中国、ナイジェリア、メキシコにも奪われる日本の食料

12月8日(金)6時14分 JBpress

日本では、大部分を輸入に依存している小麦やトウモロコシ。食料の確保は大丈夫なのか。

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 人は一生に何度か「あって当然」だったものを失い、危機に陥る。多くの人が共有した危機は、2011年3月の電力不足だ。震災後、多くの発電所が稼働停止となり、被災地はもとより関東の広域でも電気を使えなくなった。「電気はなくなるもの」と初めて実感した人も多いだろう。

 同様のリスクは「食料」にもある。日本の食料自給率は熱量ベースでは4割未満。「食べものがない」という危機に直面するリスクは常にある。日本人が食料不足の危機に楽観的なのは、敗戦以降、幸運にも深刻な食料危機に陥っていないからだろう。

 12月6日、マッキンゼー・アンド・カンパニーが報告書「『グローバル食料争奪時代』を見据えた日本の食料安全保障戦略の構築に向けて」を公表した。2050年ごろまでを見据えての世界と日本の食料をめぐる状況把握と、日本が進むべき「針路」を示している。

 報告書の作成に携わった同社の山田唯人氏に話を聞いた。「グローバル食料争奪時代」の意味とは。そして、日本の抱えるリスクと戦略とは。


契約寸前の食料・農地を中国がかっさらい・・・

 報告書の題にある「グローバル食料争奪時代」の意味するところを、山田氏は次のように説明する。

「ある日本企業が南米で食料や農地を取得する事業に取り組み、相手先と合意段階まで至っていました。ところが、最後の最後である中国系プレイヤーが大幅に上回る額を提示し、その案件をかっさらったのです。こうした世界の食をめぐる“争奪戦”がグローバルに起きていることを多くの方に知っていただきたいと考えました」

 今回の報告書について、山田氏は2つの特長を述べる。「1つは、輸入や海外に着目した点です。従来の報告書では、国内の生産性や農業改革についての話はありましたが、輸入や海外の視点はほぼありませんでした。もう1つは、リスクの悲観的シナリオを描いた点です。具体的に日本への影響がどれほどになるのかを明示しました」。

 報告書には、同社が蓄積してきた研究のほか、専門家へのインタビュー、公開資料の精査、海外事例の収集・分析などの成果が含まれている。あぶり出された日本の食料安全保障をめぐるリスクとはどういうものか。


「世界の食料需給は逼迫」に根拠ある異見

 日本の状況を見るには世界の状況を見ておく必要がある。そこで、山田氏らは世界における食料需給の状況を整理した。

 よく「今後、アジアやアフリカで人口が増加し、中国やインドなどでは所得が向上し、食料需給は逼迫してくる」という「通説」を耳にするが、今回の報告書では「通説」とは異なる予測を出している。

<世界全体で見ると、食料需要の伸びは、これまでのペースと同等にとどまると見込んでいる。一方、食料生産は今後も伸び続ける余力は十分にあり、量としては不足することはないだろう>(報告書より、以下同)

 どうして世界的には食料不足が起きないのか。山田氏は説明する。「まず、2030年における主要農産物の需要が2010年の1.5倍に拡大するという見通しを明確に立てました。一方で、私どもの世界的な農業状況を研究するグループから、現在の生産状況や技術革新の到来を考えると、食料がまったくもって不足する世界にはならないことが見えてきました」。

 だが、山田氏は、食料需要の増加に対する相対的な水不足には注意が必要と続ける。「コスト効率の悪い水資源確保を余儀なくされ、農業不適地にまで入り込まなければならなくなるおそれはあります」。


日本の食料確保、命綱は「輸入」

 日本の食料事情はどうなるのか。報告書では、<世界レベルで食料需給が逼迫する見込みがないからといって、日本の食料安全保障が不要になるというわけではない>とする。

 食料を確保のおもな手段は「生産」「備蓄」「輸入」の3つ。「日本では、この3つすべてに課題があります」と山田は指摘する。

「生産」については、農業従事者の減少と高齢化が著しい。農林業センサスによると、2015年での総農家数は約215万戸。10年前から約70万戸も減っている。平均年齢はゆうに65歳を超えた。「現状のままでは確実に生産が減っていきます」。

「備蓄」については、農林水産省の「緊急事態食料安全保障指針」で、米、小麦、飼料穀物の備蓄の活用方針が示されてはいる。だが、蓄えは使えばなくなるもの。「これだけでは食料は減っていき、不足してしまうおそれがあります」。

 そこで、山田氏らが特に解決を見出そうとしている課題が「輸入」だ。「小麦や大豆、それに主要な飼料用穀物のトウモロコシなどは、さほど日本の国土に適した作物とはいえません。国外でつくられたものを輸入するほうが経済的に成立しやすいのです」。

 農水省が公表する「食料・農業・農村基本計画」では、「国内生産のみでどれだけの食料を最大限生産することが可能か」を示した「食料自給力」が示されている。これは、花の栽培などに使われている農地までも食用作物の栽培に充てたときの最大生産力を示したものだ。

 戦時中のように、いも類を中心にカロリー効率を最大化するパターンであれば、1人・1日あたりの総供給熱量の目安2424キロカロリーをどうにか超える。だが、いまの生活に近い、栄養バランスを一定考慮して米、小麦、大豆を中心に栽培するパターンでは1495キロカロリーにしかならない。

 マッキンゼーの報告書は、<現状の嗜好・多様性を満たす食生活を維持していくには、国内生産だけでは農地総量やコストの面から困難である>として、輸入の必要性を強調する。


高リスクな作物は小麦とトウモロコシ

 主要な食料材料の中でも、小麦と飼料用トウモロコシは、日本の食料安全保障のうえではリスクの高い要素となるようだ。小麦の国内自給率は熱量ベースで2015年では15%、2016年では12%(概算)と低い。また、トウモロコシが半分ほどを占める濃厚飼料*1の自給率は、数量ベースで2015年では14%にとどまっている。それぞれの現状はどうか。

*1=デンプンやタンパク質含量が高く栄養価が高いエサで、一般的にはトウモロコシ、ぬか類、大豆や大豆粕(かす)、綿実などを混ぜ合わせた混合飼料が使われる。

 まず、小麦については、日本は輸入面でほぼ米国、カナダ、オーストラリアに頼っている。だが、これらの国が小麦の輸出先を日本以外の国にシフトするおそれがあるという。

「メキシコ、フィリピン、インドネシアやナイジェリアなどでは今後、国が豊かになるに伴い、西洋食文化が根付き、パン食や菓子食の消費量が伸びていくと予測されているのです。日本が小麦の輸入量を確保できるのかは重要になってきます」(山田氏)

 報告書では、米国、カナダ、オーストラリアの輸出先の変化を考慮に入れた「悲観的シナリオ」を示し、日本の小麦不足のリスクを表している(下の図)。2030年には輸入量の約25%にあたる140万トンが不足し、2050年には約59%にあたる300万トンが不足しうるという。

(*配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51791)

 トウモロコシが不足するリスクについては中国の動向がカギを握りそうだ。

「中国ではトウモロコシの消費量は2008年以降、年6%のペースで急増してきました。中国政府は、都市部への人口流入抑制策などから、農業者に補助金をあたえてトウモロコシなどの農業を維持させてきたため、生産量も消費量も伸びてきたのです。ところがもはや持続可能な状況とはいえず、中国はトウモロコシの輸入を本格化する兆しを見せています」

 中国の人口は約14億人。自給から輸入に転じると世界状況が一変する。「トウモロコシの自給率が100%から80%に変わった場合、計算上は米国が輸出している分の80%が中国に取られるということになります」(山田氏)

 日本が米国に頼ってきたトウモロコシを他国に奪われたら・・・。報告書では、2050年に日本で必要なトウモロコシ輸入量1250万トンに対し、約17%の210万トンが不足しうるとする「悲観的シナリオ」の予測を示している(下の図)。


複合危機、北朝鮮、温暖化・・・有事のリスクも

 報告書では「リスク」を、過去や現状から合理的に推定される「平時」のものと、平時の需給の増減予測から明らかに乖離する「有事」のものに分けている。たとえば、上述した小麦の例はおもに「平時」のリスクに含まれるが、トウモロコシの例は輸入国である中国の政策転換を要因とする「有事」のリスクに含まれる。

 この「有事」のリスクを、報告書ではより詳しく「循環的リスク」「政治的リスク」「自然的リスク」に分けている。それぞれについて山田氏が説明する。

「循環的リスクとは、10年に一度くらいの経済サイクルで生じる食料危機のこと。このくらいのスパンで食料危機や、その要因の1つとなる金融危機が生じます」(山田氏)。

 実際、2008年には世界的な穀物価格高騰が起きたが、それまでに2006年のオーストラリアでの干ばつや投機マネーの急増、2007年のサブプライム住宅ローン危機の顕在化などの複合要因があったと、報告書は指摘する。

「政治的リスクとは、先ほどの中国の政策転換もそうですが、短期的あるいは突発的に起きる事象を指します」(同)。中国の食料輸入政策の転換のほかに山田氏が政治的リスクとして上げるのが、北朝鮮を含む東アジアでの紛争だ。

「東アジアで有事が起きたとき、東南アジアなどから輸入ルートが封鎖されて、砂糖の輸入が滞るような事態も想定されます。入手困難による値段の高騰も考えられます」

 もう1つ、「自然的リスクは、地球温暖化などが関与する長期的なリスクです」(同)。ただし、留意すべきは地球温暖化が進んだ場合、すべての国・地域が農業生産の面で“悪影響”を受けるわけではない、ということだ。

「高緯度の地域では温暖化が進むと凍土が溶けて、農業が可能な地帯が広がります。ロシアでは年間500万トンのトウモロコシ輸出国ですが、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が掲げる2050年時点の温暖化シナリオでは10倍の5000万トンを輸出できるようになります。輸入国が輸出国に転じるカナダなどの例もあります。一方、米国やブラジルなどは、水不足や害虫病の発生などにより生産効率が悪くなると予測されます」(同)


グローバル食料争奪時代、日本の取るべき針路は?

 今回の報告書は、世界全体で見れば今後の食料需給は深刻に逼迫することはないという予測を示した。だが、「食料争奪」の時代を迎えるともいう。さらに「有事」も想定しておかなければならない。

 未来の食料安全保障に向けて、日本はどのような「針路」をとるべきなのか。後篇で、引き続き報告書を見ながら、山田氏に話を聞くことにする。

(後篇へ続く)

筆者:漆原 次郎

JBpress

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