スライドギターの概念を変えたデビッド・リンドレーの『ウィン・ジス・レコード』は時代に左右されない作品だ

1月3日(金)18時0分 OKMusic

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デビッド・リンドレーと言えばジャクソン・ブラウンの名前が浮かぶほど、その関係は深い。特に『レイト・フォー・ザ・スカイ』(‘74)のタイトルトラックでの寂寥感に包まれた味わい深いギターソロはまさに名演で、リンドレーの名がロックファンの心に刻みつけられた忘れられない一曲となった。しかし、彼の天才はラップ・スティールによるスライドプレイにあり、『プリテンダー』(’76)以降のジャクソン・ブラウン作品でのプレイは、どんどん凄みを増していった。そのプレイに魅せられた多くのファン(もちろん僕も含めて)は彼のセッション作品も聴かずにはおれず、彼が参加しているというだけでアルバムを購入し、やっぱりその演奏に引き込まれるのである。今回は80年代初頭にリンドレーが結成したエル・ラーヨ・エキス名義としては1作目となる『ウィン・ジス・レコード』を取り上げる。

スライドギターとスティールギター

リンドレーはギターだけでなく、バンジョー、フィドル、マンドリン、ラップ・スティール、ブズーキ、シタール、チャランゴ、ウード等々、各種楽器をマスターしたマルチ・インストゥルメンタル奏者である。特にスティールギターの一種であるラップ・スティールをロックの世界に持ち込んで、それまでのスライドギターの概念を根本から変えてしまった功績は、とてつもなく大きいと言えるだろう。

通常、スライドギターはボトルネック奏法とも呼ばれ、金属もしくは瓶を使って弦にスライドさせて音を出す奏法のこと。もともとはロバート・ジョンソンやサン・ハウスらデルタブルースのアーティストが編み出し、その後マディ・ウォーターズやエルモア・ジェイムズらアーバンブルースのプレーヤーが、エレキに合ったサウンドを模索しながら進化した。ロック界ではデュアン・オールマン、ライ・クーダー、ローウェル・ジョージ、デレク・トラックスらがブルースのスライド奏法をアレンジし、ロックに合った弾き方を生み出している。

一方で、ハワイアンスティールと呼ばれる、スライド奏法でのみ使えるハワイアン音楽専用の楽器が30年代に登場し、天才スティールギタリストのソル・ホーピーによってジャズと結び付きながら独特の進化を遂げる。戦前にはラテン、ハワイアン、ブルース、スウィングジャズなどをミックスした元祖アメリカーナ音楽とも言えるウエスタン・スウィングに使われることで、ハワイアンとは違うアメリカ本土のスティールギター奏法が生まれる。これがカントリー音楽で使われるようになると楽器の改良が進み、ペダルスティールギターが開発されるなど、ブルースのスライド奏法とは違うイディオムが誕生する。

ブルースルーツのスライドと カントリールーツのスライド

リンドレーはブルースルーツのボトルネック奏法ではなく、ハワイアン〜カントリールーツのラップ・スティール(足のついた普通のスティールギターのコンパクト版で、膝に乗せて使用する)を使うことで、これまでのスライドギタリストとは性質を異にしたスタイルを確立する。彼が登場するまでロックの世界でカントリースタイルのスライドを弾いたのは、デュアン・オールマンがカウボーイの2ndアルバム『5‘ll Getcha Ten』(’71)にドブロギターで参加した「プリーズ・ビー・ウィズ・ミー」と、ジェシ・デイヴィスが自身のソロ『Ululu』で弾いた「ホワイト・ライン・フィーヴァー」(‘72)あたりが思い出されるぐらいで、非常に少ない。その理由としては、カントリースタイルの場合、スライドではなくペダル・スティールを使ったほうが効果的だからだと思う。

リンドレーはラップ・スティールを使って強いディストーションの掛かったロングサステインのサウンドを創り、ブルースでもカントリーでもないロックのスライド奏法を編み出した創始者である。そのプレイは実に繊細かつ大胆で、彼のフォロワーは次々に現れるのだが、未だ彼のように琴線に触れる演奏をする者はいない。

リンドレーの不思議な音楽性

デビッド・リンドレーはアメリカ西海岸に生まれ、幼少期からギターだけでなく、バンジョーやフィドルも習得、ロサンジェルス北部の有名な「トパンガ渓谷バンジョー・フィドルコンテスト」でブルーグラスのプレーヤーとして5回の優勝を誇る。彼のバンジョーはCD『Feuding Banjos』(Legacy International, 1995)に3曲収録されているので、興味のある人は聴いてみてほしい。

ここまでは普通の経歴である。ブルーグラス出身のロックミュージシャンなどブルース出身と比べてもそんなに変わらないぐらい多い。66年、彼はカレイドスコープを結成する。このグループはサイケデリックロックのテイストを感じさせながら、ワールドミュージックを探求する不思議なグループであった。リンドレーに似た資質を持つクリス・ダーロウ(のちにニッティ・グリッティ・ダート・バンドに加入、脱退後はマルチ・インストゥルメンタル奏者としてソロで活動)や、トルコ育ちでフラメンコギターの心得があり、ウードでベリーダンスの伴奏をしていたという訳の分からない経歴を持つソロモン・フェルトハウスなど曲者揃い。

カレイドスコープはアシッドフォーク&エスニックロックというスタイルで4枚のアルバムと数枚のシングルをメジャーレーベルからリリースしている。カレイドスコープの音楽性は高く、他のロックグループより数段進みすぎていたがゆえにリスナーは付いていけず、まったく売れなかった。リンドレーが主導権を持った3枚目の『Incredible Kaleidscope』(‘69)では、彼の指弾きのハードなロックギター、サイケデリックなバンジョーやフィドルが聴ける秀作だと思う。

余談だが、ジミー・ペイジレッド・ツェッペリン時代にギターをバイオリンの弓で弾くパフォーマンスはよく知られているが、これはリンドレーがカレイドスコープ時代にライヴで披露していたのをペイジが観て真似たものである。

ジャクソン・ブラウンとの出会い

カレイドスコープ解散後、リンドレーはイギリスに渡りテリー・リードのバックギタリストとして『River』(‘72)に参加、ちょうどジャクソン・ブラウンもレコーディングのためロンドンに滞在しており、そこでブラウンはリンドレーに一緒にやろうと誘い、彼はブラウンのバックを務めることになった。そもそもふたりは69年に、ロスのクラブ「トゥルバドール」にて、ジャクソン・ブラウンが新人のショーケースで出演していた頃に出会っている。すでにカレイドスコープで活動していたリンドレーがたまたまブラウンのバックを務め、お互いに好印象を持っていたから話は一気に進んだ。

リンドレーが参加したのはブラウンの2ndアルバム『フォー・エブリマン』(‘73)からである。リンドレーの豪快なラップ・スティールと味わい深いフィドルは、このアルバムに深みとダイナミックさを与えることになるのだが、この作品は録音状態が悪く、音がこもっている上にスニーキー・ピートのペダル・スティールが参加しているために、リンドレーの凄い演奏が聴き取りづらかった。
そして、冒頭で紹介した3rd『レイト・フォー・ザ・スカイ』(‘74)の指弾きの名演で、一気にリンドレーは注目されることになる。続く『プリテンダー』(’76)、『ランニング・オン・エンプティ』(‘77)でもリンドレーは名演を残し、アメリカで最高のギタープレーヤーのひとりと言われるようになる。

この時期はブラウンのバックだけでなく、クロスビー&ナッシュの『ウインド・オン・ザ・ウォーター』(‘75)、『ホイッスリング・ダウン・ザ・ワイアー』(’76)(このアルバムでは、1曲目の「スポットライト」のラップ・スティールが最高!)、トム・ヤンスの『子供の目』(‘75)(ここでは、珍しく指弾きのギターソロが聴ける)などのほか、油の乗ったリンドレーのプレイが聴けるアルバムは数多い。

初のソロアルバム

シンセポップの時代に突入した1980年、ブラウンも失速気味となって『ホールド・アウト』(‘80)では新しいサウンドに挑戦するもいまいちの結果に終わり、リンドレーはブラウンのグループを辞し、ソロアルバムの制作をスタートさせる。バックを務めるメンバーは、ベースのボブ・グロウブ(多忙なスタジオミュージシャン)、ドラムには元キング・クリムゾンのイアン・ウォレス(イギリスが誇る名ドラマー)などで、他にザ・バンドのガース・ハドソン、リトル・フィートのビル・ペイン、ジャクソン・ブラウンがバックヴォーカルと共同プロデュースのひとりとして参加するなど、豪華なメンバーが集まり、81年に『化けもの(原題:El Rayo-X)』がリリースされる。邦題はリンドレー自身が要望して付けられたタイトルである。初ソロ作とあって想いのこもった力作となった。彼の代表作と言えば、この『化けもの』を挙げる人は多いだろう。ロックンロール、ポップス、レゲエ、スカ、テックスメックス、沖縄など、彼らしいこだわりのアレンジがなされ、ギターはもちろんヴォーカルも素晴らしい。

エル・ラーヨ・エキス結成

初ソロアルバムは概ね好評(全米チャート83位)を持って迎えられ、すぐに次作の制作に取り掛かるのだが、前作にも参加したイアン・ウォレス(D)、ソロアルバム『シティ・ミュージック』(‘75)をリリースしているホルヘ・カルデロン(B)、新人のバーニー・ラーソン(G)をパーマネントメンバーとして選出、エル・ラーヨ・エキスとして活動をスタートさせる。

本作『ウィン・ジス・レコード』 について

ゲストに、ブッカー・T・ジョーンズ(K)、ウィリアム・スミッティ・スミス(K)というふたりのベテランオルガン奏者を迎えて、82年に本作『ウィン・ジス・レコード』はリリースされた。前作と比べ、かなりキャッチーな仕上がりになっている。特に冒頭の2曲「Something’s Got A Hold On Me」(エタ・ジェームスのヒット曲)「Turning Point」(タイロン・デイビスのヒット曲)はパワーポップ的な仕上がりで、リンドレーのスライドも乗りに乗った名演だと言える。「ブラザー・ジョン」はニューオリンズのワイルド・チョピトウラスのヒットで、リンドレーのスライドは一時期のライ・クーダーの影響が見られる。「Rock It With I」はジャマイカのロックステディのカバーで、ダブを取り入れているのが新しい。「Premature」も同じくジャマイカの名グループ、トゥーツ&ザ・メイタルズのカバーだ。

アルバム収録曲は10曲。上記の5曲を除くと他はリンドレーのオリジナル曲である。メンバーは4人ともコーラスが上手いので、ヴォーカル層は厚くかなり訓練している様子が窺える。ポリスとビッグ・カントリーを混ぜたような「Talk To The Lawyer」は意外にも80年代を感じさせるロックナンバーで、ブルースロック風の「Spodie」やビートルズ・ミーツ・パワーポップ的な「Make It On Time」もカッコ良い。「Ram-A-Lamb-A-man」はエヴァリーブラザーズっぽい優しいナンバーだが、ギターソロ部分はかなりアグレッシブだ。そして、ワイゼンボーン1本による沁みるインスト「Looks So Good」で本作は幕を閉じる。

久しぶりに聴いたけど古さはまったく感じず、リンドレーらしく時代に左右されない良いアルバムだと思う。

TEXT:河崎直人

アルバム『Win This Record』

1982年発表作品

<収録曲>
1. Something's Got a Hold on Me
2. Turning Point
3. Spodie
4. Brother John
5. Premature
6. Talk to the Lawyer
7. Make It on Time
8. Rock It with I
9. Ram a Lamb a Man
10. Look so Good

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