「本当にイヤなら射精しなかったんじゃないか」年間300人も逮捕者がいるのに「男児の性被害」が表に出ない理由

2024年12月5日(木)16時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz

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子どもの性被害を防ぐにはどうすればいいのか。小児科医の今西洋介氏は「『うちは男の子だから大丈夫』という考え方は今すぐ捨てるべきだ。『女児よりもガードがゆるいから』と男児を狙う性加害者は存在する」という——。

※本稿は、今西洋介『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
※本稿には性暴力についての具体的な事例・事件や描写が含まれています。


写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz
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■表に出てきにくい男児の性被害


男の子の性被害は、女児のそれ以上に表に出てきにくいものです。理由のひとつに、男児は女児以上に「何をされているかわからない」ことがあります。それは、男児の小児性被害においても、加害者のほとんどが男性だからです。


警察庁生活安全局少年課による「令和2年における少年非行、児童虐待及び子供の性被害の状況について」によると、子どもに性的虐待をした加害者のうち男性が293人、女性が12人でした。被害を受けた子どもの性別はあきらかではありませんが、男児もほとんどが男性から被害を受けていると見て間違いありません。


また、やや古い研究になりますが、アメリカで1998年に発表された包括的な調査では、少年への性被害に関するさまざまな情報が提供されました。少年に性加害をするのは、「知り合いではあるが、血縁関係のない」男性である傾向が強く、多くの場合は家庭外で発生し、性交を伴い、一度では終わらず複数回に及んでいました(*1)。


*1:「Sexual Abuse of Boys Definition, Prevalence, Correlates, Sequelae, and Management」Holmes WC, et al. JAMA 1998;280(21):1855-62.


■「目上の男性から認められた」と受け取ってしまう子もいる


年長の男性から子どもへの加害行為は、性的接触という目的を隠し、親切を装って近づいたり、親しい関係性を築いたりする“グルーミング”を伴います。教員、スポーツの指導者、やさしい親戚のおじさん、ゲームが上手な年上のお兄さんといった人物が、子どもからの信頼や好意、あこがれにつけ込んで加害行為に及びます。これは女児を対象としたときもよく使われる手口ですが、男児への性加害では特に多いといわれています。


なかには、自分は目上の男性から認められたのだとポジティブな体験として受け取り、加害されていることにすら気づかない子どももいます。それでも、これはトラウマ体験として子どもに残ります。生涯を通じてグルーミングというマインドコントロールの影響下にいられることはなく、どこかの時点で「幼いころのあれは、男性からの性被害だったのだ」と気づきます。


女の子は小さいうちから、「知らない人に気をつけて」と教えられ、保護者も常に目を光らせています。もっとも、「知らない人」への警戒だけでは性暴力予防としては不十分なのですが、それでも周りの大人が被害を受けづらい状況をつくり出しておけば、加害者はうかつに近づけません。それに比べて男児に注意と警戒を促す機会は、女児と比べると大幅に少ないといわざるをえません。


保護者のみなさんとお話ししていても、「うちは男の子だから心配ない」「女の子のおうちはたいへんね」という言葉をよく聞きます。その考えはいますぐに捨てましょう。男児を対象とした性加害者のなかには、「女の子はガードが固いから、ガードがゆるい男の子を狙う」といって憚らない人がいるのも事実です。


■男子は女子以上に性被害の経験を打ち明けない


“同性からの加害”がほとんどという実態も、男児の性被害を見えにくくしている原因のひとつです。海外の研究では、男の子は女の子に輪をかけて、性被害の経験をみずから打ち明けることが少ないとわかっています(*2)。


日本では、内閣府男女共同参画局の「男女間における暴力に関する調査報告書(令和2年度調査)」に「無理やりに性交等をされた被害の相談経験」という項目があり、それによると「相談しなかった」と答えたのは、女性のうち約6割、男性のうち約7割でした(*3)。


*2:「Male sexual abuse: A review of effects, abuse characteristics, and links with later psychological functioning.」Romano E, et al. Aggress Violent Beh. 2001;6(1):55–78.
*3:内閣府男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査(令和2年度調査)」報告書〈概要版〉


■「自分は同性愛者になってしまったのでは」と不安になる


男性が被害を相談しないのには、さまざまな理由があるでしょう。第一に考えられるのが、「自分は同性愛者になってしまったのではないか」という不安です。同性と性的接触をもつことは、同性愛者であることを意味しません。まして、その接触は同意なく行われたものです。


けれど被害者となった男の子たちの多くが、みずからそう思い込み、人に知られてはならないと胸にしまい込みます。「相談したら、相手は自分のことを同性愛者だと思うのではないか」という心配から、口を閉ざす選択しかできなくなるのです。


写真=iStock.com/doble-d
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/doble-d

ひとつ付け加えるなら、同性愛者のあいだでも性暴力はあります。ただ、少なくとも日本では「同性愛者間による性暴力」はほとんど調査されていません。そのため実態は不明ですし、被害届を出したり告発したりといった形で表に出てくるケースは、異性愛者間の性暴力以上に少ないはずです。その理由は、日本社会にまだまだ性的少数者への偏見があるからに尽きるでしょう。


警察に被害を申告し、事情聴取を受ければ、どこかの段階で自分が同性愛者であることを明かさなければなりません。望んでいないタイミング、相手へのカミングアウトは、人の尊厳にかかわります。異性愛者にも同性愛者にも、性暴力被害に遭っていい人などひとりもいません。すべての被害者が被害を打ち明けやすく、いち早く支援とケアにつながる社会が求められます。


■快感があったとしても性被害は性被害


話を男児の性被害に戻しましょう。性暴力に遭った苦痛に、「同性愛者になってしまった/そうみなされるかもしれない」という悩みが加わり、「このことを誰にも知られてはいけない」とひとりで抱えてゆく人生は、過酷です。


また、加害者の性別を問わず男児の性被害には、快感や勃起、射精という身体反応を伴うことがあります。これも、被害を被害と認識するのを阻む、大きな要因です。女児の被害も快感を伴うことはありますが、男児には勃起、射精など自他ともにはっきりわかる身体反応があるため、加害者から、「お前も楽しんでいたはずだ」と言われることもあります。大人がしっかり覚えておきたいのは、快感があったとしても被害は被害だということです。


矛盾していると思われるでしょうか。快感は物理的な刺激に対する肉体の反応であり、それ以上でもそれ以下でもありません。鼻の穴にこよりを入れると、くしゃみが出るのと同じで、そこに意思は関係ありません。それをもって、被害に遭った男児がその後長期間にわたって「自分も望んでいたのではないか」「本当にイヤなら、射精はしなかったんじゃないか」という考えにとらわれることを想像すると、やりきれないものがあります。


■加害者が女性だと「いい思いをしたな」と言われてしまう


特に加害者が女性である場合、事実を誰かに打ち明けると「いい思いをしたな」「うらやましい」といったリアクションも多いため、被害者もより強く「あれは被害ではなかった」と思うようになります。でも、本当はイヤだった。自分の尊厳が踏みにじられてしまった。そのことにフタをして生きると、いつかバランスが崩れて心身に不調があらわれます。


性暴力への理解がない社会は、こんなふうに被害者を追い詰め、口を塞(ふさ)ぎます。その性行為が暴力であるか否かは、「同意の有無」を基準に判断されるべきものです。快感があったかどうかは、関係ありません。


性被害の認識しやすさ、打ち明けやすさには、ほかにも加害者との関係や家庭環境などいろいろな要素がかかわっています。社会のあり方も重要な要素です。


「性暴力=同意のない、すべての性的言動」ということが周知された社会のほうが、性被害を受けたと認識しやすいのは間違いありません。なぜなら、快感があったとしても、男児本人が「でも自分はしたくなかった、これは暴力だ」と認識できるからです。また、性的マイノリティへの理解がある社会では、男性も「同性愛者だと思われたらイヤだな」とためらうことなく被害を誰かに打ち明けたり、被害届を出せたりするでしょう。


■「本当にイヤなら抵抗できたはず」の呪い


加えて、「弱い」ことを男らしくない、情けないとみなす風潮が強い社会では、男性は、性被害はもちろん、どんな被害でも口にするのをためらいます。被害に遭うこと自体が、男らしさのイメージから外れるのです。


性被害についての誤解のひとつに、「本当にイヤなら抵抗できたはずだ」というものがあります。女性に対してもよくいわれますが、男性は腕力が比較的あるぶん、この言葉が特に刺さるでしょう。しかし、子どもは身体的にも脆弱ですし、先述したように小児性暴力の多くはグルーミングを利用して行われます。成人でも社会的な力関係を利用した——つまり“逆らえない”相手からの性暴力に対して、抵抗するのはまず無理です。性暴力被害は被害者が弱いから起きるものではなく、加害者の欲望が歪んでいるから起きるものです。


男性に過度な男らしさを求め、泣いたり、弱みを見せたり、愚痴をこぼしたりといったことを許さない社会は本来、性被害を受けた人だけでなく、ほとんどの男性にとってしんどいものだと思います。


■性被害によるPTSDは性別に関係なく存在する


これまで笑い話にされたり「ないこと」にされたり、とかく軽視されてきた男児の性被害の扱いが、いま転換期を迎えています。小児性被害は「子どもが脆弱性を利用され、被害に遭う」ことを軸に考えるべきで、そこに性別は関係ありません。被害後の影響については、性被害に遭った子どもが発症するPTSDに、男女差があるかを調査した28個の研究を、複合的に検証した論文があります。そこでは性被害とPTSDの関連性は「性別に関係なく」存在すると結論づけられています(*4)。


*4:「Sexual abuse and post-traumatic stress disorder in childhood, adolescence and young adulthood: a systematic review and meta-analysis」Boumpa V, et al. Eur Child Adolesc Psychiatry 2024;33(6):1653-1673.


男児の性被害への対策は、女児のそれ以上に遅れていると思います。「男の子なら大丈夫」という考えが、子どもを危険にさらしかねないことを、まずは保護者と、子どもに接する職業の人たちに知ってほしいです。


■男児を守るためのキーマンは父親


小児性被害の予防に関して、男児にかぎっていうと、家庭ではお父さんがキーマンになるでしょう。



今西洋介『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』(集英社インターナショナル)

女性の保護者の多くは、すでに高い危機管理能力をもっています。それは悲しいことに、それまでの人生でお母さんたちのほとんどが大小何らかの性被害に遭ったり、危ない思いをしたり、性被害に遭わないために気をつけるよう教えられたりしてきたからです。


「男の子だから大丈夫」という理由で、外出先でひとりでトイレに行かせたり、銭湯にひとりで入らせたりといったことは避けるべきです。


もちろん、家族だけでそれをするのは限界があります。SNSで、小学校低学年の男児を子育て中のシングルマザーが、「銭湯や温泉で、息子をひとりで男湯に行かせられない」と嘆いているのを見ました。親の目が届かないところでも、周りにいる大人が目を光らせ、子どもを見守っていれば、加害者は子どもに近づけないし、行動に移せません。


“自衛”は強いてはいけないものであると同時に、限界があります。社会全体で子どもを守っていくべきです。


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今西 洋介(いまにし・ようすけ)
新生児科医・小児科医
1981年、石川県金沢市生まれ。新生児科医・小児科医、医学博士(公衆衛生学)、小児医療ジャーナリスト、一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。国内複数のNICUで診療を行う傍ら、子どもの疫学に関する研究を行っている。「ふらいと先生」の名でSNSを駆使し、小児医療・福祉に関する課題を社会問題として提起している。育児のニュースレター配信中。
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(新生児科医・小児科医 今西 洋介)

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