幼児教育の「質の改善」に必要な4つのポイント

12月8日(金)8時30分 Forbes JAPAN

幼児教育を全面無償化にして、自己負担ができる家庭の分まで税金で払う余裕があるのであれば、その分を待機児童の解消と質の改善に振り分けるべきではないか、というのが著者の兼ねてからの問題意識である。

そう主張した際に、「待機児童の解消はわかるけれど、質の改善って具体的にどういうことですか?」と聞かれることが多いので、今回は質の改善に貢献する政策に限って具体的な提言をしたい。

前回記事に引き続き、日本の実情については、30年にわたり全国200カ所以上の保育園を手がけるポピンズ取締役・轟麻衣子氏とのインタビューをもとに、世界各国の幼児政策比較については、コロンビア大学とイエール大学で教鞭をとり、これまでに70以上の政府や自治体の幼児政策のアドバイザーを務めてきたSharon Lynn Kagan教授との米国でのインタビューをもとに論点をまとめる。


Sharon Lynn Kagan教授

1. 幼児教育に一貫性を

幼児教育と一口に言っても、多くの国々においてそれは2つのことを意味する。一つは、「生活のために働き始めた女性たちが(当時は止むを得ず)子どもを任せる先として端を発した社会福祉としての託児所」で、保健省の傘下にあることが多い。日本で言うところの保育園である。もう一つは、「小学校教育よりも前に、子どもたちの脳の発達が最も活発で感受性も豊かな時期に教育をする場」で、教育省の傘下にあることが多い。日本で言うところの幼稚園である。

ところが近年、働く女性が増え続ける中で、両者の境目が極めて意味のないものになっており、これを踏まえて、世界各国で両者を統合する動きが進んでいる。我が国でも、両者が別々に存在することで、非効率な縦割り行政になっているだけでなく、国家として幼児教育としてどういった資質を身につけて欲しいと考えるか、一貫性のある議論ができていない。

我が国では先ごろの学習指導要領改訂によって、「1. 知識及び技能、2. 思考力、判断力、表現力等、3. 学びに向かう力、人間性等」からなる「生きる力」の重要性が明確に謳われるようになったが、この対象となっているのは就学前はあくまで幼稚園のみである。3〜5歳児の45%が保育園に通っている時代に、である。

Kagan教授によれば、質の高い幼児教育を実現するための最重要課題は、「一貫したカリキュラム、教員養成及び研修過程、および施設の評価制度」であるという。また教授は、香港、韓国、シンガポール、オーストラリア、フィンランド、イギリスの研究事例を元に、「必ずしも省庁を統一することにこだわらず、各省庁の間にブリッジ機関を作る、あるいは自治体レベルで融合するなど、様々な方法がありうる」と指摘する。我が国でも、長い目で見るとまずはここから着手すべきなのではないだろうか。

2. 養成課程と資格制度の見直し

ただし、どの国でも上述のような一貫性を持たせる仕組みづくりには長い年月をかけている。その間にも年間400万人近い子どもたちが保育園や幼稚園に通っていることを考えると、もう少し早く打てる手立てはないものかと思ってしまう。

待機児童が社会問題化する中で、受け皿の急拡大と保育士不足が深刻化しているため、保育士の国家資格試験の回数を増やしたり、延長時間における保育士資格保持者の制約を緩めたり、と言った規制緩和がなされてきたのは、前回記事でも見た通りである。

一方で、幼稚園教諭の養成過程や保育士の資格試験の内容についてはどうであろうか。今回、平成26年度の保育士資格試験の「教育原理」の試験問題を入手してみた(下の写真)。読者の皆さんには、この試験が果たして良質な幼児教育に資するものに映るだろうか。



第6回の記事でイエール大学に隣接するCalvin Hill Daycareの教育内容を紹介したが、良質な幼児教育とは、「遊び」を大切にしながら、現場で子どもたちが見つけたり気づいたりしたことを見逃さず、そこから有機的に学びを紡ぎ出していくまさに職人技である。

例えば今年の夏、Calvin Hillの園庭に3匹の蝶の幼虫を子どもたちが見つけると、そこから孵化までの日数を予測して、実際に数え、大きさを測り、仔細に観察して絵を描き、蝶の絵本を作り、最後は庭に放つ……様々な学びの要素を散りばめながら日々のカリキュラムが展開されていった。同園では、私が訪問した5歳児のクラスだけでも、こうしたプロジェクトラーニングが12名のクラスで4つほど平行して行われていた。



これに加えて、Calvin Hillの現場、あるいはポピンズの保育所でも、一人一人の子どもの成長を深く観察して記録しながら発達に応じたカリキュラム開発を促すための「ドキュメンテーション」あるいは「アセスメント」という評価方法が非常に重要だとされている。

こうした教育を提供できる能力と、寺子屋に関する知識の間に、どれほどの関係性があるのだろうかと疑問に思うのは私だけだろうか?

3. キャリアアップ研修と待遇改善

質の改善といった時に、真っ先に出てくるのは保育士の処遇改善である。これは我が国でも昨年から取り組まれており、今後さらに予算が積み増されるのではないかとの議論もある。しかし、一定程度の水準まで引き上げた後には、「一律に処遇改善するのではなく、ある程度の教育技術を習得した人にだけ賃金増をする方が望ましい」とKagan教授は語る。


Kagan教授とCalvin Hill DaycareのHorwitz園長(左)

例えばフィンランドでは、施設管理者に加えて、子どもの個性に応じたカリキュラムを策定していくdiagnostician(診断家)と呼ばれる専門家がいるが、この2つのポジションについては一般の教員よりも遥かに良い待遇が用意されている。また、英国では4段階、韓国では6段階の職能に応じた待遇レベルがあるという(年功序列ではない)。

これには、轟氏も「処遇改善は一律ではなく、キャリアアップ制度の確立と同時平行でなければならない」と強く同調。さらに、「養成校や就任後研修のカリキュラム改革においては国家資格取得のために実務研修を義務化することが必須である」とも語る。上述の通り、幼児教育はその場その場での子どもたちの発見や遊びに臨機応変に対応し、カリキュラムを有機的に紡ぎ出していく能力が不可欠だからである。

Calvin Hill Daycareの教員複数名に、「教員養成において最も大切なことは何か」と聞いてみたところ、異口同音に「現場での経験値と先輩の先生からのメンタリング」という答えが返ってきた。定期的に最新の教育理論を学ぶこともさることながら、実技が重要だという認識は一致しているようだ。

質の改善のためには、現場での実務研修を含めたキャリアアップ講座と、その修了者への処遇改善が鍵を握るように見える。我が国でもこうした認識から、2018年からは保育士5〜7年目の経験者を対象にして、厚労省が各自治体に義務付けた保育士キャリアアップ研修が本格的に始まるが、轟氏のポピンズでは先駆けて神奈川県、茨城県、福島県のキャリアアップ研修を担っている。

指定8分野中、1分野15時間(3日間)研修を受けるとリーダーに認定されて、月5千円の処遇改善がつくほか、専門リーダー4分野(12日)または3分野とマネジメント研修を習得すれば、月4万円の処遇改善などにつながっていくという。各都道府県で導入されていく研修内容や、導入した都道府県によっての効果測定の行方に注目したい。

4. モニタリング機関の設立

轟氏の言葉を借りると、良質の幼児教育を決める3つの要素は「1. 先生の質、2. 環境の質、3. カリキュラムの質」である。3も1によってある程度規定されるとすると、残るのが2、つまり施設の環境である。Kagan教授が挙げてくれた3つの重点政策の最後も、「施設の評価制度(施設ごとのクオリティコントロールの仕組みづくり)」だった。

これは必ずしも政府が設立する機関でなくても良く、米国ではNAEYC(National Association of Education for Young Children)という機関が10の評価軸に基づいた多数のチェック項目を掲げて独自に施設評価を行なっている。この認定を受けた施設は各地で人気となっており、教員の給与や定着率も高いという。

慶應義塾大学の中室牧子准教授によれば、我が国でも、海外で開発された「保育環境評価スケール/ECERSあるいはITERS」を用いて東京都内の認可保育園で評価を実施したところ、計測結果と子どもの発育には強い相関関係が見られたという(中室准教授の分析:http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/17j001.html)。

ECERSあるいはITERSでは、トレーニングを受けた調査員による観察調査で約130程度の項目をチェックするとのこと。ただし、日本固有の保育文化や特殊事情などもあり、そのまま導入するには時期尚早なのではないかとの見方もあるようである。

政府は3〜5歳児向け幼児教育の無償化に加えて、待機児童解消のために32万人分の受け皿を用意するという。しかし、これまでにも筆者が何度も主張してきているように、既に生活保護家庭は無償化されており、住民税非課税家庭は自治体にもよるが最大で月額5000円の負担額に抑えられている保育料を無償化することは、純粋に自己負担額の多い富裕層を優遇するに過ぎないのではないだろうか。

都内の0〜2歳児に集中している待機児童の解消と、特に生活困難家庭の子どもたちの就園率向上に全力を注ぎつつ、それでもまだ財源に余裕がある場合には、今回見たように複数の、かつ相当額の予算を要する質向上のための政策が優先されるべきではないかというのが、国内外の幼児教育政策を学んでみての私見である。限りのある財源だけに、本当に次世代の子どもたちのために役に立つ政策に、費やしてもらいたいものだと切に願う。

次回からは、幼児教育を少し離れて、米国でも注目の集まる「能力をテスト以外で測る方法」について、実例を交えながら考察してみたい。

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