「ヘルメット無しでLUUP」はやっぱり自殺行為…自転車は「歩行者の仲間」という大誤解が生んだカオス

2024年12月9日(月)9時15分 プレジデント社

2人乗りLUUP - 筆者提供

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ヘルメットをかぶらずに自転車や電動キックボードに乗るのはなぜ危険なのか。自転車評論家の疋田智さんは「歩行者に比べると、衝突エネルギーがスピードに応じて等比級数的に大きくなるため、事故が起きるとぶつかった側にとっても、ぶつかられた側にとっても『凶器』となる。歩行者の仲間だと思っている人は考えを改めたほうがいい」という——。
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2人乗りLUUP - 筆者提供

■数々の「不幸中の幸い」で回復の一途


前回、高校1年生の長男が自転車で走行中に交通事故に遭ったことを報告した。全治2年(歯の再建含む)という大けがをしたが、ヘルメットをかぶっていたおかげで命が助かったという話だ。


前回記事:ベンツにはねられ、顔の下半分がグジャグジャに…自転車乗りの息子の命を救った「ヘルメットの奇跡」


事故後は「不幸中の幸い」が数々重なって、息子は回復途上にある。最近、仮歯(差し歯群)を入れたら見た目はまあまあ自然に近くなった。でも、発語障害と咀嚼力低下は残っている。


学校にも通えるようになり、少しずつ以前の日常を取り戻しつつあるところだ。お見舞いメールなどもたくさんいただき、励ましていただいた皆様に、息子ともども感謝したい。


写真=筆者提供
事故から約1カ月、息子(右)の日常は元に戻りつつある - 写真=筆者提供

■歩行者もヘルメットをかぶる時代?


さて、記事は色んなところに拡散されて、予想外のことが色々起きた。各地の小中学校や自動車教習所などから「この写真を使わせてくれないか」とのオファーが届いたし、ヘルメット装着率が全国最悪の大阪府(後述)議員からは、府議会で取り上げさせてほしいとの要請もあった。


しばらく会ってない友人から「大丈夫か、大変だったな」などと連絡が来たりもした。こちらとしては、ありがたい限りで「大丈夫だ、ヘルメットのおかげで脳が無事だったから」なんて話をするわけだが、そういう世間話の中でこんな冗談話が出てくる。


「物騒な世の中だからな、これからは歩行者もヘルメットをかぶらなきゃならんかな、わははは」なんて。


もちろん「歩行者にもヘルメット」なんてのは冗談に過ぎないが、でも、どうだろう。ふと思うのだが、なぜ自転車にはヘルメットが必要で、歩行者はヘルメットが要らないのだろうか。そこには理由がある。


■「自転車は歩行者の仲間」という大間違い


この「歩行者にもヘルメット」という考え方は、案外危険な話で、次のように使われたりもする。


「チャリンコにヘルメットなんて要るか? だったら、歩行者だって必要ってことになるじゃないか」


で、その人は結局それを言い訳にして自転車に乗る際にヘルメットをかぶらない。これに近いことを考えてる人も案外いそうだと、私は思っているんだが、こういう人たちが、圧倒的に誤解しているのは「自転車は歩行者の仲間」だと思い込んでいることだ。


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歩道でかぶる人、車道でかぶらない人、現状のところまちまちである - 写真=筆者提供

まずそこが違う。自転車はスピードが出るのだ。ママチャリであっても歩行者の3倍や4倍の速度が普通に出る。歩行者が約4km/hだから、そういう勘定になる。いや、それ以上だって楽々だ。


3倍? 4倍? その数値も実は甘いのだ。衝突時の運動エネルギーというものは質量×速度の二乗に比例するので、自転車の衝突エネルギーは、歩行者の9倍から16倍になるのである。


ここに自転車分の重量増が加わってくる。これは単純な物理の法則であって、ここに抗える人は誰もいない。


■死亡率の境界線「時速30km」


そしてもうひとつ、事故のダメージは「相対速度」で決まることだ。


ママチャリレベルの15km/h前後で、何かの移動体と衝突した際(ママチャリ同士であっても)、相対速度は十分30km/hに届く。


そして、その30km/hこそが有名な「死亡率が急騰する速度」なわけだ。歩行者とはここが違う。


出典=WHO「Speed management a road safety manual for decision-makers and practitioners」(2008)

ヘルメットをかぶるのは確かにちょっと面倒くさい。特に女性にとっては、髪型がつぶれてしまうので避けたい気持ちも理解できる。でも、今回の息子の事故で明らかになったように、命を守ってくれる。


そのデメリットとメリットを天秤にかけて、バランスがとれるのはどこだろうというのが、かぶるかぶらないの基準ラインとなってくるのだと思う。


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この人は天秤の結果「かぶる」という選択をした。何をかくそう筆者の妻 - 写真=筆者提供

■都会を爆走する命知らずのノーヘルたち


そして、多くの「自転車は歩行者カテゴリーだと思い込んでる人」は、そのかぶるかぶらないの基準ラインを自転車とモーターサイクルの間あたりにあると思ってる。


でも、違う。私などは歩行者と自転車の間だと思うし、多くの実証結果はそれを示しているのだ。


よく「自転車は走る凶器である」という言葉を聞くが、それは金属が堅くて痛いから、というのが主ではない。「自転車は速いから」「衝突エネルギーが大きいから」というのが基本で、それはぶつかられる側だけではなく、ぶつかる側にとってもそうなのだ。


都会の道路を爆走しているペダル付き電動原付バイク「モペッド」は、もちろんヘルメット着用が義務である。原付だから。ところが、実際にはノーヘルでナンバーすら付いていない違法モペッドがうじゃうじゃいる。違反も違反だが自分の命を危険にさらしているということを分かっているのだろうか。


写真=筆者提供
ノーヘル、ナンバーなし、2人乗りの満貫違法モペッドが環状六号線を爆走する。ぶつかったら2人ともただじゃすまない - 写真=筆者提供

また、最高速度20km/h(LUUP同士の相対速度は40km/hだ)のLUUPのユーザーも、現実として、CM以外ではだれひとりヘルメットをかぶっていない。これも明らかに危険、というよりもはや「法の不備」とすらいえるだろう。


■ヘルメット着用率は都道府県で雲泥の差


ご承知の通り、2023年から、日本でも自転車ヘルメットの装着は罰則なしの「努力義務」となった。


装着率はじわじわ上がってきているとは言うものの、全国平均でいまだに17%というところだ(2024年7月、警察庁調査)。ちなみに、1位は愛媛県の69.3%、最下位は大阪府の5.5%と都道府県によってかなり差は大きい。


警察庁「自転車乗車用ヘルメット着用率調査結果」より編集部作成

じつのことを言うと、この装着率は低いとも解釈できるが、案外高いともいえる。海外と比べてみよう。


たとえばオランダーやデンマークなどの自転車先進国においては、ヘルメットをかぶっている人はあんまりいない。自転車の走行スペースが完備していて、クルマとぶつかる可能性がきわめて低いからだ。かの国々では「自転車ヘルメットが必要なほど危険な道路は、インフラに問題がある」というのが常識となっている。


写真=筆者提供
デンマーク大使館でのブリーフィング。郊外の自転車専用道などでは、高齢者もヘルメットをかぶらない - 写真=筆者提供

■国がヘルメットを義務化した結果…


逆にオーストラリアやニュージーランドなどヘルメット装着率100%の国もある。これらの国は法律で装着が義務づけられており、かぶってないと即座に罰金(日本円で1万5000円程度)が徴収される。だから100%だ。


編集部撮影
オーストラリア・メルボルンの市街地。自転車専用レーンが整備され、ヘルメット率は極めて高い - 編集部撮影

一方、ネガティブな結果として、女性の自転車利用率が低くなったというデータもある。髪型の問題か、女性はヘルメットを嫌うものだから。


日本はどうだろう。


日本の「17%」というデータは、おそらく「チャリは歩きと一緒」だからかぶらない、という人が多いという表れだろう。それは日本だけが「自転車は歩道を走るのがスタンダード」としてきたことと無関係ではない。そして、同時に日本の自転車事故率が先進諸国の中で突出して高いという事実とも無関係ではない。


本来的に、自転車は車両であり、自他を守らねばならない移動体なのだ。私は「完全義務」として国家が強制するのはどうかと思うが、自分はかぶるし、息子にも娘にもかぶれという。


でも歩行中はかぶらないし、かぶれとも言わない。ちょっとでも考えてみたら分かる「当たり前のこと」だろう。


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疋田 智(ひきた・さとし)
自転車評論家
1966年生まれ。東京大学工学系大学院(都市工学)修了、博士(Ph.D.環境情報学)。大東文化大学社会学研究所客員研究員。学習院大学、東京サイクルデザイン専門学校等非常勤講師。毎日12kmの通勤に自転車を使う「自転車ツーキニスト」として、環境、健康に良く、経済的な自転車を社会に真に活かす施策を論じる。NPO法人自転車活用推進研究会理事。著書に『ものぐさ自転車の悦楽』(マガジンハウス)、『自転車の安全鉄則』(朝日新聞出版)など多数。
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(自転車評論家 疋田 智)

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