安室奈美恵はなぜ沖縄で「引退」を迎えるのか——2018下半期BEST5

1月3日(木)11時0分 文春オンライン


2018年下半期(7月〜12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。エンタメ部門の第3位は、こちら!(初公開日 2018年9月14日)。



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「どんな心境で迎えるのか、自分でも正直わからない。歌って、踊って、かっこいい歌手になりたいってデビューして、引退するときにそういう歌手になれたのかは、みなさんの判断ですね。それに向けて一生懸命毎日過ごしてきたので、『やりきった』というのはあります。曲を聴いてくださったみなさんにとって、良い思い出になってくれたら。すごくあっという間でした」


最後も笑顔で終わりたい



安室奈美恵 ©getty


 9月16日に引退する安室奈美恵(40)が直前の10日、NHK「おはよう日本」にVTR出演し、現在の心境を語った。


 同番組では昨年9月に引退を発表した理由を「もしも自分がファンだったとしたら前もって知りたいと思うから」と説明し、最後のステージを故郷・沖縄で終える意味についてもこう語った。


「歌で、笑顔で終わりたいなという場所が沖縄だったのかな。笑顔で始まった場所でもある。デビューの時、14歳の女の子たちが笑顔で東京に出てきた場所だった。最後もそういう笑顔で終わりたいなと思います」


 さらに、5月に沖縄県民栄誉賞を受賞したときに流した涙について聞かれると、こう答えた。


「いままで悩みとかも人に相談したりしてこなかったので、強い気持ちで、『いざ東京に』っていう感情が強くて、ソロになってそれがさらに強くなったんです。なので、すごくうれしかったのかな。デビューできたことも奇跡だったので、沖縄に帰ると同じ感情が出てしまう。なので、なるべく(沖縄に)帰らずに気を張っていたので、あのときは泣いてしまった。初めてほめられた気がしました」



安室の原点


 安室奈美恵が「自分のスタート地点」とし、「有頂天になったりするいろんな自分を初心に引き戻してくれる」という特別な場所が、沖縄なのだという。今回、私は「四十歳の引退 安室奈美恵愛される理由」( 「文藝春秋」10月号 )を寄稿するにあたり、彼女を育んだ沖縄や多くの関係者を取材したが、上記の彼女の言葉どおり、故郷に対する強い愛情とその裏返しとなる反発心、帰りたいけれど戻れない気持ち、そんな彼女の複雑な思いが少しだけ理解できたような気がした。



 南国の焼けるような日差しを浴び、片道1時間以上かけて小さな歩を進めダンスレッスンへ通った少女時代。その道程を辿ることで、いつかスターになる日を夢見た少女の呼吸がかすかに聞こえてきそうだった。以前、山口百恵が少女時代を過ごした横須賀を取材で訪れた際、海が見える急な坂道を登り降りしたときも同じ感覚をおぼえたような気がする。


 山口百恵と同じく母親の手ひとつで育てられ、その母親を心から愛した安室だったが、デビューを目指して上京する日の朝、母親から「東京へなんか行っちゃダメ」とボストンバッグを奪い取られる。「行く」、「行かないで」の悶着のあと、頬をつたう涙を拭きながら「私、絶対に成功してみせる」と意地を見せた安室。決意の底には不安が渦巻いていた。しかしやがて彼女は運命的に、日本中だれもが知る“歌姫”となり、栄光を手にした。


 そしていま、彼女にとって遠い過去だったかもしれない沖縄が、歌手引退という大きな節目であらためて“安室奈美恵を生んだ原点”として浮かび上がった。



子育て中に口ずさんだ曲


 彼女を生んだ母親はすでに他界し、シングルマザーとして育てた一人息子は今年5月で20歳となった。



 安室自身が大好きだというミディアムポップナンバー「Baby Don’t cry」(2007年、作詞・作曲:Nao'ymt)は、忙しい子育ての際につい口ずさんでしまうこともあったという。その詞はどこか、彼女自身や多くのみんなを励ます思いが込められているみたいだった。


〈そうだから Baby 悲しまないで 考えても分かんない時もあるって

 散々でも 前に続く道のどこかに 望みはあるから

 雨の朝でも 愛が消えそうでも 一人になんてしないから〉


 最愛の地「沖縄」でファイナルを迎える安室奈美恵。引退後も彼女の歌声はファンの心に寄り添い、生き続けるだろう。


 前述の「文藝春秋」の記事では、安室の40年の人生を知られざるエピソードで振り返った。こちらもご一読いただけると幸いだ。




(中村 竜太郎/文藝春秋 2018年10月号)

文春オンライン

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