かつての「高級住宅地」でも世代交代が起きる…2030年頃に中古戸建の流通量増加が見込まれる"東急線の駅名"
2024年12月17日(火)6時15分 プレジデント社
復元された田園調布駅の旧駅舎=東京都大田区 - 写真=時事通信フォト
※本稿は、野澤千絵『2030-2040年 日本の土地と住宅』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
写真=時事通信フォト
復元された田園調布駅の旧駅舎=東京都大田区 - 写真=時事通信フォト
■中古戸建住宅の流通が増えるのは2030年頃
中古戸建の流通増の予測を見ていきましょう。
図表1と図表2に、1都3県において中古戸建の流通量増加が見込まれる、駅から徒歩圏エリアの分布について、2030年と2040年のマップを示します。
出所=『2030-2040年 日本の土地と住宅』
出所=『2030-2040年 日本の土地と住宅』
これを見ると、中古戸建(あるいは解体後の土地)の流通増が見込まれる町丁目の数は、2040年よりも2030年の方が多くなっていることがわかります。
中古戸建については、2030年に流通増が見込まれることから、これ以降、2030年の推計データを使用して、駅ごとに、徒歩圏(800m)で流通見込みの中古戸建の戸数を算出し、ランキングやマップを作成しました。これをもとに、どのような街で中古戸建の流通量が増加するのか、エリア別に見ていきましょう。なお、都心3区は戸建住宅が少ないため、ここでは対象外としました。
■西大井駅、中延駅、西小山駅、荏原中延駅…
城南エリア(品川区・大田区・目黒区・世田谷区)
城南エリア(品川区・大田区・目黒区・世田谷区)で主要4駅(東京駅・渋谷駅・新宿駅・池袋駅)のいずれかから30分圏内にある駅のうち、2030年頃に流通する見込みの中古戸建の戸数が多い駅を見ると、JR西大井駅以外は全て東急線沿線となっています(図表3)。具体的には、東急大井町線では中延駅・戸越公園駅・旗の台駅・荏原町駅、東急目黒線では西小山駅・奥沢駅・洗足駅、東急池上線では荏原中延駅・久が原駅です。
出所=『2030-2040年 日本の土地と住宅』
■奥沢駅〜田園調布駅周辺で目立つ傾向
マップ(図表4)を見ると、特に東急目黒線の奥沢駅〜東急東横線の田園調布駅周辺に流通見込みの中古戸建の戸数が顕著にまとまったところが多いことがわかります。このエリアは、区画道路がグリッド状に整備されており、緑が多くゆとりのある良好な住環境の街です。すぐ近くの自由が丘には、おしゃれなお店やスーパー、飲食店があります。近年、奥沢エリアには、自由が丘のテナント賃料が高いこともあり、個性的なお店や飲食店がこのエリアに出店するケースが増えています。
出所=『2030-2040年 日本の土地と住宅』
驚くことに、2030年頃に流通見込みの中古戸建の戸数が顕著に多いエリアは、戦前に宅地開発が始まったところとぴったり重なっているのです。
少し田園調布の歴史をひもといてみましょう。
田園調布は、渋沢栄一が、大正時代、田園都市株式会社を設立したことから始まります。渋沢栄一と言えば、東急株式会社の礎を築き、2024年7月に発行された新1万円札の顔となっている人物です。田園都市株式会社は、東急電鉄の前身である目黒蒲田電鉄株式会社を設立して、目蒲線や東横線を開通させるとともに、その沿線住宅地開発を進めた、鉄道会社による沿線開発の先駆け的な存在でした。
■関東大震災により郊外住宅地の評価が高まった
田園調布の住宅地開発については、当時、イギリスの経済学者エベネザー・ハワードが提唱した「田園都市論」を参考に「多摩川台住宅地」という名前で開発が進められました。1923年9月、関東大震災が発生しましたが、このエリアに建てられた住宅に被害がなかったということで、郊外住宅地の評価が高まり、都心から郊外への移転が加速していきました。
こうして多摩川台住宅地の開発が進められていく中で、その周辺(現在の田園調布1丁目・5丁目・田園調布本町など)も、別途、地主などによって宅地開発が進められていきました。田園調布地区に隣接する奥沢地区(世田谷区)でも、田園都市株式会社による農地買収から地区を守り、かつ、近隣の都市化に後れをとってはいけないと、大正15(1926)年に「玉川全円耕地整理組合」が設立され、宅地造成が進められました。その先陣を切って宅地造成に着手し、竣工(1931年)したのが、マップ(図表4)で濃いグレーとなっている田園調布駅と奥沢駅の間あたりです。
こうした住宅地開発の歴史から計算すると、田園調布駅〜奥沢駅のエリアは、2030年時点で、入居開始から100年以上経過することになります。要するに、開発当初に入居した世代を第1世代とすれば、その第1世代が他界し、相続で引き継いだ、あるいは購入した第2世代が、2030年頃に平均寿命を迎えることになると読み解けます。
■街の世代交代に備えることが求められる
実際に奥沢駅〜田園調布駅を歩いてみると、かつて高級住宅地として名高かった地域にも、すでに空き家になっている家がかなり目につきます。数年前の状況と比べても明らかに空き家が増えているように思います。駅からすぐの立地だったり、マンション建設が可能な場所にあるお屋敷が空き家になっています。しかも長期間放置されていることが一目瞭然の状態です。
野澤千絵『2030-2040年 日本の土地と住宅』(中公新書ラクレ)
奥沢駅や田園調布駅周辺は、都心エリアには及ばないものの、東急目黒線が都営三田線や東京メトロ南北線と相互に乗り入れて都心方面につながり、また、東急新横浜線が開業して東海道新幹線の新横浜駅にもつながるなど、交通の利便性が高い地域だと言えます。ゆとりある住環境の戸建住宅に住みたいという人にとっては、注目のエリアだと思います。
100年ほど前、関東大震災という東京都心を直撃した不慮の災害があったため、郊外住宅地への評価が急速に高まりました。長期的な視点で見ると、今後、首都直下地震などの災害リスクの高まりや発生によって、もしかしたら、再び郊外住宅地の評価される時代が到来するかもしれません。それに向けて、こうした利便性が高く、かつ大量に相続の発生が見込まれるエリアについては、自治体も重点的に空き家にしないための政策を展開し、街の世代交代に備えることが求められます。
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野澤 千絵(のざわ・ちえ)
明治大学政治経済学部教授
兵庫県生まれ。大阪大学大学院工学研究科修士課程修了後、民間企業にて開発計画業務等に従事。その後、東京大学大学院都市工学専攻に入学。2002年博士(工学)取得。東京大学先端科学技術研究センター特任助手、東洋大学理工学部建築学科教授等を経て、2020年度より現職。専門は都市政策・住宅政策。2024年現在、日本都市計画学会理事、公益財団法人 都市計画協会理事。国・自治体の都市政策・住宅政策に関わる多数の委員を務める。主な著書に『老いる家 崩れる街 住宅過剰社会の末路』(講談社現代新書)、共著で『都市計画の構造転換』(鹿島出版会)、『人口減少時代の再開発 「沈む街」と「浮かぶ街」』(NHK出版新書)などがある。
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(明治大学政治経済学部教授 野澤 千絵)