もしも隣の奥さんが「ゴリラ」だったら……

1月4日(木)17時0分 文春オンライン

彼を守ると使命感に燃える少女、なぜなら… 



『望むのは』(古谷田奈月 著)新潮社 本体1500 円+税


 きらきらと光が舞い、風が吹き抜けていくような、実に気持ちのいい青春小説だ。


 物語は、高校の入学式直前から始まる。15歳の少女・松浦小春(まつうらこはる)は、隣家に引っ越してきた“幼なじみだったはずの”少年・安藤歩(あんどうあゆむ)と出会う。それまではたったひとり、自分を取り囲む世界の「色」を集めることに熱中してきた小春だったが、色白で弱々しくて、どこか質素な顔立ちをしたこの少年を見た途端、自分が騎士になって「彼を守ってあげる」という使命感に燃えることになる。なぜなら、彼の母親は“ゴリラ”だったから——。


「日常の暮らしのなかで、一瞬『え?』と思わず注目してしまうほどの個性的なひとに出会うことがありますよね。そういうとき、私はいつも『なかったこと』にしてしまっていたんです。じろじろ見るのも失礼、かといって動揺を隠して話しかけるのも不自然だし、と。でもそれって、実はすごくもったいないことなんじゃないかと気がついて。他者に対する驚きごと『なかったこと』にしてしまっているんですから。そのうち、もしも隣の奥さんがゴリラで、しかもその奥さんが気立てのいいチャーミングなひとだったら……とアイデアが膨らんでいき、この作品はここから始めてみようと決めました」


 ゴリラでありながら人間の男性と結婚し、歩を産み、主婦として暮らしているところの安藤秋子(あきこ)さん。もちろん初対面のときは小春だって驚き、ちょっと悩む。でも、秋子さんは秋子さんだと吹っ切った小春は、そのことで歩が新しいクラスメイトたちにいじめられたりしないよう、張り切るのだ。それなのに——。歩はそんなこと気に留めないどころか「色占い師」なんぞをしている小春の祖母のほうが「よっぽど 変わっている」と言い放つ。さらに、自分はバレエダンサーなんだと、同級生たちの前でとっておきの告白をしてみせる。小春さえ知らなかった“秘密”が世界に開示されたその瞬間、小春はもう、彼の騎士ではなくなっていた。



きみがいったいなんなのかは、きみがわかっていればよろしい


「小春は想像力も感受性も人並み外れて豊か。勝手に妄想をふくらませ、歩に思い入れては空回る。現実とのギャップにショックを受けることもたびたびだけど、でもこれって全然悪いことじゃないんですよね。なぜなら、そもそも見てる景色も、抱いてる価値観も、ひとりひとりまったく違うもので、正解があるわけではないのだから。別の見方も知らなきゃダメだなんて肩肘張る必要もないし、十人いたらそこには十通りの世界がある。大事なのは、そのことをちゃんと知っているっていうことだと思うんです」



古谷田奈月さん 撮影=鈴木七絵©文藝春秋


 本作にはハクビシンの美術教師など、思いがけないキャラクターがさりげなく登場する。その際、「ハクビシンであること」は決してないがしろにされないが、カリカチュアライズされることもない。ただただ、ハクビシンが人間の女性と恋をすることで生じる悩みや、美術家としての矜持などが、実にユーモラスに、“人間くさく”、綴られていく。


「様々な動物が共存する“楽園”を舞台にしたディズニー映画の『ズートピア』、あの作品を観たときの違和感がまだ自分のなかで解消されていなくて。肉食動物と草食動物の共存がテーマの作品が、なぜ《肉食=悪》を前提とするのか。肉食動物のありのままの姿をまず否定し、その上で平和のありかたや個性の尊さを語るのは偽善だと思う。私たちはみんな違う生き物です。完全にわかり合うことじゃなく、完全にはわかり合えない、とおおらかに“諦め合える”世界のほうが、楽園に近いように私には思えます」


〈きみがいったいなんなのかは、きみがわかっていればよろしい〉


 ハクビシンの美術教師が言うこの台詞が、最後まで胸に残る。


 こうした言葉に背中を押され、徐々に自分の「色」について自覚していくとともに、凜として自分の道を貫く歩への想いを募らせていく、そんな小春の恋模様からも目が離せない。


———


こやた・なつき

1981年、千葉県生まれ。2013年、『星の民のクリスマス』(「今年の贈り物」を改題)で第25回日本ファンタジーノベル大賞を受賞。2017年、『リリース』で第30回三島由紀夫賞候補。その他の著書に『ジュンのための6つの小曲』。




(「別冊文藝春秋」編集部)

文春オンライン

この記事が気に入ったらいいね!しよう

ゴリラをもっと詳しく

BIGLOBE
トップへ