マイクロクレジットは“奇跡”を起こしたのではなく 貧しい国に「当たり前の世界」を作り出した [橘玲の世界投資見聞録]

12月7日(木)21時0分 ダイヤモンドオンライン

マニラのスコーター(スラム)の子どもたち   (Photo:cAlt Invest Com)

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 新薬の実験などに使われるRCT(ランダム化比較試験Randomized Controlled Trial)は、科学的にもっとも強力な証拠だとされている。無作為に選んだ患者グループに新薬と偽薬を与え、どちらの薬なのか患者も医師もわからないようにしたうえで(二重盲検の条件で)効果を計測する。なぜこのような面倒なことをするかというと、偽薬でも治療効果が出る場合がしばしばあるからだ(プラシーボ効果)。いったん新薬が認可されれば多額の公費が投入されるのだから、偽薬以上に高い治療効果があることが厳密に証明されなければならない。


 この手法を貧困国の開発援助に持ち込んだのがフランスの女性経済学者エステル・デュフロで、これによって賛否の分かれるさまざまな貧困対策の効果を客観的に検証できるようになった。「援助か自助か」の無益なイデオロギー対立に陥りがちだった開発経済学は大きく変わり、いまでは、どのような支援が役立つかを「証拠に基づいて(エビデンス・ベースで)」議論することができるのだ。


[参考記事]

●RCTにより明らかになったマイクロクレジットの“奇跡の物語”と不都合な真実






貧しい国の子どもたちに無償で教科書を配布しても効果がない理由


 貧困から脱するのに教育が重要なのは疑いない。だとしたら、貧しい国の子どもたちに教科書を無償で配布する支援には大きな効果があるはずだ。


 そんなことは当たり前だ、と思うだろう。だが1995年のケニアで、教科書配布と成績の因果関係をRCTで検証したところ、すべての実験で否定的な結果が出た。教科書を配布しても配布しなくても、子どもたちのテストの成績は同じだったのだ。


 この研究を行なったハーバード大学のマイケル・クレマーは結果を信じることができず、サンプルを拡大して再実験するとともに、公的な学力テストを使わず新しいテストを作成することまでやってみた。しかしそれでも、やはり教科書の無償配布になんの効果もなかったのだ。


 なぜこんなことになるのか。結果を詳細にみるとその理由がわかってきた。


 教科書の無償配布は生徒全員に効果がなかったわけではなく、一部の生徒には役に立っていた。それは、もともと成績がよかった子どもたちだ。成績上位10%の子どもだけを観察すると、教科書を配布された生徒たちは、配布対象にならなかった生徒たちよりも学力が向上していたのだ。


 最終的にクレマーは、実験結果を次のように総括した。


 ケニアは多数の民族が暮らす社会で、農村の子どもたちにとって第一言語は地元の言葉、第二言語はスワヒリ語だ。しかし学校教育はイギリスの植民地時代を引き継いでおり、植民地官僚を養成したときと同様に英語で行なわれる。


 ほとんどの子どもにとって英語は外国語で、教科書に書いてあることの意味がわからない。それを活用することができたのは、もともと英語を理解できた一部の優秀な生徒だけだった。誰もが「よい」と思っていることをすれば、自動的によい結果が生じるわけではないのだ。


 日本の教育改革では、少人数学級や能力別クラス編成がずっと議論になってきた。しかしこれも、お互いに自説を声高に唱え相手を論難するのではなく、RCTでその効果を検証してみればいい。


 デュフロは、ケニアにおいて210の小学校をランダムに70校の3つのグループに分け、それを実際にやってみた(『貧困と闘う知』)。Aグループは教師を新たに採用することで1クラスを2クラスに分けて少人数学級を実現した。Bグループはそれに加えて学力別にクラスを編成した(成績上位40人のクラスと下位40人のクラス)。Cグループはこれまでと変わらない対照群だ。


 その結果、学力別グループはすべての子どもたちにとって有益なことがわかった。興味深いのは、この効果が、成績が優秀な子どもたちだけでなく、成績が低い子どもたちにも同様に見られたことだ。


 学力別のクラス編成に反対するひとたちは、勉強のできる生徒が有利になる一方で、成績の低い子どもたちは優秀な同級生と勉強する機会を失うので不利になると論ずる。しかしすくなくともケニアでは、同一クラスに学力の著しく異なる生徒が混在するよりも、クラスをより均質にすることで授業の質が高くなった。


 2つめの結果は、たんにクラスを少人数にしただけでは学力向上の効果がほとんどなかったことだ。教師にとっての問題は、教える生徒の数が多いことよりも、生徒の学習レベルが異なっていることだった。


 3つめの結果は、実験のために新たに採用した教師のクラスが、正規の教員たちのクラスよりも成績がよかったことだ。新任の教師は1年契約で、正規の教師は長期契約だった。このことは、経験がなくてもモチベーションが高い(彼らはここで成功すれば正規教員に任命される可能性があった)教師の方が、ゆたかな経験をもっているがモチベーションの低い教師よりも生徒の成績を引き上げることを示している。


 もちろんこれはケニアの小学校のケースだから、それをそのまま日本の教育現場に当てはめることはできない。それでも、なんのエビデンスもないまま自己流の教育論をぶつけ合うよりもよほど生産的なことがわかるだろう。






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