オーディションに落ちて「階段下りれない。悔しい」と語った松岡茉優が、時代を代表する女優である理由

1月4日(土)17時0分 文春オンライン

 映画『Wの悲劇』や漫画『ガラスの仮面』にも、こんな血を吐くようにリアルな女優のセリフは登場しなかっただろう。


「階段下りれない。悔しい」


 女優の松岡茉優は2019年 10月のインタビュー中で、あるエピソードを語った。 それは彼女が『万引き家族』でカンヌのレッドカーペットを歩き、『勝手にふるえてろ』で初主演を飾るよりもたぶんずっと前、子役から始まり高校までに何百というオーディションを受けたと語る若き日の思い出だ。


 2人1組で芝居をさせられ、その片方である松岡茉優に対してだけ、演出家は「上手いのは分かったから、心動かしてみせてくれや」と繰り返し繰り返し言ったという。その帰り道、市ヶ谷駅の階段の上で、松岡茉優は携帯電話から母親に対してつぶやいたのだ。「階段下りれない。悔しい」と。



松岡茉優 ©文藝春秋


 爆笑問題太田光が、2013年6月の深夜ラジオで映画『桐島、部活やめるってよ』で松岡茉優を評した言葉は、今もファンの間で語り草になっている。「まあ別に僕にとってはそこそこの映画でしたけども、ただ1人ね、バケモノみたいな女優が出てましたね。やけに上手い。上手すぎて浮いちゃってんですよ(中略)たまに出てくるんだよね、バケモノみたいな役者ね。あれは樹木希林みたいになるんじゃないかな」


 8歳で子役として芸能事務所に所属して以来、多くの作品への出演を通して松岡茉優の演技力はよく知られていた。業界内から「天才」「バケモノ」という多くの賛辞を送られながら、松岡茉優は映画『ちはやふる 下の句』まで大きな映画賞の受賞がなく、『勝手にふるえてろ』まで主演作さえもなかった。


 無冠の帝王、いや女王、などという称号は彼女にとってありがたくもないものだっただろう。国民的大ヒットとなった朝の連続テレビ小説『あまちゃん』にも出演し、能年玲奈、橋本愛、有村架純という共演者たちが放送後に次々とスターダムに駆け上がるのを見上げながら、彼女たちよりキャリアと演技力で頭ひとつ抜けていたはずの松岡茉優はオーディションに通う日々を送っていた。「悔しくて階段が下りれない」という言葉は、そういう日々の中から生まれた言葉だった。



「初めて女優さんになりたいと思えた」


 松岡茉優がインタビューで語る言葉はいつも水際立っている。『万引き家族』のインタビューで語った「(安藤サクラさんや樹木希林さんを見て)初めて女優さんになりたいと思えた。(女優という言葉ではなく)今まで俳優と一人称で名乗ってきた、でもお二人を見て“女優がいい”“女優になりたい”と思えるようになった」という言葉は、押しつけられた女性性を再定義し、自分のものとしてとらえ直すというフェミニズムの概念をたった数語に凝縮したかのように鮮烈で、また同時に安藤サクラや樹木希林が何者であるのかという美しい批評文にもなっている。



 昨年末に「暮しの手帖」に掲載された「あなたに届くまで」という短いエッセイは、表現のリーチが広がるほど人を傷つけるが 、それでもリスクを背負って表現をしていく必要があるという、彼女の職業の本質についての見事な随筆になっていた。


 彼女はいつも、舞台挨拶やインタビューの場に 、何をどう伝えるか考え抜いた言葉を手土産にやって来る。申し訳ないが、 記事によってはお決まりの宣伝と定型文に慣れた芸能記者の方が彼女の言葉に追いつけていないのではないかと思う時もあるほどだ。


 事務所の移籍のため閉鎖されてしまったブログや、今は終了してしまったラジオ番組で彼女の言葉に直接 触れることのできた昔からのファンはなんと幸運なのだろう。若くしてこれほど自分や周囲の状況を客観的に分析する理性を持つ女優の語る言葉に、エッセイやラジオでもっと触れたいと思う観客は多いはずだ。


単に語彙や表現が豊かなだけではない


 冒頭の言葉を回想したインタビューで、彼女は同世代の女優たちについても語っている。それは単にあの子やあの子とは仲がいい、という内容ではなく、親友の伊藤沙莉や橋本愛、二階堂ふみや土屋太鳳についての短く力強い批評であり、エールにもなっている内容だった 。


 雑誌『日経エンタテインメント!』のインタビューでは、上の世代の高畑充希、下の世代の広瀬すずについて触れ、「ここから世代交代が始まって、私たちがテレビドラマや映画のムーブメントを起こしていかなきゃならないはず。新しい時代は私たちのものなんだという意識をもって、それぞれの歩幅でやっていけたらいい」と語り、シネマトゥデイのインタビューでは子役時代から一緒に活動した同世代の松本花奈が今は映画監督になっていることにふれ、同世代の監督が増え始めていると語る。


 単に語彙や表現が豊かなだけではない。『ちはやふる 下の句』で彼女を映画賞に導いた小泉徳弘監督も彼女の頭の回転の速さに舌を巻いたという が、明らかに広い視野、パースペクティブを持って自分と同世代の女優たちの状況を俯瞰しているのだ。



 主演第二作『蜜蜂と遠雷』は日刊スポーツ映画大賞の主演女優賞を早くも彼女にもたらした。来年には『劇場』『騙し絵の牙』などの映画公開が控えている。新しい年、新しい時代の映画について、きっと松岡茉優は僕たちにまた新しい言葉を語ってくれるのではないかと思う。



(CDB)

文春オンライン

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