「差別化では足りない」 低迷する日本電子を世界のニッチトップ企業に変えた「経営のフルモデルチェンジ」の中身
2024年12月4日(水)5時55分 JBpress
かつては「モノづくり大国」として世界をリードしてきた日本企業だが、競争力は低下の一途をたどり、今やその存在感は失われつつある。もう一度輝きを取り戻すためには、何が必要なのか——。日本企業が復活するための条件として「現場力を取り戻すことが必要」と語るのは、2024年7月に著書『新しい現場力:最強の現場力にアップデートする実践的方法論 』(東洋経済新報社)を出版したシナ・コーポレーション代表取締役の遠藤功氏だ。前編に続き、日本企業が現場力を再構築するための方法論や、現場力を取り戻し卓越した経営を実践する企業の事例について聞いた。(後編/全2回)
「現場の魅力」を取り戻すことが現場力につながる
——前編では、日本企業から失われつつある「現場力」と、その衰退原因について聞きました。著書『新しい現場力:最強の現場力にアップデートする実践的方法論』では、新しい現場力の必要性について述べています。「これまでの現場力」と「新しい現場力」とでは、何が違うのでしょうか。
遠藤功氏(以下敬称略) これまでの現場力は「会社がもっと稼ぐためのもの」でした。つまり、これまでの現場力は「会社」が主語になっていました。
それに対して、新しい現場力は「従業員が幸せになるためのもの」です。新しい現場力では、現場で働く人の潜在能力を引き出し、生きがいや仕事のやりがいを高めることに主眼を置きます。すなわち、ここでの主語は「従業員」なのです。
人手不足の現代において、生きがいもやりがいも感じない、わくわくしない会社で働こうという人はいませんよね。だからこそ、従業員ファーストを実現し、現場力のアップデートを通じて「新しい現場力」を構築しなければなりません。
——人手不足の解消に向けても、現場力のアップデートは向き合わなければならない課題なのですね。
遠藤 今の時代は「本社で働きたい」「研究所で仕事をしたい」という人が多いように感じますが、それは現場力が劣化し、現場の魅力が低下していることの裏返しのようにも思えます。
そもそも、本社や研究所だけでは会社は成り立ちません。価値をつくっているのは本社や研究所ではなく、現場だからです。だからこそ「働いてみたい」と思わせるような魅力的な現場を取り戻すことは、人材確保の観点からも重要な課題といえます。
値上げによって日本製鉄が取り戻した「譲れないもの」
——著書では、新しい現場力を構築する上で「価値に対する値付け」の重要性を述べています。その一例として、日本製鉄の橋本英二会長が自社の復活をかけて大手自動車メーカーに対して値上げの必要性を訴えたケースを挙げています。顧客に値上げを受け入れてもらうためには、どのような取り組みが必要でしょうか。
遠藤 日本製鉄のケースでは、経営トップ自らが「価格アップが認められないならば、その顧客には商品を売らなくてよい」と腹をくくったことで、大手自動車メーカーから合意を取り付けることができました。
自社が提供する商品やサービスの価値に自信があるのであれば、それを適正に伝えなければなりません。なぜならば、価格とは商品やサービスの価値を数値化したものだからです。
価格は一見ただの数字に見えるかもしれませんが、顧客が他社よりも高い価格を受け入れることは、現場にとって大きな自信になります。現場が「自分たちが作っているものは、これだけの高い付加価値がある」ということを自覚できれば仕事へのモチベーションが高まり、新しい付加価値を生み出そうとします。
日本では今でも「採算度外視で受注を優先する」といった時代遅れの考え方や慣習が色濃く残っています。現場が汗水垂らして作った100円の価値がある商品を、80円で安売りするような慣行が続いているのです。さらに値切られてしまえば、現場のプライドは着実に失われていきます。「自分たちが苦労して価値をつくったのに、業績は赤字なのか」「自分たちには価値がないのか」と思ってしまうわけです。
日本企業の現場はもう一度、「自分たちの仕事に対するプライド」を取り戻さなければなりません。日本製鉄の事例は、現場のプライドを取り戻した良い事例といえます。
「経営のフルモデルチェンジ」で業績を上げた日本電子
——「新しい現場力」を経営全体に生かし、卓越した経営を実現するための観点として「串団子モデル」を提唱しています。これはどのような概念でしょうか。
遠藤 現場力をアップデートすることも重要ですが、日本企業が復活するためには、現場力以外のさまざまな要素との整合性、一貫性を確保し、経営全体をフルモデルチェンジする必要があります。フルモデルチェンジの対象は「現場力」に加え、「理念・ビジョン」「競争戦略」「組織のカルチャー」です。
串団子モデルは、このうち競争戦略、現場力、組織カルチャーを「3つの団子」に例え、理念・ビジョンという「一本の串」で刺し、一つの串団子としてまとめ上げる、という考え方です。
——著書では、経営全体をフルモデルチェンジした事例として、電子顕微鏡などの製造を手掛ける日本電子について解説しています。同社が変革に成功したポイントはどこにあるのでしょうか。
遠藤 日本電子は1949年に創業し、世界トップレベルの電子顕微鏡などの開発・生産を通じて世界の科学技術を支えるニッチトップ企業です。科学者の間では、同社の製品がなければ「ノーベル賞は取れない」と言われるほど、世界中から高い評価を得ています。
かつての日本電子は業績の低迷に苦しみ、長期間の低収益期が続いていました。しかし、2008年に第7代社長の栗原権右衛門氏が就任し、経営のフルモデルチェンジを行ったことで、2023年度には3年連続で過去最高益を更新しています。株価も何十倍に跳ね上がりました。
日本電子は当初、ものづくりの力を支える現場力には手を付けず、経営戦略の転換を図りました。競争戦略を大胆に見直し、自社が持っている技術を生かすために「ハイエンドの高付加価値領域」に特化する一方で、将来性の低い事業は市場から撤退しています。
次に手を付けたのがビジョンです。日本の科学振興に貢献するために電子顕微鏡を作ったのが日本電子の出発点であり、その理念にもう一度立ち返るために「うちの会社はなぜ生まれたのか」「何を目指しているのか」といったビジョンを社員全員に浸透させました。
日本電子の競争力の源泉である現場力については、徹底的な内製化とコストダウンの両方を進めました。この取り組みについて、同社の社内では「『中』は擦り合わせ、『外』は組み合わせ」と表現しています。「中」とは、事業のコアの部分を指し、他社の追随を許さない品質・性能を生む「モノづくりの擦り合わせ力」に重きを置いています。
しかし、それだけではコスト競争力は高まりません。そこで同社では、標準化・共通化・ユニット化によるコストダウンに加えて、必要に応じて外注化も行っています。安くていいものがあれば、社外の製品を使うこともいとわない、という考えです。内製化と擦り合わせだけにこだわらず、自分たちの強みやコアを見極めることが真の競争力につながります。
加えて、同社の強みでもあるクリエイティブな研究開発を加速させるために、組織カルチャーの変革にも取り組みました。自由にのびのびと働ける風土を醸成するために、業務改善活動の表彰を行って報奨金を支給したり、従業員の自発的なチャレンジを促す部門横断的な委員会活動を推進したりと、さまざまな取り組みを進めました。
日本電子はこれらの要素を全てアップデートした結果、業績が大幅に向上しています。個別の施策に取り組むだけではなく、競争戦略・現場力・組織カルチャーという3つの要素に加えて、理念・ビジョンの浸透まで一気通貫で行ったことが成功のポイントです。
——日本企業がもう一度世界で輝くためには、日本電子の事例からどのようなことを学ぶべきでしょうか。
遠藤 「強みを伸ばし、弱みを克服する」という経営の基本に立ち返ることだと思います。日本電子は現場力というコアの競争力を見極め、強みを伸ばした一方で、縦割りの組織や海外工場、グループ会社などの弱みを次々に潰していきました。
フルモデルチェンジを言い換えると、「自分たちの弱点を放置せずに、思い切って変化を生み出す」となります。せっかくの強みを持っていても「弱みが放置されてるから、何も変わらない」という企業は少なくありません。弱みを克服することで強みが生きるのです。
加えて、ここで見落としてはいけないのが「模倣困難性」という視点です。模倣困難性とは、「他の会社がまねできない何か」を指します。例えば、技術力や資本力、ブランド力などがありますが、現場力も強力な模倣困難性になり得ます。
一度現場力を構築すれば、簡単に他社にまねされることはありません。現場力を高めるには時間がかかる一方で、一度確立すれば他社がまねできない模倣困難性に繋がります。経営とは模倣困難性を競うゲームですから、勝ち残るためには「競合他社が模倣できない現場力」を構築することが重要です。
■【前編】明確な事業撤退方針で変革を遂げた日立、日本企業が陥る「最悪のパターン」との目に見えない決定的な違いとは
■【後編】「差別化では足りない」 低迷する日本電子を世界のニッチトップ企業に変えた「経営のフルモデルチェンジ」の中身(今回)
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筆者:三上 佳大