ぼっち視聴者をいかに掴むかが現代ドラマ成功の鍵と女性作家

1月1日(木)16時0分 NEWSポストセブン

 今年もきっとドラマが注目を集める年になるだろう。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が、近年のドラマを支える視聴者層について分析した。


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 先週のクリスマス、一人で過ごす人のことを「クリぼっち」と世間は呼びました。今日1月1日は「正月ぼっち」「おせちぼっち」、結構いるのかもしれません。


「ぼっち」とは、ご存じ、ひとりぼっちの略です。あるいは、家族と同じ家に暮らしていても、あるいはパートナーがいても、「ぼっち」を感じてしまう。以前にも増して、「ぼっち」の存在感が増している時代。私はずっと感じてきたのです。だからこそ、ドラマは注目されるのだ、と。ドラマは「ぼっち」に寄り添うコンテンツではないだろうか、と。


 明日はどうなるかわからない。巨大地震が来るのか、日常が続くのか。何の保証もない。そんな不安な時代を一人で生きる、ぼっち。


「うんうんそうだねー」「わかるわかる」「えっ、そんな時私ならどうするんだろう?」


 相づちを打ち、ささやかな共感を抱く。大切なことを見せてもらい、勇気をもらう。ドラマとは、ぼっちにとってそんな大切な相手ではないでしょうか。


 象徴的な光景があります。「朝ドラ受け」。NHKの朝ドラが終わった直後、「あさイチ」のオープニングで有働アナとイノッチが感想を述べ合うあのシーン。

最近ではすっかり定番化していますが、その当初、ズケズケ感想を言うあたりちょっとうるさいな、と私が文句を口にすると、ぼっちの友人は言いました。


「でも、ドラマを一人で見ていたら、誰かとうなずきあったり感じたことを言いあいたいじゃない?」


 なるほど、「朝ドラ受け」は、「ぼっち受け」でもあるのですね。


 ドラマは「ぼっち」に寄り添うコンテンツ。そんな視点から、振り返ってみると。


 女性から圧倒的な支持を集めた「きょうは会社休みます。」(日本テレビ系)。主人公の内面を描き出すナレーションが印象的な、対話型自分探求ドラマでした。ぶきっちょな、こじらせ女子。


 その恋愛ベタな姿を見つつ、ぼっち視聴者はつぶやいた。「私ならどうする」「そうそう、そうなんだよ」「こんな時には素直にしなくちゃ」。共感したり反省したり。対話しつつドラマを観たというぼっち視聴者、多かったのでは。


 あるいは、視聴率のトップになった米倉涼子主演「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」は決して失敗しない、フリーの女医が主人公。ありえない舞台設定だけれど、視聴者の職場でのストレスを一手に吸いとり、アホな上司や硬直した組織への心の叫びを代弁してくれた。


 自分のかわりに男社会へ仕返ししてくれている、爽快感。やはり、働く女性ぼっちたちの共感が人気のベースにあったのでは。


 反対に、どうしても見続けることができなかったドラマもあります。「ママとパパが生きる理由。」(TBS系木曜日午後9時)は、2人の子どもを持つ夫婦がほぼ同時にガン宣告を受ける、という実在の夫婦の話が原作。吹石一恵と青木崇高が演じた夫婦は、とてもリアルで演技は上手で心をこめて作っていた。丁寧なドラマだということは、ひしひしと伝わってきました。たとえ悲惨な筋であっても明るい雰囲気で進行させていこうとする、けなげな努力も、高く評価できました。けれども……。


 子どものいる夫婦がともにガンになる、という基本設定自体が、どうしても受け入れがたかった。辛すぎて、ついていけなかった。つまり、共感が入り込む隙があまりになかったのです。


 もう一つ、途中で挫折してしまったのが小栗旬主演「信長協奏曲」。フジテレビの「月9」では初の時代劇と注目されたドラマ。スニーカーを履いた高校生が戦国時代へワープとはちゃめちゃな設定。織田信長を一人二役で演じ分けた小栗旬の力量には脱帽。ドラマというフィクションの世界でしか、表現できない飛躍、あり得ないことを楽しませる徹底した娯楽性には大いに拍手を送りつつも、しかし途中で断念。


 それはきっと、「信長・秀吉」というお定まりの図式にはまりすぎていたのでは。歴史ものといえば戦国時代。武将といえば、信長・秀吉という人物配置と構図が固まり過ぎていて、こちらの共感が入り込む隙がなかった。


 ドラマとは、いったい何なのでしょう? 考えさせられました。共感、問いかけ、そして、明日を生きる力。どんなスタイルのドラマであっても、その3つの要素をきっちり押さえてくれていれば、ぼっち視聴者はついていく。2015年のドラマ、大いに期待したいと思います。

NEWSポストセブン

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