東洋大・相澤&東京国際大・伊藤、2区で見せた「ランデブー」の舞台裏——箱根駅伝2020「TVに映らなかった名場面」往路編

1月4日(土)21時10分 文春オンライン

 青山学院大が2年ぶり5度目の総合優勝を果たした第96回箱根駅伝。7区間で区間新記録が生まれたことが話題となったが、駅伝ファンの心に刻まれたシーンは他にもたくさんある。今大会も全区間に足を運んで現地観戦した駅伝マニア集団「EKIDEN News」( @EKIDEN_News )の西本武司さんが、毎年恒例、テレビで観ているだけではわからない“細かすぎる名場面”を語った。まずは「往路篇」をどうぞ。( 「復路篇」 もお楽しみください)


【1区】“都市伝説”を覆した創価大、最後尾からの区間賞


 今大会はこれまでの常識がさまざまな場面で覆されて、驚きの連続でした。まさに「令和の箱根駅伝」——それを予感させる場面が、すでに1区のスタート直後からありました。


 実は箱根駅伝の1区には“都市伝説”があります。「大手町をスタートして最初のカーブを一番に曲がった選手が1区を制す」というものです。気になってEKIDEN Newsは 「あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド2020 」 (ぴあ MOOK)で、過去16大会をさかのぼって調べてみたところ、カーブを一番に曲がった選手の区間賞は8回。高確率ですね。


 ところが、今年区間賞を獲得した創価大学の米満怜選手が最初のカーブを曲がったのはなんと集団の最後尾。最初から異例の事態が起きていたのです。



スタート直後のカーブ。創価大・米満選手(左端)はだいぶ離れて最後尾だ ©鈴木七絵/文藝春秋


 スタートで最後尾の選手が区間賞、これは1区が高速レース化したことの裏返しでもあります。「令和の箱根駅伝」における変化その2といえるでしょう。


 これまで1区のレース展開は、スローペースで進んで最後にぴゅっと飛び出してトップを狙う、というのがセオリーでした。駒澤大や東洋大はこのセオリーに則った選手起用をした。ところが早稲田大は中谷雄飛選手、東海大は鬼塚翔太選手、青学大は吉田圭太選手と、本来はエース区間の2区に投入されてもおかしくない選手を投入して、「1区=スローペース」という常識を崩しにいったんです。


 そして定説を覆す展開の中、創価大が区間1位、國學院大が区間2位となった。これまで本命ではない学校が上位に入るのは、留学生がうまく走ったケースぐらいしかあり得なかったのですが、ノーマーク校の日本人選手が区間賞を獲得。何から何まで新しい、まさに「令和の箱根駅伝」! 今回、これ何度も言いますからね(笑)。




【2区】東洋・相澤&東京国際・伊藤「15キロのランデブー」


 2区は青学大の1年生・岸本大紀の快走が話題となりましたが、われわれが注目したのはやはり東洋大・相澤晃選手と東京国際大・伊藤達彦選手の「15キロのランデブー」です。


 昨年の箱根駅伝で、EKIDEN Newsの仲間であるポールさん(元国士舘大の投てき選手)が相澤選手の体のツヤとゆったりした大きな走りを見て、「馬並み」と表現したのですが、今年は「馬並み」に拍車がかかっていましたね。そんな相澤選手と伊藤選手が5キロ過ぎから並走。同じ4年生の2人がとても楽しそうに走る姿は、まさに「ランデブー」でした。



 昨年の立川ハーフで相澤選手が優勝、伊藤選手は2位。その後ナポリで行われたユニバーシアードのハーフマラソンでは相澤選手が金メダル、伊藤選手は銅メダルを獲得しました。伊藤選手にとって相澤選手は、ライバルであり届きそうで届かない存在。しかもお互いにリスペクトもしている、すごくいい関係なんです。


 僕は鶴見中継所でも2人に注目していたのですが、1区の選手の到着を待つ間から楽しそうにしていて、「後から行くからな」「待ってるぞ」みたいな雰囲気が流れていました。



 東京国際大が13位、東洋大が14位でたすきが渡り、5キロくらいで相澤選手は伊藤選手に追いつきました。普通なら風除けにしようとどちらかが後ろにつくところですが、2人は並走をするんですよ。一緒に走れることが嬉しくて仕方ないという気持ちが溢れるように、伊藤選手はときおり笑顔も見せていました。体格は違うのですが、ピッチやテンポはぴったり同じ。これはランニングをしている人ならわかると思うのですが、リズムが合う人と一緒に走ると、タイムが自然と上がることが多いんです。そう考えると、相澤選手本人もレース後に「伊藤くんのおかげ」と言ったように、区間記録は1人で作ったものではなく、伊藤選手の存在があったからこそ。伊藤選手もぐいぐいとタイムを伸ばし区間2位の走りとなりました。




【3区】青学・鈴木「ヴィンセント、先に行け」事件の真相


 2区が「ランデブー」なら、3区は「ランデブー未遂」が記憶に残りました。東京国際大のイエゴン・ヴィンセント選手が1時間を切る59分25秒というとんでもない区間新を叩き出したのですが、青学大の鈴木塁人選手の“ある行動”が記録達成をアシストしたとも言えるでしょう。


 11km過ぎ、先頭を走っていた鈴木選手が後ろについたヴィンセント選手に「先に行け」とばかりに手で合図したシーン、覚えている方も多いのではないでしょうか。中継では、実力差も考えて道を開けたかのように言われていました。


 しかし実情は違ったみたいです。レース後に鈴木選手と言葉を交わした駅伝仲間のポールさんによると、実はこの直前、原監督がヴィンセントの後ろにつけと指示を出して、トイレ休憩に入ったらしいんです。本人としてはその指示に従って、「先に行け」ではなく、「俺を引っ張ってくれ」という合図のつもりだったそうなんです。鈴木選手はこの1年、タイムが伸び悩んだりと、ずっと苦しんでいた。だからこそ、箱根で先頭争いができることが楽しくて、笑顔で走りながら合図を送ったと。


 ところがヴィンセント選手には、その思いが伝わらなかった。むしろ火をつけてしまったようで、一気に抜いていってしまった。鈴木選手は「あ、これは勘違いしちゃったな」と思ったそうです。実際、映像を見ると、驚いた様子で何度もヴィンセント選手を見る鈴木選手の姿が写っています(笑)。「あいつ、すごいスピードで抜いてったんですよ」と苦笑いをしていましたが、歴史的記録が生まれた影に鈴木選手のアシストがあったということは、残しておきたいと思います。



 もう一つ、今大会のキーワードといえるのが「国産留学生」です。ヴィンセント選手のように留学生の活躍はありましたが、それ以上に、相澤選手をはじめ日本人選手が、留学生選手と比べても遜色のない走りをしたことも目立ちました。Twitter上では彼らを冗談で「留学生ですよね?」と言う人も出てきて、相澤選手は「アキラ・アイザワ」、7人抜きで区間3位だった駒沢大のスーパー1年生・田澤廉は「レン・タザワ」、区間2位の帝京大2年生・遠藤大地は「ダイチ・エンドウ」と呼ばれていました。サッカーの本田圭佑選手を「ケイスケ・ホンダ」と呼ぶ感じです。世界レベルのポテンシャルがある日本人選手が続々と登場する、これも「令和の箱根駅伝」ですね。





【4区】“ブルボン”吉田が“東洋の馬”を超えた日


 4区といえば昨年は“馬並み”の東洋大・相澤選手が、藤田敦さんの伝説的な記録を塗り替えたことが話題となりました。1時間54秒というこの記録は、10年、20年は抜かれることはないだろうと思われていたのですが、なんと1年で塗り替えらてしまったというのが、今年の4区のハイライトですね。青学大の吉田祐也選手が1時間30秒という驚異的なタイムで区間記録を更新したのです。


 今年、相澤選手の区間記録に迫る選手が現れるとしたら、それは東海大の名取燎太選手だと言われていましたし、吉田選手は、正直そこまで目立つ存在でもありませんでした。今年卒業して就職する吉田選手ですが、卒業後は競技から退き、ブルボンでサラリーマン生活を始めることになっています。“キナーリ”と呼ばれた青学大の先輩・池田生成さんがいる会社です。最後の箱根駅伝は10年間の陸上生活の集大成、よい思い出づくりを、と見ていたんです。



 ところが、蓋を開けたら、相澤の大記録をあっさり抜いてしまった。NHKラジオの解説をしていた金哲彦さんは「今からでも取れるところは、取った方がいいんじゃないか」と発言、みんなが「たしかに」とうなずく事態となりました。ブルボンは青学大選手たちも愛飲する「ウィングラム」という栄養補給飲料を作っているので、陸上との縁が切れるわけではないんですけどね……。




【5区】東京国際・山瀬が「もう走らん!」で芸術点獲得!?


 箱根といえば“山の神”ですよね。昨年末に発売された雑誌『Number』の座談会で、「4代目・山の神」選考委員会のようなことが行われました。初代山の神・今井正人さん、2代目山の神・柏原竜二さん、3代目山の神・神野大地さんのお三方が、誌面で山の神の条件を話し合っているんです。そこでは「記録更新」「往路優勝でフィニッシュテープを切る」など、いくつかの条件があがりましたが、そのなかで「しばらく勝っていないチームを勝たせたというイメージ」というものもありました。要は成績や記録だけでは計れない、「印象点」が必要ということなんですよね。


 そう考えると、昨年、国学院大の浦野雄平選手が、次の山の神候補として名前があがったのは、タイムだけではなく、ゴール後に彼が発した次の言葉が大きかったのです。


「どんなもんだい!」


 今の若い子が言わないような、昭和のマンガのセリフみたいですよね。この言葉で印象点を稼いだのではないかと思えるのです。


 そして今年、高い印象点を叩き出したのが、東京国際大の山瀬大成選手です。順位は区間10位と振るわなかったため、山の神認定には至りませんでしたが、ゴール後に仲間に抱き抱えられながら、彼はこんな言葉を発していました。


「もう走らん、ここは。もう走らん。もうええ、無理だよ」



 抱き抱えるメンバーからも、思わず笑みがこぼれてしまうこの言葉。印象点は稼いだので、あとはタイムでしょうね。


 もうひとつネットで盛り上がったのが「#うねうね対決」です。これは中央学院大の畝歩夢選手と、中央大学の畝拓夢選手の双子のこと。同じ5区を走った、タイムはなんと3秒違い、学校名も2文字違い(笑)と話題になりました。さらにそこから派生して、畝兄弟を含め、岡山の倉敷高校出身選手が5区、6区の山区間に多く投入されたことも注目を集めました。5区の畝兄弟、6区には中央大の若林陽大選手と明治大の前田舜平選手がエントリー。マラソン日本記録保持者の大迫傑選手らを輩出した“スピードランナー”の佐久長聖高校に対して、“クライムランナー”の倉敷高校という図式ができつつあると感じています。



 5区は観客側にも変化がありました。昨年の台風19号の影響で箱根登山鉄道もいまだ復旧していないなか、箱根の山中に驚くほど観客が増えたことです。例年なら函嶺洞門を過ぎたあたりが人が極端に少なくなっていたんですが、今年はまるで森林限界を超えたように、登っても登ってもたくさんの人がいました。僕らが監修した 「あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド2020」 を読んで、交通機関がなくても、自分の足で箱根に登って観ればいいというムードができていたようです。


「赤い車」から沿道に呼びかけていたのは、なんとあの人?


 最後に、今大会で全体を通じて名場面といえたのは、「赤い車の物語」です。現地では選手が来る前にまずパトカーがやってきて、その後を赤い車が続き、そして白バイ、選手がやってきます。


 赤い車の役割は、「このあと選手が来ます、沿道から出ないでください」という呼びかけなのですが、今年は言葉が違ったんです。


「みなさま、今年も応援にお越しくださりありがとうございます。選手が通過するときには旗を振らないでください。私は選手に聞いたのですが、走っているときに旗の音しか聞こえないというのです。ですから、選手が通り過ぎる時は旗を振らずに、選手の名前を呼んだり声援を送ってください」と、往路復路で、沿道の人々に語り続けていたんです。


 話はこれだけでは終わりません。この声、どこかで聞いたことあるなと思っていたのですが、語りかけていたのはなんと今回箱根に出場できなかった山梨学院大の上田誠仁総監督だったんです。上田監督といえば箱根駅伝レース後に行われる大手町の報告会で、選手たちにまるで詩のような感動的な言葉を送ることで知られています。そんな上田監督が、沿道の観客に蕩々と語るわけです。この呼びかけにより、選手の名前を呼ぶという応援方法に変わり、沿道の雰囲気がガラリと変わった。まさに「令和の箱根駅伝」ですね。


構成/林田順子(モオ)



中央大・舟津選手と田母神選手の最後を見届けたかった——箱根駅伝2020「TVに映らなかった名場面」復路編 へ続く



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