元猿岩石森脇が有吉を語る 「僕がいたら売れていなかった」

1月4日(月)7時0分 NEWSポストセブン

元相方・有吉とは中学時代の同級生

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 猿岩石時代、『進め!電波少年』(日本テレビ系)で有吉弘行と共に大ブレイクした森脇和成(41才)。帰国後に発売した曲『白い雲のように』がミリオンセラーとなり、アイドルのような人気ぶりだったが、2004年に芸能界を引退。11年間サラリーマンとしてすごし、昨年、芸能界に戻ってきた。会社員時代の苦労、そして元相方・有吉との関係などについて聞いた。


——サラリーマン時代はどんな仕事をしていたんですか?


森脇:一番長いのは輸入卸の会社で5年、勤めていました。あとは派遣の仕事も。輸入卸の会社では、時計、バック、財布などのブランド品を販売する営業をやっていました。


——サラリーマン時代、つらかったことはなんですか?


森脇:それまでの人生で、そんなに落ち込むことはなかったんです。たいした成功もしてないんですけど、壁にぶち当たる感はなかったんです。でもサラリーマンをやった時は、こんなにもできないかと思って。器用になんでもこなせる自信がどこかにあって、その鼻をへし折られたというか。


 厳しい社会なので、成績にすぐに表れるじゃないですか。営業なので、売り上げの数字がありますし、飛び込み営業に行ったら門前払い。営業のかたは皆さん経験されていると思いますけど、へこみますよね。舞台で滑った時とはまた違う感じです。


——輸入卸では、売り上げ成績が最下位で、いつも現実逃避していたそうですね。


森脇:オフの日は家にこもって、ずっとDVDを見ていました。日本の作品を見ると私生活につながって楽しめないので、海外ドラマしか見られないんですよ。しかも、スパイものとか超常現象とか、非日常の設定を好んで見ていました。現実社会から少しでも遠ざかりたかったんです。


——そんな毎日を送っているのもあって、芸能界復帰を決意した?


森脇:20代が芸能界で、30代が一般社会で、10年10年ですよね。じゃあ40才になった時に、これからどうしようと考えて。10年10年やってきたことを生かして、40代を過ごせたらいいなと思ったんです。今までやってきたことを、改めて追及したいですね。



——猿岩石が解散して11年の間に、元相方の有吉さんには連絡を取っていましたか?


森脇:とっていません、用事がありませんからね。ネットニュースになっていましたけど、寿司屋でたまたま会ったのが最後。その前は、解散前の仕事場です。


——森脇さんの結婚式にも呼ばなかったんですか?


森脇:呼びませんよ。呼んでも来ないと思いましたし。人見知りだから、誰も知り合いがいないところに呼んでも悪いので、呼ばなかったんです。


——復帰する際、有吉さんに相談しましたか?


森脇:一応電話しました。「復帰します」という断りというか。猿岩石はぼくが勝手に、自分のわがままで辞めているので、報告だけでも一番にしておこうと思って連絡はしたんですけど、つながりませんでした。


——有吉さんと共演したいという思いもあると思いますが。


森脇:もちろんありますね。ただ、すごい人になったじゃないですか。芸能界のトップを走っているひとりなので、ぼくが共演したいと言っても、自分がその土俵まで上がれていないのはわかっていますが、気持ち的にはしたいです。


——共演して、こういう事をしたい、というプランはありますか?


森脇:そこまではないですけど、いじってもらいたいですね(笑い)。


——11年間サラリーマンをやっている間、有吉さんがどんどん売れていく姿を見て、どういう気持ちでしたか?


森脇:すげーなって。有吉が面白いのは、ぼくが一番初めに気づいていますから、何の不思議もなかったです。やっと? みたいな。


——今くらいまで行くと思った?


森脇:正直思ってなかったので、そこまでかと思って。笑っちゃいますよね、あんなに売れたら(笑い)。辞めているときは復帰する気がなかったので、本当に一般人だったんです。だから有吉の番組見て、大爆笑していました


——悔しさはそこにはない?


森脇:もちろん、男なんて嫉妬はありますよ、当たり前じゃないですか。そこで、「くそ、俺も頑張ろう」と思わないと。ただ、今置かれている自分の立場で頑張ろうと思うだけで、また芸能界に戻ろうとか、自分がいたらな、とは1回も思わなかったです。ぼくがいたら有吉は、こんなに売れていなかったかもしれない。


——辞めなきゃよかった、コンビでいればよかったと思わなかった?


森脇:意外とそれは思わないです。いいなーくらいです。普通の人が思うくらいのことですよね、いいなー、すげーなーって。


——有吉さんのことって、サラリーマン時代によく聞かれたんじゃないですか。


森脇:そりゃキリなかったですよ。面倒くさいので、あのままですよって答えていました(笑い)。「どんな人?」「本当はいいやつなの?」とか。知りたいんだなと思って。でも、テレビにそのまんま出るわけないじゃないですか。さんまさんくらいじゃないですか? そのまんまなの(笑い)。


——カラオケで『白い雲のように』を歌ってくださいというのもきっと言われますよね。


森脇:死ぬほど言われました。歌ってと言われたら、必ず歌うようにはしています。だって、嬉しいじゃないですか。握手してください、サインしてくださいって。


——最後に今後の目標を教えてください。


森脇:いつか自分で舞台をやりたいですね。芸人の経験、サラリーマンの経験、全てを生かした舞台にしたいです。長いビジョンとして、いつかやりたいと思っています。


【森脇和成】

1974年8月1日生まれ。広島県出身。幼馴染みの有吉弘行と、オール巨人の弟子入りを経て、1994年に『猿岩石』を結成。1996年、『進め!電波少年』(日本テレビ系)のヒッチハイク企画で大ブレイク。帰国後に発売した曲『白い雲のように』がミリオンセラーとなり、1997年に『第39回日本レコード大賞』新人賞を受賞。2004年にコンビを解散し、芸能界を引退。昨年10月に芸能活動を再開した。


撮影■田中麻以

NEWSポストセブン

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