スカイマークの新しいコピーが地味すぎる理由

12月20日(金)9時15分 プレジデント社

スカイマークの新しいコピーを打ち出したポスター(画像提供=スカイマーク)

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ANA、JALに次ぐ国内3位の航空会社スカイマーク。3年連続の増収増益で、2020年には再上場を予定している。今年10月には企業メッセージなどを刷新したが、これが「地味すぎる」と話題になっている。なぜ「第3極」として強い主張を打ち出さなかったのか——。

■なぜ、こんなに地味でおとなしい広告なのか


「確かに地味すぎるかもしれません……」




スカイマークの新しいコピーを打ち出したポスター(画像提供=スカイマーク)

会議室の大きな窓から、羽田空港の滑走路を離陸していく飛行機が見える。スカイマーク本社の応接室で、市江正彦社長はそう答えた。


壁面にはポスターが貼ってある。ブルーのシャツを着た女性の後ろ姿と青い空に、「YOUR WING.」というコピーが白色で太書きされている。このポスターは、今年11月、スカイマークがブランド刷新のために新しく発表したものだ。


解き放たれる自由、若さ、伸びやかさなどが連想されるが、強い印象を残すものではない。「YOUR WING.」というコピーにも刺激は感じられない。なぜ、こんなに地味でおとなしい広告なのだろう——。


そんな疑問をぶつけたところ、市江社長は困ったような表情を浮かべた。


■3年連続で増収増益、2020年に再上場の予定だが…


スカイマークは2015年1月に経営破綻し、同年9月から新しい経営陣のもとで経営再建を行っている。3年連続で増収増益を続け、さらに定時運航率は2年連続で1位、日本生産性本部が行った2018年の顧客満足度調査では航空会社国内線部門で2位につけた。2020年の再上場を目指し、この10月には東証へ上場申請を済ませている。


スカイマークでは2017年から毎年1回、定例の記者会見を開いている。事業進捗や経営状況などを説明するもので、私は初回から参加している。



撮影=プレジデントオンライン編集部
スカイマークの市江正彦社長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

今年10月、3回目となる記者会見で、市江氏は11月に国際線を再開すると発表。さらに、新しいブランド戦略と「クレド」をお披露目した。クレドとは日本語で「信条」と訳される。企業の社員が心がけるべき行動指針のことだ。


市江氏が読み上げた5つのクレドは以下の通りだ。


1.日本一のバトンワーク

2.すぐ伝える、正しく伝える

3.その場のベストを考え抜く

4.まずは「いいね!」いつも「ありがとう!」

5.たくさんの人生を彩る誇り

市江氏は、この新ブランドとクレドの策定に1500人を超える社員が参加し、社員たちが自ら選んだものであることを強調した。その説明を聞きながら、ひとつの疑問がもたげた。



■トップダウン型だった組織で、そんな取り組みができるのか


経営破綻するまで、スカイマークを「第3極の航空会社」として成長させてきた西久保慎一社長はトップダウン型の経営者だった。そこで徹底されたのは、サービスを最低限に絞り込み、コストを下げることで低価格を実現することだった。そんな西久保体制では、社長の指示は絶対だった。


スカイマークの企業再生が始まって4年がたつ。破綻時には1900人だった社員数は、現在は2500人に増えた。2018年からは新卒採用も再開した。だが、運行の中枢を担うのは破綻前からの社員たちだ。


今回の新ブランドとクレドは、「社員たちが自ら選んだ」という。トップダウン型の染みついた組織で、そんなボトムアップ型の取り組みが本当にできるのだろうか。スカイマークは一体何を狙っているのか。こうして記者会見の2週間後、市江氏にインタビューを行った結果が冒頭の言葉だった。


■行動指針を自分たち決めるとは、高校の生徒会のよう


市江氏は、新しいコピーやポスターが「地味すぎるかもしれない」と述べ、さらに自身が内心気に入っていた候補とも違っていたのだと打ち明けた。そこまでして、なぜ経営の根本に関わるブランド戦略やクレドを社員に決めさせたのか。




スカイマークの新しいコピーを打ち出したポスター(画像提供=スカイマーク)

クレド(行動指針)の最大のメリットは社員の意識改革だといわれる。だが、自分たちの行動指針を社員が決めるというのは、高校の生徒会のように思えなくもない。


担当者の説明によると、ブランディングやクレドの策定のために、今年1月、社内にプロジェクトチームが発足。社長をトップにおよそ10人ほどの幹部が委員となった。そのうえで全社から集められた社員80人の「ブランドキャプテン」が各部署の意見を持ち寄り、さらに全社員アンケートも実施した。最終的には丸2日間、経営側の委員10人と社員側のブランドキャプテン80人のあわせて約90人が大会議室に集まって議論を重ねた。チーム発足から意見集約までにかかった期間はおよそ10カ月。会社としてはかなりのコストをかけたと言っていいだろう。


執行役員の田上馨さん(46)は10人の委員の1人だ。大学卒業後、ゲームメーカーの営業を経て2001年、創業5年のスカイマークに転職し、西久保体制も経験している。社員がクレドを策定する意義を田上さんはこう説明した。


「自分たちが誇れるものは何だろうという問題意識は社員の間にありました。いい仕事をしている自負はあるのに、スカイマークの強みを明言できないもどかしさ。そして自分たちの会社をどうしたいかを考える機会もこれまでになかったと思います。今回、ブランディングやクレドをボトムアップで策定するのは、プロセスでいろんな意見を出し合うことに意味がある。それは幹部ミーティングで一致した意見でした」



■「こんなことをする意味がない。時間の無駄」


「何をどうすればいいのか、初めはさっぱりわかりませんでした」


口をそろえたのは、社員側を代表するブランドキャプテンの5人だ。5人はランプ管理課、運行乗員部、客室乗務推進部、運航乗員部、品質保証部と社歴も年次も異なる。共通点は全員が経営破綻の前からスカイマークで働いていることだ。


ブランドキャプテンは現場のリーダーとして、それぞれの社員が会社や仕事についてどんなことを考え、何を大事にしたいのかを聞かなければいけない。ランプ部門の打田貴仁さん(26)は、部署で最年少だった。先輩たちとの議論について、こう振り返る。



撮影=三宅玲子
取材に応じた「ブランドキャプテン」の5人 - 撮影=三宅玲子

「自分たちがどんな会社にしたいのか議論をした上で、どんな形に落としこまれるのか、そこに興味がありました。ですので、ぜひやりたいと思いました」


だがスカイマークに労働組合はない。リーダーたちは現場からは経営側から差し向けられた手先のように受け止められる可能性もある。


実際、手痛い反応があったと言うのは、品質保証部の高桑裕美さん(36)だ。


「私は航空機の整備をする技術職のバックヤード業務の仕事をしていまして、ワークショップでは整備の方たちと一緒に議論をしました。最初は『こんなことをする意味がない。時間の無駄』と、一部の人から強く反発する意見が出されました」


■「いまさら会社を変えようなんて」とネガティブな意見も


客室乗務員を取りまとめた客室業務推進部の今井隆輔さん(38)は、破綻前から勤務する社員と新人のギャップが明るみに出たと振り返った。


「古い社員からは『いまさら会社を変えようなんて』とネガティブな意見がたくさん出ました。新人社員が驚いたほどです」


一方、パイロットの中尾立人さん(32)は、ワークショップが仕事で大切にしたいことを同僚と確かめ合う場となったと感じていた。


「パイロットの仕事は安全、快適、定時、経済の4つを守ることが基本です。それらを守ったうえで、お客さまによってはつらい気持ちで搭乗した方もいれば、ワクワクしながら乗っている方もいる、そんなひとりひとりのお客さまの思いを少しでも汲み取ることを大切にしているということが同僚との対話の中でわかりました。それは話してみて初めて分かち合えた思いでした」


最初はギクシャクしていたが、次第にどの部署でも前向きに議論が回り出したようだ。それにはスカイマークの特徴が影響している。スカイマークは「スカイマークが好き」な社員が多いのだ。



■スカイマークと大手2社との「決定的な違い」


そもそも航空業界を目指す人の多くは大手2社を志望する。スカイマーク社員の中には、大手2社をはじめ他社の試験で結果が出なかった人や、大手2社の子会社からスカイマークに転職した人が少なくない。


スカイマークは大手2社とまったく違う。社員数は2500人。連結でJALが約3万4000人、ANAが約4万3500人の社員がいるのに比べるとグッと小さい。また、JALやANAと異なり、子会社や関連会社がないため、運航業務は基本的に自社社員が行っている。はやりの言葉になぞらえれば「ワンチーム」を意識しやすいのだ。


さらに組織全体が若い。正社員の平均年齢は33.1歳。大手2社は、ANAの平均年齢が37.50歳(2019年、人事関連データ)、JALは40.1歳(2018年、有価証券報告書)だ。


航空会社は客室乗務員やカウンター業務のような直接乗客と接する部門もあれば、貨物、ランプといった運輸業務、航空業務を裏から支える事務方など、同じ会社でありながら部門ごとに専門性は異なる。再建中のスカイマークが安全運航を守りつつ同時に定時運航を目指すにあたり、親会社と子会社という分断のない組織だったことは、チームワークでの目標達成にプラスの影響があったはずだ。


小さく若い組織で、全員が平等。そうしたフラットな企業風土について、多くの社員は入社してしばらくたってから気づき、「スカイマークが好き」になるようだ。


■「たくさんの人生を彩る誇り」を入れたい


9月末、クレドを策定する全体ミーティングが行われた。事前に事務局が社員から出てきたクレド案を精査し、15の候補を用意。そこから4つに絞り込むことになり、挙手が行われた。


4つのクレドに決まろうとしていたところへ、運航乗員部の西川侑希さん(31)が異議を唱えた。「たくさんの人生を彩る誇り」を入れたいと強く希望したのだ。西川さんの所属する運航乗員部の仕事はパイロットの人員配置や運航スケジュールの管理で、コンピューターを使うデスクワークだ。西川さんはバックヤードで働く社員の思いを次のように代弁した。


「航空会社といっても私たちの仕事は直接お客さまと接することがありませんので、先に決まろうとしていた4つのクレドは、私たちの業務に直結するとは言い難かったです。だけど私たちも飛行機を飛ばす仕事に関わっている、その仕事の自覚と働く誇りを思い出させてくれる言葉が欲しいと思ったんです」


再投票では「たくさんの人生を彩る誇り」に多くの票が集まり、最終的にひとつ項目を増やして5つの言葉からなるクレドが完成した。


「航空旅客業に携わる全ての人の思いが凝縮された言葉だと思います」


パイロットの中尾さんが言い添えた。



■「航空業のマネジメントはボトムアップが合っている」


11月から全社員が小さなリーフレットのクレドを携帯しているが、同僚の評価はまちまちだ。自分たちの議論がこのような形に集約したことを「いいね!」と喜ぶ声も、「なんだかよくわからないな」と冷めた声もある。


「自分たちがクレドの意義を伝える役割を果たしていかないと」


5人は、クレドの策定に関わった責任をクレドの定着に向けて果たしていくつもりだという。すっきりとした表情にはクレドの策定プロセスで得た発見や理解への自信が見えた。


そんな彼らの様子に、市江氏がインタビューで強調した次の言葉が思い出された。


「航空業のマネジメントはトップダウンではなくボトムアップが合っています。安全運航のためには上からの指示に従うのではなく、自分で考えて行動する自立性が最も重要です。今回の選択や手法に批判があることは承知しています。しかし広告もクレドも万人の評価が得られることはありません。今回いちばん大事だったのは、社員が自分たちで自分たちの会社のことを決めたということなんです」



撮影=プレジデントオンライン編集部
スカイマークの市江正彦社長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■茨城空港や神戸空港に「空の旅」という選択肢を増やした


再上場は目前となった。


スカイマークが第3極としてさらに力をつければ、私たちの移動手段の選択肢は確実に広がる。すでに成果は目に見える形で現れている。例えば茨城空港や神戸空港のように大手2社が力を入れていない地域に、「空の旅」という選択肢を増やしたのはスカイマークの成果である。そうした動きを広げるうえで、社員の自立性は重要なエンジンとなる。


一方、市江氏は同社の株主である日本政策投資銀行出身で、会長の佐山展生氏は筆頭株主インテグラルの代表取締役社長である。二人とも上場後にスカイマークが自立すればいずれかのタイミングで経営から離れていくだろう。


そのとき自立型集団であるためには、外部のプロ経営者に頼むのではなく、スカイマーク生え抜きの社長が登場したほうがいい。ボトムアップ型の意思決定は、そのためのトレーニングだったともいえそうだ。


できあがった広告は地味だった。しかしそれを絞り出していくプロセスは、少なくとも社員のマインドセットを変えたようだ。今回のポスターを見た目だけで判断しないほうがよさそうだ。



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三宅 玲子(みやけ・れいこ)

ノンフィクションライター

1967年熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜2014年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクト「BilionBeats」運営。

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(ノンフィクションライター 三宅 玲子)

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