精神科のクスリは本当に「心」に効くのか

12月8日(金)9時15分 プレジデント社

はじめて精神科を受診した患者さんは、投薬の話になると一様に不安な表情を浮かべるといいます。本当に薬は必要なのでしょうか。国際医療福祉大学の原富英教授は、「脳の神経の働きの不調は、あせりという言葉で表現される」としたうえで、「とりあえずの薬物療法で、脳にゆっくり休んでもらうことが重要」と説明します——。

■精神科のお薬に対する患者さんの心配


精神科の治療は、一般に薬物療法、精神(心理)療法、環境療法の3つの柱を組み合わせつつ進められます。当然私も基本的にお薬を使います。しかし私は「心に効く薬」とか、反対に「薬に頼らずにうつを治す!」などといったタイトルの本を目にすると困った気分になります。



診断がついて、治療に移る時、お薬のことに触れ始めると、患者さんはほぼ一様に心配気な表情をされます。「ボケないでしょうか?」、「人が変わるのではないでしょうか?」、「一度眠ると当分起きないのではないでしょうか?」などの心配が多いようです。


私が思うに、心の問題によって生じている症状が、薬という化学物質で解決するかもしれないということに対する驚きや、人格まで変わるのではないかという警戒などがその心配の中心なのではないでしょうか。もしここがクリアできなければ、われわれは、薬物療法なしで、患者さんと回復を目指して、困難な長い旅に出ることになります。


■お薬は体のどこに効いているか?


さて胃の薬は胃という器官に、鎮痛剤は膝痛に対しては膝関節という器官に到達して効果を発揮します。その点ではこのような病気と薬の関係はシンプルでとても理解しやすいと言えます。では心(こころ)に効く薬はどこに(何という器官に)到達して働いているのでしょうか? 心に効くと喧伝する精神科の薬といえども化学物質ですから、身体のどこかでその効果を発揮しているはずです。


こう問いかけるのは、われわれの体の中には、心という臓器・器官は存在しないからです。



■「心」と「体」を巡る心脳問題


古代ギリシャ時代より心と体(脳)問題は、哲学・文学をふくめた当代の俊秀たちを魅了し、また苦しめたテーマでした。今でもはっきりとした答えが出たとは言えないのですが、大ざっぱには「心≫脳」「心≒脳」「心<脳」と考えてもいいかもしれません。つまり、心と脳はほとんど別物である。心とは脳のことである。脳の働きの一部が心である——という考えです。ここでは心脳問題には、これ以上深入りしません。



さて先ほどの答えは何でしょうか?


答えは、——「脳」に効いている(と考える)——です。


実際に薬物を投与する立場になると、脳の存在を無視して治療は始まりません。心というあいまいなものに効くといったスタンスでは、患者さんを混乱させ不安にさせるでしょう。この「脳」に効くお薬があなたの参った「心」を回復させるという理解しにくい関係を、何とか理解してもらうことが薬物療法の第一歩になります。


そこで私は、「あなたはさまざまな原因で、脳の神経の働きが不調になっていると考えられます。この薬はその不調を正常化する働きがあります。とりあえず疲れた脳を回復させましょう」


という「心≒脳」立場から説明をスタートし、処方を開始します。


この時は、「心」と言う言葉は棚上げにしておきます。


■「とりあえずの薬物療法」を開始する


精神科に相談にこられる患者さんの心理的・社会的問題は複雑に入りこみ過ぎており、最初から短期間で解決するのは不可能に近いことが大部分を占めます。またほとんどの患者さんは激しい「あせり」に巻き込まれています。


そこで私は長い臨床の経験から「脳の神経の働きの不調は、あせりという言葉で表現される」と確信するに至り、何とかゆとりへととりあえずお薬をすすめるのです。これを私は自称「とりあえずの薬物療法(臨床)」と呼んでいます。



■「ゆとり」を目指してはじめる


この「とりあえずの薬物療法」は、効果がなければいつでも変更できる、そう深刻に考えなくていい、心理的に患者さんを追い詰めることが少ない、などの利点があります。また患者さんがこの説明を理解し気軽に薬になじむことができれば、お薬が少量で済む印象があります。


私の経験からも、薬でゆっくり休んだ脳は、自身の問題点やその解決法を再発見する力を(時には目覚ましいほどに早く)回復させるようです。言い換えれば、薬は患者さんの自然治癒力を目覚めさせる・回復させる・発揮させるための道具として使用するとも言えるでしょう。


このような「ゆとり」を目指してはじめる「とりあえずの薬物療法」は、十分に意味のある治療だと自負しています。


次回は「薬のやめ時」についてお話します。


(本連載は隔週金曜日に掲載、次回は12月22日の予定です)


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原 富英(はら・とみひで)

国際医療福祉大学 福岡保健医療学部 精神医学教授。1952年佐賀県生まれ。九大法学部を卒業後、精神科医を志し久留米大学医学部を首席で卒業。九州大学病院神経科精神科で研修後、佐賀医科大学精神科助手・講師・その後佐賀県立病院好生館精神科部長を務め、2012年4月より現職。この間佐賀大学医学部臨床教授を併任。

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(国際医療福祉大学 福岡保健医療学部 精神医学教授 原 富英)

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