大型補正で「財政ファイナンス」の時代がやってくる

11月29日(金)6時0分 JBpress

(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

 2012年12月に第2次安倍晋三内閣が発足して、間もなく7年になる。最初は金融緩和による「デフレ脱却」を掲げていた安倍首相も、最近はほとんど金融政策に言及しなくなった。その代わりに出てきたのが財政出動だ。12月上旬には「真水で10兆円」の経済対策がまとまる予定である。

 これは安倍首相の指示によるもので、自民党の二階俊博幹事長は当初「事業規模で10兆円」といっていたが、公明党との協議で(直接の財政支出だけの)真水に変わった。これは第2次内閣の発足した2012年度以来の大型補正予算で、安倍政権はバラマキ財政に回帰しているように見える。


「財政と金融の協調」に踏み出した日銀

 かつて財政支出は無駄づかいの温床と批判され、バラマキ公共事業は自民党政権の腐敗の象徴だった。その反省から景気対策は金融政策でやるのが最近の傾向だったが、ゼロ金利の「流動性の罠」に陥って金融政策がきかなくなり、世界的に財政政策が改めて注目を浴びている。

 そのトップランナーが日本である。日本銀行の異次元緩和のおかげで長期金利までマイナスに沈み、財政出動はやりやすくなった。MMT(現代貨幣理論)のようなバラマキ理論が受けるのも、こういう背景があるのだろう。

 日銀の黒田総裁も11月5日の記者会見で「財政と金融政策の協調を求める声が(日銀の)政策委員会内の一部にもあるか」という質問に対して、こう答えた。

かりに政府が必要に応じて財政政策を更に活用されるということになれば、当然のことですが、財政・金融のポリシーミックスという形で、より一層、財政政策あるいは金融政策が単独で行われる場合よりも、より効果が高まるということは、その通りだと思います。

 これは従来の黒田総裁の発言に比べると、かなり大きな軌道修正である。これまで財政について質問を受けると、彼は「財政規律は非常に重要だ」などと答え、日銀の量的緩和が財政規律を緩めているという批判に反論してきた。

 ところが今回は、日銀が財政赤字をサポートしているとも受け取れる発言をしたのだ。それを彼は「ポリシーミックス」と呼んでいるが、これは昔のポリシーミックスとは似て非なるものだ。


財政赤字を拡大する余地はある

 ケインズ的なポリシーミックスは、財政・金融政策を組み合わせて完全雇用と物価安定を実現するものだが、財政支出は無駄が多いので緊縮的に運営し、総需要の管理は金融政策で行うのが1990年代以降の常識になった。

 しかし2010年代以降は、先進国で金融政策がきかなくなった。その原因は貯蓄過剰で金利が低下し、マイナス金利(金利<成長率)になったためだ。このような状況では、財政赤字を拡大して貯蓄を吸収する余地がある。

 これは最近、オリヴィエ・ブランシャール(元IMFチーフエコノミスト)やローレンス・サマーズ(ハーバード大学教授)などの主流派も主張するようになった。「実質金利<実質成長率」である限り財政赤字を出せるとすると、図のように日本にはGDPの1%近く財政を拡大する余地がある。

 先進国のほとんどに財政拡大の余地があるが、いくらばらまいてもいいというわけではない。イタリアやギリシャのように「金利>成長率」になると政府債務が雪だるま式に増え、国債が暴落して金融危機が起こるリスクがある。

 それを防ぐには中央銀行が国債を買えばいいのだが、それによって市場に多くのマネーがあふれ、激しいインフレが起こるおそれがある。そのときは増税や歳出削減をすればいいというのがMMTの発想だが、財政はそう簡単に動かせない。国会で増税を審議しているうちに物価がどんどん上がって、ハイパーインフレになったらどうするのか。

 経済同友会は参議院に「独立財政機関」を設置すべきだと提言したが、財政をモニターするだけでは意味がない。金利や物価に即応して財政収支をコントロールする独立した機関を今からつくることは困難だ。


「最適な財政赤字」を考える

 そのコントロールに中央銀行の財政ファイナンスを活用しようというのが、スタンリー・フィッシャー(元FRB副議長)などの提案である。

 従来は財政ファイナンスは財政赤字の穴埋めと考えられ、タブーになっている。もし中央銀行が「財政ファイナンスをやっている」と認めたら、投資家が国債を一斉に売るかもしれないからだ。

 だが今の日銀の量的緩和は実質的な財政ファイナンスだが、国債の暴落は起こらない。それは日本の財政が信頼されているからだ。財政ファイナンスは法律で禁じられていない。国債の日銀引き受けは財政法で禁じられているが、民間銀行を通じて国債を買い入れることはいくらでもできる。

 それを利用して中央銀行が「緊急財政支出」(日本でいうと補正予算)の上限を決め、その限度まで国債を買い入れる。財政赤字が増えると長期金利が上がるので、イールドカーブ(長短金利差)がフラットになるまで国債を買う。物価が上がってインフレ目標が実現したら買い入れを止める——というのがフィッシャーなどの提案である。

 これはインフレのコントロールを財政支出ではなく金利操作で行うので機動的に対応できるが、中央銀行が政府に従属すると財政赤字に歯止めがなくなるので、中央銀行の独立性を守ることが重要だ。

 最大の障害は政治である。日銀が補正予算の枠を決めることは予算編成権を制約するので、財務省が反対する。幹事長が「真水で10兆円」と決めることもできなくなるので、自民党も反対するだろうが、枠をはめないで財政赤字を際限なく増やすのは危険である。

 財政赤字の問題は「景気か財政規律か」という神学論争になりがちだ。貯蓄過剰の日本では、それを吸収する一定の財政赤字は悪ではないが、赤字のコントロールが必要である。財政政策と金融政策を組み合わせて最適な財政赤字を実現する制度設計を考えるときではないか。

筆者:池田 信夫

JBpress

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