宇宙から帰ってきた人はなぜ性格が変わるのか

12月2日(月)15時15分 プレジデント社

ノンフィクションライターの稲泉連さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

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■「日本人宇宙飛行士」全12人が初めて口を開いた


ノンフィクションライターにとって、インタビューとはなにか。稲泉連の新刊『宇宙から帰ってきた日本人 日本人宇宙飛行士全12人の証言』(文藝春秋)はひとつの解を指し示す一冊だ。


稀有な体験をした宇宙飛行士たちは、貴重な記録を自ら書き、大量のインタビューを受けている。だが、この本に並んでいる言葉は、これまでと少し違う。自らの人生にとって「宇宙」に行ったこと、宇宙から地球を見たことがどのような影響を与えたのか——。稲泉の問いかけに、12人は新しい言葉を探している。なぜそんな問いが生まれたのか。



撮影=プレジデントオンライン編集部
ノンフィクションライターの稲泉連さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

《立花隆さんの『宇宙からの帰還』という本が、この仕事を始める前から大好きだったんです。アメリカの宇宙飛行士を中心に、彼らの神秘的な体験や宇宙の経験とは何かというのを詳細に聞いています。


いつか、自分も立花さんのように、宇宙飛行士に話を聞いた本を書いてみたいと思っていました。宇宙飛行士は遠い存在だと思っていましたが、金井宣茂さん(自衛隊で外科医として勤務し、2017年に宇宙へ行く)はほぼ同世代で、「もう自分と同世代が宇宙で働く時代になったのか」と話を聞いてみたくなったんです。》


日本人で最初の宇宙飛行士となったのは、1990年当時TBSの記者だった秋山豊寛だ。1995年にTBSを退職した秋山は福島に移住し、無農薬農業を始めている。2011年の原発事故で福島を離れて、現在は京都に拠点を移している。


この本は、取材時に75歳になっていた秋山の経験から始まる。



■「行った人でないとわからない体験」を言語化する


《秋山さんが日本人で最初に宇宙に行くというニュースは記憶に残っています。確か僕は10歳の小学生で、宇宙から見た地球について「美しく、かけがえなのないものがある」とレポートしていたのが印象的でした。


今振り返ると、テレビ局所属のプロのジャーナリストが宇宙に飛んでレポートをしたというのは、世界の有人宇宙飛行の歴史でも非常に珍しいケースなんです。秋山さんが本当に伝えたかった地球の美しさは、テレビの中継レポートから伝わったとは思えなかったんですよね。》


稲泉がこだわったのは「行った人でないとわからない体験」の言語化だ。秋山を筆頭に、12人の宇宙飛行士はマスメディアで大量のインタビューを受けており、自著を書いた人も多い。


■「作家や芸術家を宇宙に連れていきたい」と話すワケ


《彼らからよく聞いたのは、例えば宇宙から地球を見たときの感情は言葉にできないというものでした。中には作家や芸術家を宇宙に連れて行って表現してほしいという人もいましたね。でも、こちらはそれを言葉にしてもらわないといけない。




稲泉連『宇宙から帰ってきた日本人 日本人宇宙飛行士全12人の証言』(文藝春秋)

ノンフィクションとは、行った人、やった人でないとわからない感覚を言語化していくジャンルでもあると思います。彼らの多くは、バックグラウンドがエンジニアや医師ですから、表現に慣れている職業ではない。なので、インタビュー中もかなり悩みながら、言葉にしていました。


そもそも、宇宙飛行士同士でも「宇宙に行った経験とは何だったか」をじっくり振り返ることはないと言います。「宇宙に行って、何を感じたのか」とはよく聞かれるけれど、「あの経験は一体何だったのか?」を時間をかけて話すことはないのだと。


だから「ほかの宇宙飛行士はどう答えているかを知りたい」と何人かに聞かれたのが印象に残っています。彼らが聞けないのは「仕事」だからだと思うんです。同じ職場の人、職場仲間にあらためて聞く話ではないという意識があるのでしょう。》


今回、稲泉の著作を読むにあたり、登場する宇宙飛行士の自著も何冊か読んでみた。そこで気がつくのは、自身で書いたものとは違う視点、違う角度から新しい言葉が出てきているということだ。



■「自分はこのために生きてきた」と思える瞬間


インタビュアーという第三者が入ることで、宇宙飛行士の言葉は当事者自身が綴るのとは別の意味を持つ。


《本に書かれている話の中でも、他の人のインタビューでも、読みながら、僕はもっと話を聞きたいなと思った。書かれているから、自分が書かなくてもいいという考えは最初からなかったかな。


宇宙飛行士になるまでの話、行ってからのプロジェクトはよく書かれているけど、読みながら知りたいことがたくさん出てきましたから。


僕はこれまでも、キャリアの中にある「自分はこのために生きてきた」と思える瞬間を描いてきました。その瞬間に何を感じたか、それが自分の人生のその後にどう影響してかを聞くことに、ノンフィクションの書き手としてもこだわってきたと思うんです。


宇宙飛行士にとって「宇宙に行った瞬間」が何だったかを聞きたかった。》



撮影=プレジデントオンライン編集部
ノンフィクションライターの稲泉連さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「やっぱり思っていた通りだった」という人も多い


稲泉はインタビューのなかで「仕事」については、そこまで重きを置いていない。最先端の技術や、宇宙開発の歴史にも深くは立ち入らない。徹底的にこだわっているのは、立花の本と共通している抽象的な問いだ。


《そこは結構、面白がってくれる人が多かったんです。


10代の時に立花さんの本を読んで衝撃を受けたのは、神秘体験や宗教観の言葉だったんです。でも、あらためて読み直すと各人に温度差はかなりあって、まったく変わらなかったという人も出てきます。


聞いてみると、宇宙に行くまでに歩んできた人生で何を考えてきたかが大事なんですよね。劇的に価値観が変わるというよりは、「やっぱり思っていた通りだった」という人も多かったかな。宇宙に行ったことで、自分の人生経験で感じてきた、価値観がより強くなるんです。》


価値観が変化したという宇宙飛行士もいる。象徴的なのは、元航空自衛官パイロット・油井亀美也(2015年に宇宙へ)の言葉だ。



■「私たちは人類全体の能力をかなり制限している」


おそらく真面目で優秀な自衛官だった彼は、宇宙体験を通じて「明確に自分の考え方が変わった」と語っている。油井と同様に「新世代」と呼ばれる宇宙の飛行士の中でも、例えば金井が宇宙に行くことを「出張」と、あえて軽いトーンで呼ぶのとは明らかに違う。


彼は宇宙に行くことで、地球の空気や水が、「たったこれだけしかない」と思うようになる。また、自衛隊時代は「敵」だと思っていたロシアも、宇宙では国籍を超えてミッションに挑むことに気づく。


油井は、稲泉にこんなことを語っている。


「環境問題も人類が同じ価値観を共有して叡智を結集させれば、解決できると思うのです。世界にはこれだけの人たちがいて、多種多様な技術があるわけですから。でも、実際には様々な問題が解決されない。それは価値観を合わせることが最も難しいからです。宇宙で仕事をして実感したのは、そんなふうに私たちは人類全体の能力のようなものを、かなり制限しているんだろうなということでした」



写真=iStock.com/Дмитрий Ларичев
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Дмитрий Ларичев

■「地球が一つ」を実感として理解できるようになる


《全体として共通しているのは、地球を宇宙から見ることによって視点を変えることができる。宇宙に行ったことで相対的に物事を見られるようになるというのは、皆さんが話してきたことでした。宇宙では限られたリソースの中で活動しますから、油井さんのような思いに至ることもわかるのです。


ですが、これを文章で表現するのは難しい。彼らも宇宙に行くまで、「地球が一つ」と理屈としては分かっていたが、宇宙に行くと実感として理解できるようになると言うんです。


僕らも地球が一つであること、協力によって解決しなければいけない問題があることは、言葉ではわかっていますよね。でも、実際の社会はあちらこちらで問題が起きている。エンジニアや専門職として生きてきた彼らが、言葉以上に理解できる実感があるということを、また言葉にしようと思ったわけです。


実感をどう表現するかは難しいのですが、見た光景や体験をなるべく追体験できるように書きました。そして、僕の本ではおそらく初めてですが、あえてインタビューの一問一答を多めに取り入れています。なるべく本人の生きた言葉を感じ取れるようにしました。》



■宇宙に行って実感するのは「地球」のことだった


彼らは宇宙から「地球」を見て、思索を巡らせ、また地球へと戻ってくる。地球の重力をクリアに感じ、空気や水の味を語る。


《地球で当たり前のことが宇宙にはないわけです。当たり前じゃないという環境にいって初めてわかることがある。本の中では書いていませんが、山崎直子さん(日本人女性2人目の宇宙飛行士。2010年に宇宙へ)が宇宙飛行士を描いた映画『ゼロ・グラビティ』(2013年)で、一番共感したのは地球に戻ってきた彼らが、重力を感じていることを示すシーンだったと語っていました。


宇宙に行って、実感するのはやっぱり「地球」のことなんです。だから、彼らは徹頭徹尾、地球について語っているわけです。


環境問題、資源、国境……。こうした問題に新しい気づきを得たと語る人も多いのですが、それも宇宙から地球を見たことで実感を込めて語れるようになるということだと思います。》



撮影=プレジデントオンライン編集部
ノンフィクションライターの稲泉連さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■宇宙に行ったビジネスパーソンが地球について、何を思うのか


今や、宇宙はビジネスパーソンが次に進出を狙う場所になっている。彼らが宇宙に行くことで、何か「地球」について新しい気づきを得ることができるのだろうか


《どのような意味があるのかは行ってみないとわからない、というのが正直なところですが、本の中でも「多くの人が行って、見てきてほしい」という宇宙飛行士がいました。


宇宙に行ったビジネスパーソンが地球について、何を思うのか、宇宙飛行士とは違う視点や意味を持つのか。あらためて聞いてみたいですね。》


かつてないほど、多くの情報が行き来する今の社会であっても、自分の視点を相対化できる機会は少ない。どれだけ情報に多く触れても、分かり得ないものは残る。宇宙飛行士の貴重な経験に耳を傾けることは、分かり得ないものを想像しながら、それでも彼らの実感をより理解しようとする試みである、と言えるだろう。


「地球」という視点から何を考えることができるのか。閉じずに、視野を広げて考えることの重要性に実感から迫る一冊がここにある。



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石戸 諭(いしど・さとる)

記者/ノンフィクションライター

1984年生まれ、東京都出身。2006年立命館大学卒業後、同年に毎日新聞入社。岡山支局、大阪社会部、デジタル報道センターなどで勤務。BuzzFeed Japanを経て独立。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)がある。

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(記者/ノンフィクションライター 石戸 諭)

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