派遣部隊なども任務範囲で苦労したことなど数え挙げればきりがない。

 自衛隊への任務付与はポジティブ・リスト方式と呼ばれ、想定外のことには一切対応できない。

 ところが平時でも自衛隊が遭遇する場面には想定外のことが多く、外国軍隊は国内法よりも慣例や戦時国際法を優先させ、人道・人倫に悖ることや当地の国柄・伝統などを破壊することだけはやってはいけないネガティブ・リスト方式で、指揮官が柔軟に対処できる。

 今では笑い話でしかないが、派遣元や要求元に、貴方たちが与えた制約により貴方たちを迎えたり、食事を給したりすることはできませんと言わざるを得なかったのだ。

 最終的にカンボジア派遣部隊には派遣元の自衛隊や日本政府、あるいは要請元の国連職員の送迎や宿泊・給食なども含め、9任務まで拡大されていった。

 しかし、「軍隊」でない「自衛隊」であるばかりに、いまだに「災い転じと福となる」どころか、任務はポジリストでおこなわれている。この根底は自衛隊が憲法に規定されていない不備である。

 国を守る組織としての自衛隊を軍隊と認めないために、軍隊が準拠する国際慣例や戦時国際法の適用に限界があるからである。


おわりに

 拉致被害家族は40年以上にわたって拉致被害者の救出を政府に訴えてきたが叶えられないままである。

 今では政府以上にトランプ大統領への期待の方が大きいのではないだろうか。政府を叱責するまえに、国会議員たちが政府を動かさなければならないのだ。

 外国の大統領を頼りにさせる日本の政治家たちは、「恥ずかしい」とも何とも思わないのだろうか。

 韓国はGSOMIAの維持を決定したが、日韓基本条約に異議を抱いていることにかわりはなく、意識も親北であり、日韓間の問題解決は容易ではない。

 香港住民は厳しい統制下にあっても、民主主義を選ぶという民意を示した。

 今後の習近平指導部の行動が注目される。台湾も香港と連携して民主主義擁護に必死であり、日本の声援を期待している。

 同盟の日米間も大統領選挙を控えて落ち着いているが、トランプ氏が再選された暁には日米安保条約の不平等性が正面に出てくるかもしれない。

 先のモリ・カケでも国会は時勢を見誤った。いまは数年前に比し格段に情勢は混迷の度を増し、日本の周辺は難問山積である。

 極論すれば、中国の監視社会を容認するのかしないのか、容認すればジョージ・オーウェルが描く『1984年』が現実問題となってくる。

 日本は否が応でもその影響を強く受けざるを得ない。そうした危惧を除去するためにも、「桜見」論争に貴重な時間を浪費している場合ではない。

筆者:森 清勇

JBpress

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