9割の人が知らない「自分にはトラウマがある」という人がおかす致命的な誤解

11月29日(日)6時0分 ダイヤモンドオンライン

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インターネットの「知の巨人」、読書猿さん。その圧倒的な知識、教養、ユニークな語り口はネットで評判となり、多くのファンを獲得。新刊の『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』には東京大学教授の柳川範之氏が「著者の知識が圧倒的」、独立研究者の山口周氏も「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せるなど、早くも話題になっています。

この連載では、本書の内容を元にしながら「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に著者が回答します。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)

※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら



[質問]

過去のトラウマで、家事とお洒落と課題に取り組もうとすると、ものすごく気分が荒んでしまいます



 読書さん、こんばんは。書籍、Twitterでの回答などから沢山の知見を得ております。誠にありがとうございます。知りたいことがあるのですが、適切な語がわからないため、ご相談をさせてください。


 私は長年、家事とお洒落と課題に取り組もうとすると、ものすごく気分が荒んでしまいます。原因は、おそらく幼少期に沢山受けた不機嫌な母親の反応だと思います。


 我が家は親戚と離れた土地に根を下ろしたため、母が一人で子供二人を育ててくれました。父もいたのですが、かなり性格がきつく、母の粗を見つけては強く責める人でした。そういった事情から、母は「せっかく子供がいるのだから、家事を手伝ってほしい」「楽になると思ったのに、あんたたちは全然やってくれない」「同年代の子たちはみんなやってると聞いてるのに」とよく怒りました。


 しかし、それを避けるために手伝うと「今日はあの子がやったから(怒らないで)」と父の説教の逃げ道に使われたり、「あれができたなら次はあれね」とどんどん手伝いの量を増やそうとされたりなど、結局ストレスのもとになってしまいました。


 母は昔から「家事が大嫌い」と言っていました。今となっては私も、キッチンに立つなど、家事に手をつけようとするだけで怒りのような、駄々のような感情が湧いてきて、何もできなくなってしまいます。


 こういった環境のもと、お洒落についても「買ってきたのに何で着ないの」「みっともないからちゃんとしなさい」「着ないなら捨てなさい」とよく怒られ、課題についても「やることはやったの?」と監視され、抜き打ちで部屋を覗かれるなどしていました。


 これらについても、いまだに取り組もうとすると思考回路にロックがかかってしまい、何から手をつけたらよいかわからなくなったり、むやみにイライラして投げ出してしまったりします。


 それなりに大きくなってからは厳しさも緩和され、今では比較的穏やかに暮らせております。しかし、成人を過ぎ、このままでは将来的に一緒に生きたい人に出会った時、うまく関係性を築けないことが予想できます。一人の大人として前向きに生きていくため、対処法を身に付けたいです。


 そこで、このような症状について調べるには、どのような語・領域がふさわしいのかご教示いただけますと、誠に幸いです。


人生を謳歌する「呪文」を覚えてください


[読書猿の解答]

 ポピュラー心理学(蔑称です)では「トラウマ」と呼んだりしますが(フロイトの用法からみても誤用です)、この言葉で検索するとろくでもない情報しか出て来ません。なので、もう少し真面目に認知と学習という言葉で説明してみます。


 人間の認知は、因果関係について拙速な誤認をしがちです。


 本当は何の関連もなくても、ほぼ同時に生じた出来事の間には何らかの関係があるものとして認識し記憶します。この拙速さおかげで少ない回数で危険なものの兆候を学習できます。特に不快なものとの結びつきは危険を避けるのに有用なので、素早く記憶され中々忘れられません。そして、これを担う脳の部門は、我々が言語を操り合理的な推論を行う部門よりも、古く強い権限をもっているので、「アタマ・リクツではおかしいと思っても、感情の奔流に持って行かれる」ことになりがちです。


 かつて服を選ぶことに関して母親から繰り返し嫌な目にあったので、「服を選ぶ→不快」という結びつきが学習されてしまっています。ですがもちろん、服を選ぶことはそれ自体は不快なことではありません。まして、現在自分で服を選ぶ場合には、以前と状況が違っているのですから、ますます無関係です。


 しかし強い負の感情を伴って記憶された事項は、自然界では一目散に逃げるべき一大事なので「疑わしきは逃げろ」という行動を引き起こします。そんな必要はないのに(ということは、理屈では分かるのに)。


 最初に書いたように、これが生じるメカニズムはヒトという生き物の仕様に根差しているので、「完治」するのは難しいです。そのためインチキ療法の草刈り場になっており、ネットで「トラウマ」と検索すると卒倒するほどひどいサイトが表示されます。


 実を言うと、トラウマをなんとかしようとすればするほど、頻繁にアクセスされる優先順位の高い記憶として扱われるために、いよいよ忘れにくくなります。取っ組み合えば、敵は強くなる訳です。トラウマ産業の方々にとっては願ったり叶ったりですが、人生の貴重な時間とお金をそんなものに費やしても面白くありません。


 対応策としては、トラウマが次第に気にならないくらい人生を謳歌しろ、というところになります。

人生を謳歌していると、トラウマを引き起こすような様々な出来事や刺激にも出会います(自然なエクスポージャー)。その中には、服を選ぶことがそれほど嫌なことでないことを再学習する機会もあるかもしれません。


 生きていれば何かトラブルや不都合に見舞われることもあるでしょう。その都度、トラブルや不都合の原因を過去の出来事に求めて結び付けてしまうと、トラウマに養分を与えてしまうことになるので、そのかわりに現在・今目の前で起こっていることに焦点を合わせて、できることとできないことを切り分け、現在のできることに注力します。


 人間なので、人生なので、いつも順風満帆というわけにはいきません。落ち込むことだってあるでしょう。そんなとき唱えるとよい呪文をひとつ教えましょう。


「So it goes (そういうものだ)」。

 あるいはヴォネガットの言葉ならこっちの方がいいかもしれません。

「ハイホー」。


「このままでは将来的に一緒に生きたい人に出会った時、うまく関係性を築けない」なんてことはありません。あるとしたら、他人と生きるに際して必然的に生じるトラブルの「原因」を、自分の過去の出来事に誤って帰属させる人がいるだけです。


 あなたがそんな誤帰属に人生を無駄遣いしないことを祈ります。





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