あの姜尚中が俳句デビュー! 6カ国対抗! 外国人新春句会【蜜柑編】

1月4日(木)7時0分 文春オンライン

金子 日本語が達者な外国人の方々と俳句を愉しむ毎年恒例のこの企画。評判で、3回目を迎えました。私も今年92になるけど、この句会は刺激があるから愉しいんだ。初参加は姜尚中さん。テレビでよく顔見てますよ。


 生まれは熊本で本名は永野鉄男です。でも今から38年前、22歳のときに、思うところがあって姜尚中を名乗りました。「外国人句会」ということですが、ルーツである韓国には並々ならぬ思いがありますし、構いません。私は俳句が好きですし、喜んでお招きにあずかりました。


ジローラモさんが道に迷ってまだ来ねえんだ



姜尚中(政治学者・韓国代表)


金子 よろしく、よろしく。それでもって姜さんのお手並みを早く拝見したいんだが、ジローラモさんがまだ来ねえんだなあ。


モレシャン イタリア人は時間にルーズですね(笑)。


金子 前回はジローラモさん「紅葉みて女と飲んでいい風邪ひいた」って句を詠んでましたな。今、車で道に迷ってるらしい。


ビナード もしかして途中で出会ったキレイドコロに迷ってるかも。 (ここでジローラモ到着)


ジローラモ 遅れてすみません。


 すごいカッコいいクルマに乗ってるんでしょ。


ジローラモ まあね。エンジンがすごいんだ。


蜜柑の句、12句お披露目!


金子 へいへい。それでは、みなさんのエンジンも温まったところで句会開始と行きやしょう。


 今日は冬の季語「蜜柑」を題にして、2句ずつ作ってきてもらいました。私の2句もあるから全部で12句。無記名で書かれた12の短冊を編集部がシャッフルして清書し、それをみんなで回覧します。いいなと思った句を3句選んでください。3人が選んだら3点句、1人だけなら1点句。高得点句から合評していきます。自分の句に点数入れちゃだめですよ。では蜜柑の句、お披露目。





 手に落ちて月と思えば蜜柑なり


 みかんがり冬の初恋熟した


 マンダリン幼き日々の夢遠く


 蜜柑食べる直木三十五(さんじゅうご)の真面目


 友来たりみかんひと箱春近し


 蜜柑むく母のやさしさ切り炬燵


 みかんがりきみのくちびる甘酸っぱい


 水仙と蜜柑と犬の間抜け面


 鏡餅蜜柑を載せて初日の出


 初恋の面影誘う蜜柑の香


 漁港に浮く蜜柑の皮や今日も時化


 乗り継げば在来線に蜜柑の香



芥川龍之介も俳句を作ってた


(各々選句を始める)


 先生、今回はどうして蜜柑を季題にしたんですか。


金子 楊さんは3年前に中国籍の作家として初めて芥川賞を受賞されたけど、この句会が収録される『文藝春秋』がちょうど芥川賞発表号なんです。芥川龍之介といえば「蜜柑」という好短編がある。それに因んだわけです。



宗匠・金子兜太(日本代表)


 「蜜柑」は高校のときに読んで以来、何回も読んでいる作品です。横須賀線の風景、鮮やかな色彩感覚。大好きな作品です。芥川は俳句もよく作っていましたよね。


金子 そうです。「木がらしや目刺にのこる海のいろ」、それから「自嘲」と前書きがついている「水涕(みずばな)や鼻の先だけ暮れ残る」は28歳のときの句だが、自殺の前日短冊に書いている。「青蛙おのれもペンキ塗りたてか」「蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな」なんかはインプレッショニズム、印象主義を実践した句と言われている。モレシャンさんなんか感じるところがあるんじゃないですか。あなたは理論じゃなく印象を大事にするから。


モレシャン はい。理論派のビナードさんとは違いますので(笑)。


ジローラモ 去年は印象派対理論派で、派手に意見を戦わせてたよね。


ビナード 今回もそうなりそう。



©iStock.com


正体不明のシュールさというのが、いかにも俳句らしい


金子 では点を取った句から合評していきましょう。最高点句は4点句。「手に落ちて月と思えば蜜柑なり」。ビナードさん、姜さん、モレシャンさん、私が点を入れた。取らなかった楊さんの意見を聞いてみよう。


 蜜柑の味や香りが伝わってこなかったんです。私は食べる人間なので、食欲がわかないとだめですね。



楊逸(作家・中国代表)


金子 ハハハ、なるほど。ジローラモさんも取らなかったけど、どうしてだい。


ジローラモ 手に落ちた蜜柑のイメージがなかなか湧かなかった。


ビナード たしかに蜜柑がどこから落ちてきたのか分かりにくいよね。


ジローラモ 空から月が落ちてくるというイメージなのかな?


ビナード かなりシュールな句だと思います。観察から出てきたのではなく、幻覚に近い映像を詠んでいる。ただ「手に載せて月と思えば蜜柑なり」じゃ、ドラマがないですもんね。


金子 そう。「落ちて」に雰囲気があるわけです。ただ正体のわからない句ではある。


 私は正体不明のシュールさというのが、いかにも俳句らしいと思いました。


金子 意外性、理屈で割れないのが俳句らしさと。感覚派のモレシャンさん、どう読みましたか。


モレシャン 私はシュールレアリストの画家、マグリットを思いました。手の中にポンとお月さまみたいな形の蜜柑がある。蜜柑はどこから落ちたかわからなくて結構。感覚のズレがカッコいいと思うのです。


ビナード マグリットだったら蜜柑よりリンゴを描くね、きっと。


モレシャン オー! あなたは細かーい! あのね、あなたはね、俳句よりも自動車のエンジニーアのほうが向いてらっしゃるわよ(笑)。



フランソワーズ・モレシャン(ファッションエッセイスト・フランス代表)


金子 オーオー、対決が始まったな。この最高点句は誰の作品でしたか。


 ハイ、私です。うれし〜い! 「味がない句」とか言ってバレないようにするの大変だった。


金子 意外と洒落た句作りますな。


 蜜柑を握って月を眺めていると、手の中の蜜柑が月になっているような錯覚が起きるような気がします。私はそういう妄想が好きなので。


 やっぱり文学者ですね。



句が具体的なものだけで終わっていたら文学にはならない


金子 次は3点句「漁港に浮く蜜柑の皮や今日も時化」。姜さん、ジローラモさん、私がいただいた。モレシャンさんに取らなかった意見を聞こう。


モレシャン 具体的すぎるんですよ。アートは具体的な生活を忘れるためにあるのですから。


金子 私も取ったけど、たしかにこの句は事実に即しすぎていて飛躍が足りないところがある。



アーサー・ビナード(詩人・アメリカ代表=左奥)


ビナード モレシャンさんの言うとおり、もし句が具体的なものだけで終わっていたら文学にはならない。でも逆に具体的なものがさらに別の何かを読者に想像させるなら、具体的な句の方が強いんじゃないかな。


ジローラモ まさに具体的な事実からイメージが広がったので取りました。読んだ瞬間に思い浮かんだのは伊勢。港は小さくて寂しい。船の前で、海が時化て沖に出られないおじいさんは蜜柑を食べるしかない。そして自分の人生を考えている。若いときに船で行った場所、年老いた自分の人生。


激論に姜尚中が「ちょっと待ってください」


 具体的なものが揃った句だから、そこまで細かくて詩的な風景をイメージできるんですね。さっきの私のシュールな句とは全然違う。ただ、私は蜜柑の皮が港に浮かんでいるのはきれいじゃないから取らなかった。


ジローラモ いや、海に浮かんでいるのが面白いんだ。自然のものが自然の海に帰っていくような感じ。



パンツェッタ・ジローラモ(エッセイスト・イタリア代表)


ビナード 焼津港にも土佐清水港にもけっこういっぱい浮いていたし、青森港にもあったな。漁港のいろんなゴミの中では、タチ悪くないほうだ。


 エエッ? 海と生きている人は海にゴミ捨てるかなあ。自分たちの大事な環境でしょ。


 ちょっと待ってください。環境問題はともかく、やはり蜜柑の皮は漁港に浮いているべきではないでしょうか。「ああ今日は時化だから」と、しかたなく蜜柑をむいて食べて、その皮が少し波間に揺れている——この具体的な現実を切り取っているところに、海に生きる人の生活の習性のようなものが感じられて面白い。


金子 楊さんはえらい社会時評的に考えて、姜さんはポエティックに受け取った。これは誰の句でしたか。


ビナード 僕です。


金子 あんたらしい句だ。上手く自己弁護してたね。



マンダリンも季語としてオッケー


金子 それから2点句。「マンダリン幼き日々の夢遠く」。姜さんとジローラモさんが取った。


 マンダリンって何のこと?


金子 蜜柑のことです。季語としてオッケーだ。エキゾチック。


モレシャン 中国原産の蜜柑のことを西洋ではマンダリンと言います。


ジローラモ マンダリンと聞くとお母さんが冬に蜜柑の皮をむいて食べさせてくれたことを思い出す。皮は薪ストーブの上に置くから柑橘類の香りが広がるんです。あの香りとともに懐かしさがこみあげてきた。


金子 この句よりも、ジローラモさんの話の方が面白いくらいだ。伊勢の漁港の話にしろ、夢見る男だね。さすが色男。で、この句は誰?


モレシャン 私です。



©共同通信社


炬燵と蜜柑は日本の生活の中でセットだから、陳腐だよ


金子 マンダリンが効いたね。同じく2点句「蜜柑むく母のやさしさ切り炬燵」。柔らかい句です。ジローラモ・モレシャンの欧州勢が取っている。


モレシャン 難しくない句で、いい意味で単純。フレッシュ、ロマンチック、あったかーい。問題なしの句でございます。


金子 これだけ褒められると反対意見が出しにくい。


ビナード ま、でもこれは季重ねですね。切り炬燵と蜜柑で季語が重複。


金子 私は季重ね構わない派なんだ。陳腐なこと言っちゃいけねえぜ。



金子兜太「陳腐なこと言っちゃいけねえぜ」


ビナード ただ、炬燵と蜜柑は日本の生活の中でセットになっているから、そこが陳腐に思えてしまう。


金子 それよりも「やさしさ」という言葉が甘くないですか? やさしさ、切り炬燵と優しい言葉が並んでしまった。優しい雰囲気が分かりすぎてアクビがでるって感じでね(笑)。


 これ、私の句でした。全然芸がなくてすみません。


金子 2点入ってるんだから、大したものですよ。


 母って言葉があるから、小説『母 オモニ』を書いた姜さんかなって気はした。


 いや、優しさに流れ、意地悪さがありませんでしたね(笑)。


ビナード 「蜜柑むく母の意地悪切り炬燵」もありかも。


 意地悪なら「妻」にしたほうがいい。



季語が3つ! いくら何でも許せない


金子 どんどん盛り上がってきた。1点句を軽く触れていきましょう。「鏡餅蜜柑を載せて初日の出」。これもビナードがうるさいだろう。


ビナード 季語が3つ! いくら何でも許せない(笑)。


モレシャン 私はこの句を取りましたよ! 誰もがよく分かる句。シンプル・イズ・ベストでございます。


 ありがとうございます。私の句です。てっぺんの蜜柑が初日の出みたいでしょ。全部季語でできた句。


ビナード この3段重ねは、まるで季語の鏡餅みたいなもんだね。



アーサー・ビナード(詩人・アメリカ代表)


1音足りない字足らずが逆にいい


金子 「みかんがりきみのくちびる甘酸っぱい」。これはビナードさん、なぜ取ったの?


ビナード ちょっと元気のある句だね。甘酸っぱいって言っちゃ、まんまやなあと思うんだけど、逆に魅かれた。


金子 「みかんがり冬の初恋熟した」のほうは私が取った。この下5の字足らずがいいんだ。1音足りないのが弾みになっていていい。


ジローラモ みかんがりの句はどちらとも私。「甘酸っぱい」は「ほろ苦い」にしようか迷った。人生の出会いは必ず甘いわけじゃないから。



©iStock.com


 蜜柑狩り誰と行ったの? 初恋が熟したって、アヤシイヨ(笑)。


ジローラモ 熟したほうがおいしい。でも腐っているかもしれない。果物もロマンスも、それは食べてみないとわからない(笑)。


金子 ジローラモさんは活発。お次は「友来たりみかんひと箱春近し」。


 私が取りました。友達と愚痴や文句を言いながらみかんひと箱ぺロリと食べちゃううちに、でも今年は頑張ろうみたいな春の希望が出てきた。そんな風景じゃないかな。


モレシャン うれしい鑑賞をしてくださいました。私の句でした。





「おたくモテるでしょう」「いやいや、そんなことは……」


金子 ビナードさんが点入れた「初恋の面影誘う蜜柑の香」。


ビナード ちょっとつきすぎだけど、いただきました。


 つきすぎ、とは何ですか?


金子 類型的ということです。


 なるほど。私の句でした。勉強不足でした。お恥ずかしい。


金子 ずいぶんモテそうな句だ。おたくモテるでしょう。


 いやいや、そんなことは……。



俳句を散文のように読んじゃいけない


金子 楊さんがお取りの「乗り継げば在来線に蜜柑の香」。


 東海道線とかだと、乗客が蜜柑を食べていそうな気がしません?


 ローカル色があっていい。


ビナード 僕の句でした。


金子 「水仙と蜜柑と犬の間抜け面」。楊さんだけが取った。


 間抜けな犬の顔を想像すると温かい。ふざけててこういうの大好き。


金子 ええ、ふざけてましょうな。


ビナード 水仙も蜜柑も犬も間抜け面ってことなんだよね?


モレシャン 私も同じくみんな間抜け面なのかと思って、わからなくなって取れなかった。ビナードさんと1回くらいは意見が合うのね(笑)。



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ビナード 「と」を重ねてるところが曖昧なんじゃないかな。


金子 散文のように読んじゃいけない。5・7・5を大事にして読まなきゃ。水仙と、蜜柑と、と「と」で軽く切れるんです。切れというのは非常に大事なんだから。


ビナード 「水仙と蜜柑や犬の間抜け面」にしては?


金子 だめ。野暮ったい。「や」と切るほど切れを強くする必要はない。軽く切っていくのが味なんだ。


 ああ、なるほど。先生のお話を聞いて、これは俳画になりそうな感じがしてきました。私は与謝蕪村が好きですが、国宝になった「夜色楼台図」は本当に素晴らしい。


ジローラモ どういう画ですか?


 冬の京都、蛍のように家々に灯がホワーッと点り、雪の中にある静けさと温かさが伝わってくる。


ビナードに色々言われてムキになっちまったよ


金子 俳画のようだと言われて多少救われた。これは私の句でした。ビナードに色々言われてムキになっちまったよ。それから「蜜柑食べる直木三十五の真面目」も私の句なんですが、誰も取らなかった(笑)。菊池寛は芥川賞と同時に直木賞も創設しましたが、ここに名を残している直木三十五って作家はくそ真面目な顔して文章がゴテゴテしててね。でも私は好きなんだ。



金子宗匠「ムキになっちまった」


 三十五って不思議な名前。


金子 31歳の時から毎年自分の年齢に合わせてペンネームを変えて、35歳でとめたそうですな。


モレシャン 私はもうすぐ75になりますが、齢取らない。エアロビクス、ズンバ、ヨガ全部やってます。


金子 私は年齢7掛けの気持ちでいるからいま70歳だ。


モレシャン じゃあ先生、今度一緒にエアロビクスやりましょう。


金子 そいつはちょっと具合が悪いな……。



(「文藝春秋」編集部)

文春オンライン

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