韓国大統領は「過激派YouTuber」に影響された可能性…突如起きた「戒厳令」で日本が直面する最悪のシナリオ

2024年12月11日(水)8時15分 プレジデント社

イベントで演説する韓国の尹錫烈大統領(2024年5月27日撮影) - 写真提供=新華社/共同通信イメージズ

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12月3日の韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領による「非常戒厳」は一夜で解除されたものの、混乱は続いている。桜美林大学の塚本壮一教授は「場合によっては次期大統領選挙が前倒しで行われる可能性もある。日韓関係の悪化のほか、好ましくない余波が日本に及ぶことが考えられる」という——。
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イベントで演説する韓国の尹錫烈大統領(2024年5月27日撮影) - 写真提供=新華社/共同通信イメージズ

■収拾どころか混乱がいっそう増す韓国政治


韓国の尹錫悦大統領は12月3日、突如、「非常戒厳」を宣布し、国会に戒厳軍を出動させるという予想外の行動に打って出た。戒厳令は約6時間で解除されたものの、民主主義の価値を大統領みずから毀損するもので、韓国が受けたダメージは小さくない。


北朝鮮や中国の動向などアジアの安全保障をめぐる環境が厳しさを増す中、日米韓3カ国の連携への影響も不可避と見られ、日本は難しい対応を迫られることになりそうだ。


尹錫悦大統領の「非常戒厳」を受けた混乱は、収拾に向かうメドが立っていない。韓国国会に上程された尹大統領に対する弾劾決議案は保守系与党「国民の力」の反対で廃案となったものの、革新(進歩)系の最大野党「共に民主党」は再提出してあくまで可決させる構えだ。


同党の代表は前回の大統領選挙で尹錫悦氏に敗北した李在明(イ・ジェミョン)氏である。政府・与党は、尹大統領に外交を含む国政に関与させず、首相と党代表がいわば代行する方針を示したが、野党は、尹大統領による戒厳を許した首相への攻勢を強め、国会議長からも、大統領の権限を首相や与党が行使するのは違憲だとクギを刺されている。


与党は、尹大統領の弾劾賛成に一旦、傾いたものの、尹氏が7日になって陳謝した上で、今後について党に一任すると述べたことから、一転して反対に転じた経緯がある。


尹氏が罷免されれば次の大統領選挙で不利な戦いを余儀なくされるのは明らかで、それを避けるための時間稼ぎと批判されている。野党が攻勢を強め、世論の反発が一層強まれば、与党議員の造反で弾劾が成立しかねないという厳しい状況にある。


■戒厳令と過激派ユーチューバーとの関係


尹錫悦大統領に「非常戒厳」を建議したのは金龍顕(キム・ヨンヒョン)国防部長官(当時)だったが、どう考えても悪手としか言いようがない手段を尹大統領が選んだ理由ははっきりしない。


尹大統領は「非常戒厳」を宣言した談話の中で、野党が「内乱を画策する明らかな反国家的行為」を行っていると断じた上で、「北朝鮮の共産主義勢力の脅威から韓国を守り……悪徳な従北反国家勢力を一挙に粛清」すると言葉を強めていた。野党は北朝鮮の影響下にあり、このままでは国家が「体制転覆」されてしまうという認識である。


こうした過剰とも言える野党への敵視は、右派色の強いYouTubeチャンネルに尹大統領が影響を受けた結果だとメディアが一斉に報じ始めた。韓国では、既存のマスメディアへの不信から、YouTubeを活用して独自のチャンネルを持つ政治評論家などが多く存在する。チャンネル登録者数が100万人近いユーチューバーもいて、ビジネスという側面もあるのだろう。


尹大統領就任式に招待された極右YouTubeチャンネル

■陰謀論に染まっていた可能性


過激で、陰謀論を展開するようなものも少なくなく、4月の国会議員総選挙で野党が大勝すると、これらのユーチューバーらはそろって不正選挙を主張していた。そうした陰謀論に、あろうことか、尹大統領が染まっていたと指摘されているのである。


今回、戒厳軍は国会とともに、中央選挙管理委員会の庁舎にも出動していたが、金龍顕国防部長官は、不正選挙疑惑の捜査の可否を判断するためだったと説明している。2022年5月の大統領就任式では、右派系の人気ユーチューバーも招待されていた。


大統領就任演説で尹錫悦氏は、「自由と人権の価値に基づく普遍的な国際規範を積極的に支持」するとともに、「グローバルリーダー国家」として国際社会での役割を担っていく意欲を明らかにしていた。


就任直後には、歴代大統領が居住し、執務を行ってきた大統領府を別の場所に移し、「帝王的大統領」からの決別を国民に約束した。その尹錫悦大統領は任期半ばで視野狭窄としか言いようがない情勢判断に陥り、国際規範にまったくそぐわない戒厳令を独裁者のごとく振り回したということになる。


■「民主主義国家」の評価は低下へ


尹錫悦大統領が「非常戒厳」を宣布したあと、与野を問わず議員らが国会議事堂に集結し、戒厳の解除を求める決議案を全員一致で可決したことから、日本では韓国の民主主義の堅固さを評価する声もある。確かに、国会周辺に大勢の市民が集まって抗議の声を上げるなど、印象的な光景が展開された。


しかし、戒厳令という異例の事態に、韓国の民主主義に対する評価の低下は避けられそうにない。


世界各国・地域の民主主義の指数を発表しているV-Dem(Varieties of Democracy)研究所は、2024年3月に発表したリポートの中で韓国について、自由民主主義指数(LDI)のランキングで前年の28位から47位に下落したとした上で(日本は30位)、その理由として、尹錫悦政権下で「文在寅(ムン・ジェイン)政権期の閣僚らを処罰する強圧的な措置」や「男女平等に対する攻撃」が行われたことを挙げている。


韓国は依然として自由民主主義国家のカテゴリーにあるとしながらも、民主化のあと間もなく権威主義化へと転換する「ベル・ターン」の現象が見られるとしている。


このリポートについては、韓国メディアの一部から「基本的な事実関係の調査に誤りがある」などといった批判もあるが、広く用いられている国際的な民主主義指標で韓国がそのように位置づけられていることも事実である。2025年のリポートでは、今回の「非常戒厳」を受け、指数のさらなる下落は避けられないだろう。


■「ひどく判断を誤った」


尹錫悦大統領の唐突な戒厳令は、米韓や日米韓3カ国の連携に影響を及ぼそうとしている。アメリカ政府高官から一斉に厳しい批判が出ており、ブリンケン国務長官は尹大統領が戒厳令を出した意図はわからないと述べ、サリバン国家安全保障担当大統領補佐官も「ほかの国々と同様、テレビで知った」と明らかにした上で「深い懸念」を表明した。


特にキャンベル国務副長官は、「尹大統領はひどく判断を誤ったと思う」と直裁に批判した上で、「かつての戒厳令の記憶は、深く、否定的な響きを残している」と指摘し、44年前となる前回の戒厳令は大勢の市民に犠牲者をもたらした「光州事件」に繋がったことを想起させようとした。


「非常戒厳」のあと、米韓両政府は、ワシントンで開催を予定していた「核協議グループ(NCG)」の会合を延期したと報じられている。日韓の間でも、12月に予定されていた中谷防衛大臣の韓国訪問と日韓議員連盟の会長の菅元総理大臣の訪韓がそれぞれ延期された。日米韓3カ国の協力に実際上の影響が出始めているのである。


日米韓3カ国は2023年8月、米キャンプ・デービッドで首脳会談を行って3つの成果文書で合意し、三カ国の協力の制度化が図られた。


2024年11月の日米韓首脳会談では、協力の強化に向け、事務局組織を設置することでも合意している。トランプ次期政権発足後も制度的に協力を進めようという狙いである。その矢先に尹大統領が日米韓の連携強化に水を差す形となった。先のキャンベル副長官の厳しい発言は、その文脈から理解することができる。


■次期大統領がもたらす影響


2025年1月、アメリカは2期目となるトランプ政権がスタートする。政権移行チームが米朝首脳会談を検討していると伝えられるなど、日韓にとって不安材料もある。


本来であれば、日韓両国が連携を一層確かにしつつ、トランプ新政権が暴走しないよう、ともに働きかけを進めていくべきところであった。ところが、尹錫悦政権は弱体化が避けられず、場合によっては次期大統領選挙が前倒しで行われる可能性もある。


韓国の次期大統領選挙では、尹錫悦大統領への厳しい批判から、保守から革新(進歩)に政権交代となる可能性が大きいと考えざるを得ないだろう。


その場合、野党の「共に民主党」が尹大統領に対する弾劾決議案の中で、「北朝鮮と中国、ロシアを敵対視し、日本中心の奇異な外交政策に固執」したなどと批判したことを勘案するまでもなく、新政権の外交は大きく変わることになりそうだ。


尹大統領が岸田総理大臣との間で大きく進めた関係改善の流れを受け継いでくれると期待するわけにいかないだけでなく、日本に厳しい姿勢で臨んでくることを覚悟しなければならない。


いわゆる徴用工の問題や、東京電力福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出などを巡って日本への批判を繰り返してきた李在明氏が大統領になれば、なおさら警戒すべきだということになるのかもしれない。


■考えられる最悪のシナリオ


韓国で革新政権が復帰したときに起きうる最悪のシナリオは、日本の外交的な立場が弱まることである。


韓国が日本との連携の必要性を感じず、例えば中国との関係改善を一方的に進めた場合、少しずつ改善の兆しを見せ始めている日中関係に影響が及ばないとも限らない。中国との関係を維持できなければ、アメリカをはじめとする国際社会、とりわけ、中国からの圧迫を受ける東南アジア諸国がどう見るかも懸念される。


であるからこそ、日本としては、革新の新政権とも丁寧に付き合う必要がある。それは、日韓が協力しなければトランプ新政権を合理的なアジア政策に導き出せないからにほかならない。ほかに選択肢がないのである。


他方、日本に好材料がないわけでもない。李在明氏はポピュリスト政治家ではあるが、中国や北朝鮮などへの思い入れがあるわけではないと指摘される。また、文在寅政権期と異なり、新政権が革新であっても南北関係の進展を過度に警戒する必要もなさそうだ。幸か不幸か、ここに来て北朝鮮が韓国を敵国と位置づけるようになり、現時点で南北関係が進展する気配はない。


■対トランプ政権にどう立ち向かうのか


さらに、そうした北朝鮮の姿勢もあって、韓国国民の北朝鮮へのシンパシーが消えつつあるのは、世論調査の結果から明らかである。共に民主党の一部議員から「統一不要論」、「2つの国家論」が出始めたほどである。


もちろん、尹錫悦大統領のように積極的に日本との関係を進めてくれる指導者は、仮に新大統領が保守であっても期待できないかもしれない。


とはいえ、日本を重視する指導者の再来をただ待つわけにいかない。厳しさを増すアジアの安全保障状況を考えるならば、我慢強く韓国側に働きかけてまずは日韓の足元を固め、ともにトランプ政権と向きあう必要がある。


相手国の指導者の個人的な資質や傾向に左右されることなく、合理的な外交を展開できる仕組みを形づくっていくべきである。これまでになく能動的、主体的な取り組みが求められるのはいうまでもないだろう。


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塚本 壮一(つかもと・そういち)
桜美林大学教授
1965年京都府生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科を卒業後、NHKに入局。報道局国際部の記者・副部長として朝鮮半島の取材・デスク業務に携わり、2002年の小泉首相訪朝など北朝鮮・平壌取材にもあたった。2004年から2008年まで北京に駐在し、北朝鮮の核問題をめぐる六者会合や日朝協議で北朝鮮代表団の取材を担当。2012年から2015年まではソウル支局長として、李明博・朴槿恵両政権下で悪化した日韓関係や、旅客船セウォル号事故などを取材した。ニュース「おはよう日本」の編集責任者、解説委員を務め、2019年に退局後、現職。
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(桜美林大学教授 塚本 壮一)

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