規格外の山男が語る「人生にチャレンジが必要な理由」——望月将悟×田中陽希 対談 #2

1月1日(月)17時0分 文春オンライン

( #1 より続く)


 規格外の山男が顔を合わせた対談の後編。「トランスジャパンアルプスレース(TJAR)」を4連覇中の消防士・望月将悟さん(39)と、「日本百名山ひと筆書き」「日本二百名山ひと筆書き」を達成した田中陽希さん(34)が語る「反響」「限界」そして「挑戦」。


◆ ◆ ◆


望月 TJARのことをテレビで観たり、講演会を聞きに来てくれたりした人から「自分もチャレンジしてみようと思う」といわれたりはしますが、正直、最初は自分がゴールすることだけで精一杯でしたからちょっと戸惑いました。でも次第に言葉をかけてもらうことが多くなり、TJARに挑戦することだけでも人に何かしら影響を与えることが出来るんだとわかってきました。


 講演を聞いた中学生からこんな作文をもらったこともありました。「走るのが嫌いだったけれど、望月さんが眠いのを我慢して走ったり、何回も止めたくなったのに頑張ったという話を聞いて、僕もマラソンをやってみたくなった」。こんな感想をもらうとまだ頑張らなきゃという気持ちになりますね。



旧知のカメラマン藤巻さんを前にリラックスする2人 ©藤巻 翔


田中 僕も人前で話す機会は増えたのですが、毎回「何を自分は偉そうなこと言っているんだろうな」と疑問に感じたりしてますね。個人的には変な挑戦をしているやつがいることを知ってもらえたら十分じゃないかなと思っているのですが、それでもいろんな感想をもらいます。


 いちばん驚いたのは、挑戦中に「生きる力をもらっています。自殺を思いとどまりました」と言われたこと。また、ご夫婦で百名山をテレビで見ていて「二百名山ではうちの近くの山にも来るから応援に行こう」と楽しみにしていたら、僕が行く直前にご主人が事故で亡くなられ、応援に来てくださった奥さまと娘さんから報告を受けたこともあります。岐阜県の能郷白山という山で出会った方は、「ガンで余命半年と告げられたんです」とおっしゃって。そうしたら、一年後に岐阜市で講演をした時にも来てくださったんですよ。「あれから頑張って生きています」と、抗がん剤治療の副作用のために頭にバンダナを巻いておられました。


望月 どういう言葉を返すの? 自分もガンの闘病中にテレビで見て勇気をもらったと講演会に来てくださって、目の前で涙を流して喜んでくれた。でも返す言葉が浮かばず、「自分も頑張るから頑張りましょう」としかいえなかったです。



カメラの前で笑顔を見せる望月さん。だが…… ©藤巻 翔


田中 僕は最初はただ黙ってしまいました。気軽に「大変ですね」なんて言えないなと思って。でも次第に「ありがとうございます」でいいんだと気づいたんです。困難な状況を抱えている方にとっては、僕に会うだけで相当大変なはずです。だから、精一杯「来てくれてありがとうございます」と言うだけでいいんだ、と思うようになりました。



日本には表情豊かな景色が広がっている


望月 ひと筆書きの挑戦をして日本の山に対するイメージは変わった?


田中 日本は一生かけても行き尽くせない広い国だと思うようになりました。でも今の日本は都会ばかりに情報が集約されている。都市部に生活しているのは一億二千万人のうち半分くらいで、あとの人たちは田舎に暮らしている。山の周辺を歩いていると「こんなところにも家があるんだ」という土地に昔からの集落があったりする。実際に日本中を歩くと、メディアやネットを通して知る世界や得る情報がすべてではないということを実感しました。



ひと筆書の最中に滝壺にドボン! 素の表情だ ©田中陽希


望月 僕の地元の静岡市井川地区もそうだけれど、地方に住む人は「このあたりは田舎で何もないよ」というけど、そうじゃないよね。


田中 何もない素晴らしさがありますよね。先祖代々の土地があって、田んぼや畑、そして山があり、そこに暮らす人たちがいる。人口が減っていく日本では、そういうことをもっと大切にしていきたいなと思います。


 そもそも山は、山頂という「点」と登山道という「線」だけではなく、「面」で理解しなければわかりません。裾野があり、谷や尾根につながって、沢の流れを超えて、ようやく山頂まで辿りつくことができる。麓に住む人、中腹に住む人、山の上で小屋を守るおじさん、すべてが山の恩恵を受けて山と生活を共にしているんです。でも他の土地から来た人にしてみれば、登山口から山頂までが山という感覚になりがちです。夜中に車で登山口までやってきて、翌朝ささっと頂上まで登り、その山を知ったと思ってしまうのはもったいない気がします。


望月 僕にも山の新しい面を発見したいという気持ちがあります。頂上に登ったり、登る速さを競うだけではなく、また単純に頂上からの景色を見るだけでもなく、山で会う人と話をして聞くことだとか、下りたらどんな町が広がっているのかなとか想像するのがいまはすごく楽しくて。


田中 すごくわかります。でも僕らのような挑戦をしていると、よく誤解されませんか? 登るのは速いほうがいい、百名山は完全制覇したほうがいい、と。



TJAR序盤の難所・剣岳に挑む望月さん ©藤巻 翔


望月 そうだね。でも、僕自身は山という舞台で気象の変化などに上手く対応しながら、経験を積んでいくことを一番に意識しています。「速さ」はたいしたことじゃない。速く登ろうがゆっくり登ろうがどちらでもよくて、そのプロセスでの体験を積み重ねていくことが自分にとっては大事です。日本にもまだまだ登ったことがない山がたくさんあるから、夢は広がるなあ。これまで南アルプスが中心だったけれど、陽希君の話を聞いているともっと出かけたくなります。


田中 でも、望月さんがすごい記録を出してしまったから、そのうちTJARも日本海から太平洋まで往復なんて話になったりしませんかね(笑)。


望月 それは想像つかないね(笑)。でも逆コース、つまり太平洋・静岡をスタートにして欲しいという声は聞きます。それだと疲労でヘトヘトになった最終盤で、滑落の危険がある剣岳に登ることになるから難しいかも。でも、僕はTJARというひとつのレースの枠におさまりきらず、陽希君のように新しいチャレンジを考える人がもっともっと出てくればいいと思う。本当はアドベンチャーレースも気になるんだよね


望月 陽希君は自分の「限界」を意識することある?


田中 僕はあまり気にしていませんね。結局、限界というのは自分が引いている線に過ぎず、意識することでその線がゴールになってしまう。所属するイーストウインドのキャプテン田中正人さんは50歳ですが、近くで見ていても全く限界を意識していない。アドベンチャーレースの世界で、50歳でもプロとして第一線で活躍している人は世界中を見渡しても田中さんしかいません。それを近くで見ていると、限界はないな、と。



©藤巻 翔


望月 僕は南アルプスの麓の井川という場所で育って、地元の山で困っている人がいたら助けたいと思うようになりました。それでひたすら山を歩いたり、走ったりしているうちに「山を知りたい」という意欲にも繋がり、運良く消防士になれた。山岳救助隊は自分にぴったりの職業です。


田中 消防士をやめて、プロの冒険家やトレイルランナーになろうと考えたことはないんですか?


望月 いままではなかったな。でも、こうやって陽希君の話を聞いていると、そういう世界にもやっぱりちょっと憧れるよね(笑)。だから、本当はアドベンチャーレースの世界についてももっと知りたいんだけど、なるべく知らないでおこう、と。知ったらその世界に気持ちが持っていかれてしまうような気がして怖いんですよ。自分をどこまで高められるか、どこまで成長させられるかと考えたら、新しい世界に足を踏み込みたい衝動に駆られてしまうでしょ? でも、日本にもまだ行ったことのない山があり、見たことのない景色が広がっていて、いろんな人たちもいる。


 TJARはもう正直、地図がなくても進んでしまえるから、自分にとっては「大変」とか「過酷」な挑戦ではないんです。好きな「5」という数字のためにもう一回走るのも話としてはおもしろいけど、400km走りきるモチベーションになるか不安だしね(笑)。でも、頑張っている姿を見たいという人がいてくれるのなら、やらない理由もないかなって。妻や娘も反対しないし、妻には「今さら山に走りに行くのをやめてくれなんて言えない」って言われてますから(笑)。陽希君はご家族が心配したりする?



田中さんが「ひと筆書き」で使った山地図には細かい書き込みが ©藤巻 翔


田中 僕の場合も両親は「未開の地に行って連絡の取れなくなるアドベンチャーレースに比べたら、日本は電話も繋がるし、大丈夫でしょ」という感じです。僕は大学を卒業して、アドベンチャーレースの世界に進みたいと父親に言ったとき「わかった、俺がスポンサーになればいいんだな」と言ってくれたくらいですから。両親の理解はすごく大きいですね。


望月 太っ腹だ!


田中 田中 そういえば、ひと筆書きに関してはこんなエピソードもあるんです。最初の頃、テレビで写っていないところは車で移動していると勘違いしていた人もいたんですよ。いろいろな場所で「本当に歩いているんですね!」と言われたりしました(苦笑)。



「挑戦」は誰のものでもない。それぞれの「挑戦」があっていい



TJARでは軽量のストックシェルターを携行、山中で短時間の睡眠をとる ©藤巻 翔


——最後に編集部からひとつ質問をさせてください。いま文春オンラインでは探検家の角幡唯介さんが「 私は太陽を見た 」という連載をされています。角幡さんは情報が溢れる現代において「探検とは何か」「真の冒険とは何か」を突き詰めて考えている方ですが、お二人は現代における冒険についてどう思われますか?


望月 山の世界ではかつて未踏峰へのチャレンジがあり、そこからクライミングや岩の世界が続きました。ほぼすべての山が登り尽くされた21世紀は「最速登頂記録」などの速さが求められていると思います。


 僕も人がやったことのないことに挑戦してきたのかもしれないけど、もっとシンプルに、その行動が自分自身で冒険や探検だと思えれば、それでいいのかなと思っています。小さい子どもが一人で買い物に行くのだって冒険です。初めてやることはすべて冒険ですから、誰かとの比較ではなくいろんなチャレンジの仕方があっていい。それぞれの冒険があるんです。言い換えれば、すべての人に納得してもらえる冒険でなくてもいいという考えですね。「チャレンジ」は身近なものであってほしいじゃないですか。


田中 僕も「人生は挑戦」と言ったりしますが、人間は20代が体力のピークであとは下降線を辿るだけです。人生100年と考えると、残り4/5はずっと下降していることになる。自分の肉体的「下降」に向き合えば向き合うほど、挑戦は関係のないものだと思いがちです。でも、心や気持ちは成長させることができるはずです。



「ひと筆書き」で使った昭文社の「山と高原地図」。登山愛好家にはおなじみ ©藤巻 翔


 子どもが初めて鉄棒で逆上がりをするのもチャレンジですし、小学生や90歳、100歳のおじいちゃんが富士山に登るのもチャレンジ。僕らのような体力のある世代とは全然意味が違うわけです。逆上がりができなかったり、山頂に到達できなくても一歩を踏み出しただけで立派な挑戦だと思います。ビルで窓ふきをしている人が1日で100枚拭くぞと決めたらそれもチャレンジですし、プログラマーが複雑なプログラミングを一日でやるぞと決めるのも挑戦だと思います。


望月 僕も同じことをよく考えるな。陽希君とは共通するところがありますね。実は39歳の僕自身はまだ体力の衰えは気にしたことないけど、それでも自分より年齢の上の人が頑張っているのを見ると刺激を受ける。まだまだやれるぞ、と。


田中 本当にそうですよね。年齢や体力に関係なく新しいことに挑戦をしている先輩をみると、僕もまだまだひよっこだなと思います。



望月将悟  Shogo Mochizuki



©藤巻 翔


1977年、静岡県葵区井川生まれ。静岡市消防局に勤務し、山岳救助隊としても活動する。日本海側の富山県魚津市から日本アルプスを縦断して、太平洋側の静岡市までをテント泊で8日以内に走り抜けるレース「 トランスジャパンアルプスレース(TJAR) 」で4連覇。2016年は自ら自己ベストを上回り4日23時間52分でゴールした。2015年東京マラソンでは、40ポンド(18.1kg)の荷物を背負って、3時間06分16秒というギネス記録でフルマラソンをゴール。


田中陽希  Yoki Tanaka



©藤巻 翔


1983年埼玉県生まれ、北海道育ち。学生時代はクロスカントリースキー競技に取り組み、「全日本学生スキー選手権」などで入賞。2007年よりアドベンチャーレースチーム「イーストウインド」に所属し、世界のレースに参戦する。2014年、自ら企画した挑戦「日本百名山ひと筆書き」がNHK BSで放映され注目を集める。その後、「日本二百名山ひと筆書き」も達成。2018年は「日本三百名山全山ひと筆書き」に挑戦する。詳しくは「 グレートトラバース3 」のサイトで。




(千葉 弓子)

文春オンライン

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