「心臓を替えようぜ」経営のセオリーにない、イーロン・マスクならでは企業改革の発想とは?

2024年11月25日(月)4時0分 JBpress

 宇宙開発企業スペースXとEVメーカーテスラを率いる起業家、イーロン・マスク氏。ツイッター買収によって新たな注目を集める中、その大胆な経営手腕を目の当たりにした日本人がいる。元ツイッタージャパン社長の笹本裕氏だ。新たなトップは笹本氏に何を求め、組織をどう変容させたのか。本連載では、『イーロン・ショック 元Twitterジャパン社長が見た「破壊と創造」の215日』(笹本裕著/文藝春秋)から、内容の一部を抜粋・再編集。知られざるエピソードとともに、希代のイノベーターによる組織マネジメントの一端に迫る。

 第3回は、マスク氏が「シンプルな組織構造」を求める理由を考察する。


会社は人体と同じ

 私は、会社というのは「人間の体」と同じだと思っています。

 企業を改革しようと思ったとき、私は自分を「外科医」だと思って企業と向き合います。外科医はまず、現状をつぶさに把握します。「心拍数は? 血圧は? 血液型は? それではまず血液検査をしましょう」とやる。

 もし心臓移植をしないといけないならば「この体が心臓移植に耐えられるかどうか検査しましょう」と言って、そういうプロセスを辿ります。そこでやっと「リストラをする」などの治療を施すのが、私の価値観であり、考え方です。

 でも、イーロンは「血液検査なんかする必要あるんだっけ? 時間もないんだし、心臓をボンと替えようぜ!」という感じなのです。それでうまくいかなかったら「そうか、残念なことをしたな」と思うくらいでしょう。壊しても作り直せばいい、と思っているフシがあります。

■ いきなり心臓を取り替える

 イーロンの「ぶっ壊す」というやり方は、私の経営セオリーというか、これまでの経営で培ってきた教科書の中には、なかった項目でした。

 心臓移植をするのであれば、私はまずは血液検査をしたい。もしくは、患者にちゃんと体力があるか見極めたい。いきなり心臓を取り替えるような発想は私にはありません。会社がショック死してしまったら元も子もないからです。

 言ってみれば、Twitterの社員は、血液検査もせずにポーンと心臓をぶち込まれたわけです。

 イーロンからすれば、こういうことでしょうか。

「いやだって、考えてみろよ。もし心臓をぶち込まなかったら、そもそも元の心臓はあと10秒後には停止してたんだよ。そしたら、脳死じゃないけれど、この母体もダメになってたんだよ。だからぶち込んでみたんだ」と。

「人間の体がどういうふうに作られているか」は、医学が進歩するにつれてわかってきていますが、企業再生で何が正しいかはわかりません。「経営も、こういう大胆なやり方もありなんだ」ということをイーロンは示してしまったのかもしれません。

■ 3階層のシンプルな組織

 イーロンは、自らの感性を大切にします。

 感性に刺激を与えるためには「現場感」が必要です。なので、組織をとにかく簡素化するということを徹底しています。スペースXやテスラも同じ。「各国のトップも必要ない。全部俺がやるんだ」という考えです。

 Twitterの組織は、イーロンが入ってきてから3階層になりました。

 イーロン、次、現場の3階層です。以前は現場があって、その上にマネージャー、さらに部長、執行役員、国のトップがいました。そしていちばん上にCEOが来るという「5階層」だった。

 これだとイーロンは、いちばん下の現場感がわからないし、感じられなくなってしまいます。だから「真ん中の階層、いらないんだよな」ということでバカーンと削ってしまったのです。

 ただ、日本は特例を認めてもらいました。日本の文化や商習慣を説明して、「3階層ではなく、4階層にしてほしい」とお願いして、マネージャーを残してもらった。もともと5階層だったものを4階層で勘弁してもらいました。

■ 優秀な人だけを残したい

 組織をシンプルにすることで、イーロンは何がしたかったのか?

 それは、彼の価値観に合致しつつ、彼の言葉で言うと「最も優秀な人間だけを残したかった」のだと思います。彼なりの人材の見方というのがあって、そこをとにかく徹底したかった。

 また、彼は自分が全部を把握したいのです。だから階層をなくしていった。

 ただこれは、優秀な人材の獲得と反比例する部分があります。というのも、優秀な人間はマネジメント層に多いからです。その層をバーンと省いてしまえば、現場の人間だけが残ることになる。きっと彼には「使いやすい人間を残す」という狙いもあったのでしょうが、とにかく彼好みの組織を作ることに特化していきました。

 そうやって残った人たちに宿題を課しました。それが週報や月報の提出です。中には「小学生じゃないんだから、こんなことやってられない」と辞めていく人もいましたが、逆に言えばひたすらそれを真面目にやれる人だけが残っていったのです。

■「直接」を好み、「中間」を嫌う

 イーロンは徹底して現場感を大事にします。「直接」が好きなのです。

 だからAppleのティム・クックにも直接会ってしまう。「俺が行ってくるよ」という感覚です。そこはすごく行動力があるなと感心しながらも、イーロンにしかできないことなので、それだと持続性はどうなのだろうかとも思ってしまいます。でも、バランスを考えたり、大人の意見を聞いたりしないところがイーロンの良さでもあるのでしょう。

「直接」が好きな一方で「中間的存在」をすごく嫌います。

 Twitter社は、これまで大企業なりのオペレーションをしてきました。

 たとえばセールスフォースやタブローを使ったり、いろいろな仕組みで会社の体裁を保ってきたわけです。でも、それに対してもイーロンから「これはダメだ」と言われました。

 セールスフォースやタブローみたいなツールは自分たちで作ればいいじゃん、というのが彼の考えです。「なんでこれ使ってるの?」という質問もよくされました。

 私たちからすると、セールスフォースやタブローは、使い勝手のいいツールです。オペレーションの最適化を考えたら、こういうツールは必要です。

 ただ、彼がダメ出しをしたことで、セールスフォースにかかっていたコストを見直すことになりました。その結果、衝撃的なことがわかったのです。

 セールスフォースというツールは、ライセンスを購入する仕組みになっています。イーロンの指示で、そのライセンスの数を確認しました。

 すると、社員がたった7500人くらいしかいないのに、ライセンスが4万以上あったのです。つまり、会社を辞めた人の分を解約していなかった。ずっと、積み上げていたのです。ここにめちゃくちゃコストがかかっていました。

 私たちからすると「イーロンはハチャメチャなことを言うな」と思うこともあります。でもイーロンは結果的に正しいこともやっているわけです。

<連載ラインアップ>
■第1回 「俺は元の数字が見たいんだ」いきなり本質をつかむ、イーロン・マスク流の問題解決法とは?
■第2回 「すべての経費を止めろ」ツイッター大変革のためにイーロン・マスクがとった「常識破り」の行動とは?
■第3回 「心臓を替えようぜ」経営のセオリーにない、イーロン・マスクならでは企業改革の発想とは?(本稿)

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筆者:笹本 裕

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