天才・平清盛が 「宋銭」に目をつけた理由

12月8日(日)6時0分 ダイヤモンドオンライン

Photo: Adobe Stock

写真を拡大

世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU(立命館アジア太平洋大学)学長。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。

その出口学長が、3年をかけて書き上げた大著が、なんと大手書店のベストセラーとなり、話題となっている。BC1000年前後に生まれた世界最古の宗教家・ゾロアスター、BC624年頃に生まれた世界最古の哲学者・タレスから現代のレヴィ=ストロースまで、哲学者・宗教家の肖像100点以上を用いて、世界史を背骨に、日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説した本だ。なぜ、今、哲学だけではなく、宗教を同時に学ぶ必要があるのか?

脳研究者で東京大学教授の池谷裕二氏が絶賛、小説家の宮部みゆき氏が推薦、某有名書店員が激賞する『哲学と宗教全史』が、発売後たちまち第6刷を突破。「日経新聞」「日経MJ」「朝日新聞」に加え、本日、「読売新聞」に大きく掲載。“HONZ”『致知』『週刊朝日』『サンデー毎日』「読売新聞」でも書評が掲載された。

過日、立命館アジア太平洋大学(APU)創立20周年を記念して、東京駅直結の立命館東京キャンパス(東京駅直結・サピアタワー)に約100名が集結。「歴史とは何か?」と題した出口氏講演会の10回目をお送りしよう。



清盛はなぜ「宋銭」に目をつけたのか?



 成長し始めたのは、平清盛(1118‐1181)以降です。


 なぜだかわかりますか?


 平清盛は、太宰府の長官になって、中国の宋で流通していた宋銭に目をつけた。

 清盛が宋銭を本格的に輸入し始め、初めて日本に貨幣経済が根づいたのです。


 そうすると、経済が活性化するので、お金儲けをしようという人が出てきます。


 日本の貨幣は、和同開珎(わどうかいちん、708年)や富本銭(ふほんせん、683年)がその始まりではないのです。


 これらはあくまでも「見せ金」であって、日本初の流通貨幣は「宋銭」なのです。


 そういう意味で、清盛はわが国に貨幣経済を導入しためちゃすごい人です。


 でも、なぜ、清盛が宋銭を輸入できたのか。

 みなさん不思議ではありませんか。


 日本に輸入できたということは、中国で宋銭がいらなくなったということです。


 なぜ中国でいらなくなったのか?


 それは、当時、宋銭以外に紙幣ができていたからです。


 加えて、宋の後を継いだ大元ウルス、モンゴル世界帝国は貨幣体系を「銀」と「紙幣」に置き換えた。

 それによって「銅銭」がいらなくなったわけです。


 火を燃やして宋銭を鋳(い)つぶして、銅のインゴット(のべ棒)にすれば再利用できますが、それにもお金がかかる。


 それならと、試しに周辺の日本やベトナムに売ってみたら喜ぶのでは? と考えた人がいた。


 そうしたら日本が喜んだので、「これはええわ」と、どんどん宋銭を輸出し始めたという背景があったのです。


 これも、世界がつながっているということです。

 マネーサプライが「銀」と「紙幣」で代替できて初めて「銅銭(宋銭)」が余る。

 宋銭が輸入できて初めて、わが国に貨幣経済が成立したのです。


 過去の僕の『哲学と宗教全史』全連載は「連載バックナンバー」にありますので、ぜひご覧いただき、楽しんでいただけたらと思います。





続きはこちら(ダイヤモンド・オンラインへの会員登録が必要な場合があります)

ダイヤモンドオンライン

「天才」をもっと詳しく

「天才」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ