埼玉医科大学の研究グループが過分化メラノーマ細胞の免疫学的特徴を解明 ― より手堅いメラノーマの治療法開発に向けて

2024年12月20日(金)8時5分 Digital PR Platform




埼玉医科大学医学部の安藤優希枝さん(医学部6年、研究医養成プログラム履修生(微生物学))、堀内大講師(微生物学)、村上孝教授(同)らの研究グループはこのたび、免疫学的特徴が解析可能な新しいメラノーマのフェノタイプ スイッチモデルを樹立した。この研究成果は、国際学術誌 『OncoImmunology』に掲載され、2024年12月8日にオンライン公開されている。




 研究グループは、殺細胞剤スタウロスポリンの低用量曝露によってメラノーマ(注1)細胞が過分化状態に変化(フェノタイプ スイッチ)し、細胞死を回避すること(細胞死抵抗性)を見出だした。さらに過分化メラノーマ細胞はリンパ球の攻撃にも抵抗性を示すものの、免疫チェックポイント分子のはたらきを阻害することで、免疫学的排除が可能になることを明らかにした。
 今回の研究で樹立した過分化メラノーマモデルは、難治性メラノーマの治療抵抗性機序の解明や新規治療法開発に役立つことが期待される。

■背景
 メラノーマは代表的な難治性皮膚悪性腫瘍として知られる。分子標的療法や免疫療法など有効な治療法の開発が進む一方、治療抵抗性を容易に獲得することが治療上の大きな問題となっている。
 近年、メラノーマの治療抵抗性獲得の第一段階として、フェノタイプ スイッチと呼ばれる現象が注目されている。これは、抗がん治療などによってダメージを受けつつも細胞死に至らなかったメラノーマ細胞が、自身の分化状態(注2)を変化させる現象を指す。このように変化したメラノーマ細胞は、薬剤や免疫応答による傷害を受けにくい状態となって、抗がん治療を耐えて生存できるようになる。その結果、将来の臨床的再発や薬剤耐性変異の獲得がもたらされると考えられている。
 メラノーマのフェノタイプ スイッチに関する研究は、分子標的阻害薬に曝露したヒトメラノーマ細胞を免疫不全マウスに異種移植(注3)して進められた研究がほとんどを占める。免疫不全マウスが用いられてきた背景として、ヒト細胞の移植に対して免疫応答が生じず、拒絶反応が起らないことが活かされている。翻ってこのことは、免疫不全マウスを用いた研究では、メラノーマ細胞に対する免疫応答を検討することができなかったことを意味する。
 今回、安藤さんらの研究グループは、免疫が健全なマウスを用いたモデルを採用し、フェノタイプ スイッチを起こしたメラノーマ細胞における免疫学的な特徴をはじめて明らかにすることができた。

■研究手法
 研究グループは、一般的なマウスメラノーマ細胞株であるB16F10に、放線菌由来の殺細胞性化合物であるスタウロスポリン(注4)を低用量で曝露すると、ほとんどの細胞が細胞死に至るものの、わずかに生存した細胞はメラノサイト分化関連分子が高発現した「過分化状態」となることを見出した。この過分化メラノーマ細胞は、細胞周期の停止、細胞死抵抗性の亢進など、ヒト臨床メラノーマでの治療抵抗性過分化細胞と相同の性質を有していた。そこで、この細胞を用いて過分化メラノーマが免疫学的に排除可能かどうか、完全に機能する免疫系をもつ同種移植モデルマウスを用いて検討を進めた。

■研究成果
 過分化状態のB16F10メラノーマ細胞は通常の状態と比較して、マクロファージや樹状細胞から貪食を受けやすくなっており、加えて、これら貪食細胞の活性化を促した。また、過分化メラノーマ細胞をマウスに接種すると腫瘍細胞由来抗原に特異的に反応するリンパ球の活性化が確認された。
 しかし、通常状態と比較して過分化状態のメラノーマ細胞は、抗原特異的活性化リンパ球による細胞傷害を受けづらくなっていることが確認された。このことは、過分化状態のメラノーマ細胞が腫瘍抗原に対する免疫応答を誘導できる高い免疫原性を持っているにもかかわらず、免疫学的排除に対しては強い抵抗性を持っていることを示している。
 この免疫回避のメカニズムを明らかにすべく、過分化メラノーマ細胞表面の免疫関連分子の発現を解析すると、免疫チェックポイント分子(注5)PD-L1を強く発現していることが判明した。そこで、過分化メラノーマ細胞を移植したマウスモデルを作製し、そこに免疫チェックポイント阻害抗体を加える実験を行なって腫瘍病態の進展を観察し続けたところ、免疫チェックポイント分子のはたらきが抑えられることで過分化メラノーマ細胞が免疫学的に排除されることが証明された。
 本研究によって、一般的なマウスメラノーマ細胞でも過分化状態にフェノタイプ スイッチさせることが可能となり、それを免疫健常マウスに移植した腫瘍モデル動物が作製可能になることが示された。この過分化メラノーマモデルは、治療抵抗性メラノーマの発生機序や生体内での挙動の理解を深めるために有用であり、より有効な治療法の開発に貢献することが期待される。

■医学生としての視点から
 研究医養成プログラム履修生として、私がこの研究を始めた時期はコロナ禍の真最中でした。しかし、その状況を逆にチャンスとして捉え、医学部の通常カリキュラムの受講と並行して研究活動を進め、スタウロスポリン曝露に耐過したがん細胞の性質や免疫原性について解析を重ねることができました。また得られた研究結果は、医学部の臨床実習や、実臨床での問題点と重ねながら考察を深めることができました。この過程では医学生としての視点を大いに活かすことが出来たのではと思っています。今回の研究成果と経験を活かして細胞死抵抗性がん細胞の排除方法の確立や、より手堅く効果的な抗がん治療の開発を目指したいと思います(埼玉医科大学医学部6年 安藤 優希枝)。

■用語解説
(注1)メラノーマ(悪性黒色腫)
 皮膚や粘膜などに存在する色素細胞(メラノサイト)ががん化した悪性腫瘍。
(注2)分化
 未熟な(幹)細胞から、特有の機能・特徴を持った細胞に変化してくこと。
(注3)異種移植
 細胞性免疫のはたらかない免疫不全動物に、別種の動物の組織・細胞を移植すること。がん研究では、ヒトがん組織・細胞を免疫不全マウスに移植して、培養系よりもヒト生体内に近い環境で研究を行うことがある。
(注4)スタウロスポリン
 放線菌Streptomyces staurosporeusから単離された、多くのタンパク質リン酸化酵素のはたらきを阻害する化合物。
(注5)免疫チェックポイント分子
 免疫チェックポイント分子は、生理的には自己に対する免疫応答や過剰な免疫反応を抑制するはたらきを持つ。がん組織で免疫チェックポイント分子のはたらきが高まると、免疫応答によるがんの排除が妨げられてしまう。代表的な免疫チェックポイント分子にはリンパ球に発現するPD-1と、抗原提示細胞や腫瘍細胞などに発現するPD-L1がある。これらPD-1とPD-L1がお互いに結合するとがんを排除するリンパ球の免疫機能が発揮できなくなる。

■図の解説
図:過分化メラノーマ細胞の誘導と、過分化メラノーマ細胞の免疫感受性
i) マウスメラノーマ細胞株B16F10を低用量スタウロスポリンに曝露すると、ほとんどの細胞は細胞死に至る。一方、生存したわずかな細胞は細胞形態が大きく変化し、メラノサイト分化抗原を高発現した過分化状態となる。過分化状態の細胞は通常の細胞と比較して細胞死に対する抵抗性が高い。
ii) この過分化メラノーマ細胞は、抗原特異的リンパ球に認識されるものの、細胞傷害を受けない。
iii) 過分化メラノーマ細胞は免疫チェックポイント分子PD-L1を高発現している。抗PD-1抗体によってPD-L1/PD-1の結合を阻害すると、過分化メラノーマ細胞は抗原特異的リンパ球による排除が可能になる。

■論文情報
<著 者>
 Yukie Ando¹, Yutaka Horiuchi¹*, Sara Hatazawa¹, Momo Mataki¹, Akihiro Nakamura¹, Takashi Murakami¹.
1. 埼玉医科大学医学部微生物学. *Correspondence
<論文題目>
 Hyperdifferentiated murine melanoma cells promote adaptive anti-tumor immunity but activate the immune checkpoint system.
<掲載誌>
 OncoImmunology. 2025. VOL. 14, NO. 1, 2437211. (オンライン公開日: 2024年12月8日)

▼研究に関する問い合わせ先
 埼玉医科大学 医学部 微生物学 講師
 堀内 大 (ほりうち ゆたか)
 TEL: 049-276-1166
 FAX: 049-295-9107
 E-mail: horiuchi@saitama-med.ac.jp

▼取材、報道に関する問い合わせ先
 埼玉医科大学 広報室
 蒔田喜彦
 住所: 埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷38
 TEL: 049-276-2125
 FAX: 049-276-2086
 E-mail: koho@saitama-med.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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