カシオ計算機には、「樫尾4兄弟」の息吹が脈々と受け継がれている

11月30日(土)15時47分 財経新聞

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 カシオ計算機(カシオ)は「有言実行」企業である。2018年5月にデジタルカメラ分野から撤退する際に、「培った技術はB2B分野や新規事業に生かす」とした。そして事実19年4月には「皮膚科医向け業務用カメラ」に生かした。続いて10月末には化粧品大手のコーセーと協力し、いま若き女性の世界を席巻している「ネイル」プリンターの共同開発を目指すと発表した。ベースとなっているのはやはりデジカメ技術だという。

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 デジカメ自体は1980年代終盤に登場している。カシオが参入したのは1995年の「液晶デジカメ(QV-10)」。その後、世界最薄(カードサイズ)の液晶デジカメなどのヒット作を出している。だが23年余で「競争激化」の中、ビジネスの効率化の為に撤退した。

 撤退時のことをITmediaの荻窪圭氏は「その功績の大きさから、お通夜的な雰囲気すら覚えた」としている。功績とは例えば「モーターを搭載することで、ファインダー越しに撮る写真の映像を確認できるようにした」ことであり、「レンズ部分を回転させることで自撮りを可能にした」こととしている。

 私がそもそもカシオに興味を抱いたのは、73年の「世界初のオートカレンダー搭載電子腕時計」だった。「ヘーエ、カシオは腕時計もやるのか」と惹かれた。そして腕時計に関していえば83年に「G-SHOCK(衝撃吸収腕時計)」、94年に「GPS内蔵腕時計」と、既存の腕時計会社には想定外だったはずの商品でその存在感を示していった。

 今回、あらためて「カシオとはどんな会社なのか」を調べてみた。設立は1957年。が、創業期に興味深い事実を知った。「樫尾4兄弟」が設立を牽引していた。

 計算機の入り口になる「小型電子計算機」の試作品を開発したのは54年。会社設立時の社長は4兄弟の父親:茂氏だが、爾来カシオの地盤づくり・固め・拡大の歴史は「長男の忠雄氏:財務」「次男の俊雄氏:開発」「三男の和雄氏:営業」「四男の幸雄氏:生産」各氏が牽引した。同族経営も息子4人がそれぞれの「得手」分野で隊長役に徹し、今日の礎を築き固めたとなると「お見事」としか言葉が浮かばない。

 実は愛煙家の私には小型電子計算機の前に、こんな商品が開発されていた点が興味深い。「指輪パイプ」。中指に取り付ける器具の先には、キセルの先端部が取り付けられている。「タバコを根元まで吸える」商品だという。最もその後はこの類の商品は全く開発されてはいない。

 世界初の小型純電気式計算機に始まったカシオは「(インクジェッター)タイプライター」「電卓」「電子辞書」そして「腕時計」と主力事業を確立していったが、「世界初」も珍しくはない。「プログラム付き電卓(67年)」「グラフ関数電卓(85年)」、そして前記の「オートカレンダー搭載電子腕時計」「カードサイズ液晶デジカメ」などに象徴的。

 カシオの社章をホームページでは「樫尾の頭文字を組んだデザイン。4兄弟の計算機事業に対する力強い結束の姿を象徴。小型電子計算機を開発した樫尾俊雄が自らデザインした」と記されている。社章の意義、社名から「計算機」を外さず今日に至っていることは「原点を見失わず」という姿勢の表れといえよう。

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