スバルとマツダ、アサヒとキリン…業界のライバル同士は、いかに異なる戦略をとって成長してきたか?
2024年12月4日(水)4時0分 JBpress
企業を取り巻く環境が激しく変わる現代において、経営者は「社会課題への対応」や「新規事業の創造」など、前例がないようなさまざまな課題に向き合っていくことが求められる。そのような「変化の時代」にあって、意思決定のよりどころとすべき本質とは何だろうか。本連載では『成果をあげる経営陣は「ここ」がぶれない 今こそ必要なドラッカーの教え』(國貞克則著/朝日新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。「マネジメントの父」と呼ばれる経営学の大家・ドラッカーの教えを元に、刻々と変わり続ける時代において、会社役員がなすべき役割や、考え方の軸について論じる。
第5回は、自動車業界のスバルとマツダ、ビール業界のアサヒ、キリンのPLとBSを例に、経営陣の意思決定が企業の未来をいかに決定づけるかを考える。
今日の会社役員の意思決定が明日の会社をつくる
図表3-4は自動車会社の株式会社SUBARU(かつての富士重工業、以下「スバル」) とマツダ株式会社(以下「マツダ」) の2008年3月期のPLとBSを、各部分の金額の大きさが図の大きさでわかるように作図したものです。
売上高で比較すると、当時のスバルの売上高はマツダの半分以下でした。
それが2024年3月期には図表3-5のようになっています。売上高はほぼ同じになり、BSの総資本はスバルの方が大きくなっています。本業の営業活動による利益を表している営業利益率はスバルの方がはるかによくなっています。
これは何が起こったのでしょうか。ドラッカーは「業績のカギは集中である*70」と言います。スバルはある時期から北米市場に集中しました。私も車が嫌いなわけではなく、「いつかはレガシー」などと思っていたこともありましたが、スバルのレガシーという車は何代か前から北米市場向けの図体の大きい車になってしまい、日本人には魅力の薄い車になりました。また、スバルは個性的な軽自動車を作っていましたが、その生産もやめてしまいました。しかし、北米市場に集中したことにより、売上と利益を極端に伸ばしたのです。
そこには間違いなく、経営陣の経営判断がありました。経営陣の経営判断が会社の未来の姿を変えていったのです。
*70『[新訳]創造する経営者』P・F・ドラッカー著、上田惇生訳、(ダイヤモンド社)の第1章
マツダはスバルほどには急成長していませんが、マツダも自動車業界において業績が良好な会社と言っていいでしょう。マツダは車好きな人向けのカッコイイ車に特化しました。日本で一番売れているカテゴリーであるミニバンの市場も捨てて、集中化戦略をとりました。
集中化戦略はリスクのある意思決定ですが、スバルもマツダも市場における自らの立ち位置を明確にすることによって成功しました。正に「業績のカギは集中である」ということであり、どこかで経営陣がそれを意思決定したのです。
次はビール業界を見てみましょう。下図(図表3-6)はアサヒグループホールディングス株式会社(以下「アサヒ」) とキリンホールディングス株式会社(以下「キリン」) の2008年12月期のPLとBSです。
売上高も総資本もキリンの方が大きいことがわかります。特にこの当時のキリンは、海外拡大・M&A*71拡大戦略をとっていました。日本の人口は将来減少していくことが明らかで、若い世代のビール離れも進んでいました。キリンは国内市場での成長戦略は描けないと判断し、海外の飲料メーカーをたくさん傘下に収めていました。
飲料だけではありません。キリンは傘下にキリンファーマという製薬会社を持っていましたが、いまはキリンファーマという会社はありません。協和発酵キリン(現在は協和キリン)という会社になりました。これは、キリンファーマの4倍くらいの売上高のあった協和発酵とキリンファーマが一緒になって協和発酵キリンという会社になると同時に、その協和発酵キリンの筆頭株主にキリンが就いたのです。
当時のキリンはこのような海外拡大・M&A拡大戦略をとっていたこともあり、BSの大きさが急拡大していた頃でした。
それが、2023年12月期には下図(図表3-7)のようになります。アサヒが急拡大していることがわかります。特にBSが飛躍的に大きくなっています。これは、その後アサヒが海外拡大・M&A拡大戦略をとったからです。
アサヒはビール業界世界最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブ社から、2016年に西欧のビール事業を買収し、2017年には中東欧5カ国(チェコ、ポーランド、ハンガリー、スロバキア、ルーマニア)のビール事業を買収し、そして2020年にはオーストラリア最大手のビール会社を買収しました。これらの買収により、アサヒの事業規模はグローバルに大きく拡大したのです。
アサヒとキリンの例を紹介したのは、M&A拡大戦略を推奨するためではありません。過去には、日本企業が海外で行った大型のM&Aが、その後失敗に終わった例もたくさんありました。M&A拡大戦略が良いとか悪いといった話ではありません。
ただ、言えることは、経営陣のある時点の意思決定が、企業の未来の姿を変えていくということです。
次はCSを見てみましょう。下図(図表3-8)はAMAZON.COM,INC.(以下「アマゾン」)・トヨタ自動車株式会社(以下「トヨタ」)・IBM(正しい会社名は INTERNATIONAL BUSINESSMACHINES CORPORATION、以下「IBM」)のCSの推移です。
キャッシュの使い方としてはアマゾンとトヨタはよく似ています。それは、稼ぎ出した今日のキャッシュのかなりの額を将来の投資に向けているということです。
まずは、トヨタのCSの5年計のところを見てください。営業キャッシュフロー17兆2019億円の約9割にあたる15兆103億円を投資に向けています。これが長期ビジョンで経営している日本の伝統的な優良企業のキャッシュの使い方です。特に製造業は最新の設備を導入し続けない限り競争優位性を維持できません。
しかし、読者のみなさんは「そんなことはどこの企業もやっていることだろう」と思われるかもしれません。しかし、現実はそうでもないのです。
IBMのCSの5年計のところを見てください。稼ぎ出した営業キャッシュフロー829億3100万ドルの約6割にあたる474億2200万ドルを財務キャッシュフローにあてています。この財務キャッシュフローの大半が、株主への配当と自己株式の取得です。
第4回で説明したように、自己株式を取得するとROEは上がり株価も上がります。つまり、稼ぎ出した営業キャッシュフローの約6割を株主のために使っているのです。欧米の企業は基本的に株主資本主義ですから、株主のために経営してるようなものなのです。
IBMが欧米流の優良企業のキャッシュの使い方、トヨタが日本流の伝統的な優良企業のキャッシュの使い方です。アマゾンは欧米の会社です。しかし、キャッシュの使い方はトヨタに似ています。キャッシュの使い方としては、アマゾンとトヨタはよく似ているのです。
お気づきになっているかもしれませんが、前ページの図表3-8はIBMだけが古い2018年までのデータを使っています。なぜ2018年までのデータを使ったかと言えば、IBMは2019年に3兆円を超える額のお金を投資してクラウド関連の会社を買収しており、その数字を加えるとIBMのキャッシュの使い方の傾向がよくわからなくなるからだったのです。
2019年のデータを加えたのが下図(図表3-9)です。IBMは2019年に例年とは全く額の異なる金額を投資にあてていることがわかります。これはクラウド関連の会社の買収のための投資キャッシュフローです。
このIBMが欧米流の企業経営の典型です。IBMは2004年に、“ThinkPad” の名前で知られていたコンピューター事業をレノボに売却して、プロダクトからソリューションへ大きく経営の舵かじを切りました。そしてまた2019年に、クラウドの分野へ企業の方向性を大きく転換したのです。そこには間違いなく、経営陣の大きな意思決定がありました。
ドラッカーは「今日の企業そのものが過去における資源の投入の結果である*72」と言います。そうなのです。企業の未来は明日つくられるものではありません。今日の経営陣の意思決定が、企業の未来をつくるのです。
*72『マネジメント 課題、責任、実践』P・F・ドラッカー著、上田惇生訳、(ダイヤモンド社)の第7章
<連載ラインアップ>
■第1回 「企業は社会の“器官”である」ドラッカーが指摘する、企業が果たすべき3つの役割とは?
■第2回 ドラッカーが説く、企業の「第一の責任」とは?経営者が財務会計を理解しなければならない本質的な理由
■第3回 なぜ「配当」の仕組みを知らなければ、資本主義社会における財務会計の意味を理解できないのか?
■第4回 なぜROICはWACCと比較しなければ無意味なのか?ドラッカーが指摘する「資本のコストに見合うだけの利益」とは?
■第5回 スバルとマツダ、アサヒとキリン…業界のライバル同士は、いかに異なる戦略をとって成長してきたか?(本稿)
■第6回 「自社の事業は何か」ドラッカーのシンプルな問いに答えることが、なぜ経営トップにとって極めて重要なのか?
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筆者:國貞 克則