「宰相は俳句で磨かれる!」 中曽根康弘×金子兜太 俳句レジェンド対談【後編】

1月5日(金)11時0分 文春オンライン

2018年に100歳を迎える中曽根康弘元首相、99歳を迎える俳人・金子兜太さんが2009年に『文藝春秋』で行った「俳句対談」。 前編 につづく後編では、サミット中に浮かんだ一句の話から、俳人政治家の思い出まで。



中曽根俳句には「繊確」の感性がある


金子 中曽根さんの俳人としての姿勢は初期から現在まで全く一貫しているように思うんです。普通は時期によってうんと繊細になったり、荒っぽくなったり自分の作る句に変化を求めがちなんですが、句集を拝見していると、旧制高校時代から現在まで「句柄」が変わっていないんですね。私は中曽根さんに一貫して流れているものを表すなら「繊確」ということだと思うんです。



金子兜太さん(1919年生まれ)


中曽根 「繊確」ですか。


金子 私の造語で恐縮です。繊細なだけの感性倒れにならずに、感じたものを確実に言葉にして押さえている。繊細かつ確実な「繊確」の感性の持ち主だと思います。


中曽根 あまり俳句の勉強もせずにきたから句柄も変わらないし、自我の強さが句にも出ているのかと思っていましたが、なるほどと思います。


金子 それにしても、最近の政治家は俳句を作らなくなりましたね。


中曽根 教養がないんです。それだけ日本の政治家の幅が狭く、底が浅くなりました。


金子 ズバリ。私に言わせれば言霊の精神がないと言うか、スケールが小さいんだ。中曽根さんの「菖蒲湯を王者のごとく浴びにけり」みたいな句を作れる政治家がいないといけませんな。


幹事長時代になにくそと「菖蒲湯を王者のごとく浴びにけり」


中曽根 いやこれは昭和50年三木内閣当時、自民党の幹事長をやっていたときの句なんです。ずいぶん野党から叩かれましたし、同僚の党員代議士からも若いくせに党内で存在感出しやがってと罵詈讒謗(ばりざんぼう)を浴びましてね。そういう中で「なにくそ」と。「何だかんだ言ったって俺は王者なんだ。見ろ、菖蒲湯を王者のように浴びているんだ!」と風呂に入りながら思ったんですね。「王者のごとく」にはそういう気構えを込めているんですよ。



中曽根康弘さん(1918年生まれ)


金子 ハハア、なるほど。ちょうど私が日銀を退職して俳句に専念しはじめたのと同時期だ。私なんかだと気が小さいからね、王者という譬えはオーバーすぎやしねえかなんて考えちゃうんですよ。それを平気で活字にできちゃうのは、いい度胸です(笑)。


中曽根 周囲に対する「コンチキショー!」という句ですから。情感のままにためらいなく(笑)。


金子 コンチキショー俳句(笑)。これくらいのスケールが今の政治家にもほしいですよ。


中曽根 昔は一端(いっぱし)の政治家には俳句のたしなみが備わっていましたね。政治のいろんなむしゃくしゃとか、有形無形の問題を句に託して残すことをよくやっていたもんです。大野伴睦さんもそうでしたし、吉田内閣で官房長官をつとめた林譲治さんもそうでした。林さんは鰌児と名乗って「生涯の詫びごと妻の古袷」という句を辞世にしていましたね。それから原敬。



生涯600句! 平民宰相・原敬のモダンな俳句


金子 平民宰相と呼ばれていただけあって、題材から書き方まで、本当に庶民的。「車遅々牛の涎れの小春かな」「炉によらず肴も喰はず猫の恋」「春風や少女気を置く裾さばき」など柔らかい句が特徴的ですが、生涯で600句ほど作っている。


中曽根 議会で反対をぶつ反対党の態度を詠んだものまでありますね。「痩せ馬を罵る馬子や夏の原」。原敬の句には近代性があると思います。



原敬「炉によらず肴も喰はず猫の恋」


金子 ええ、つくりごとや花鳥諷詠じゃない日常性を詠んでいるから、それだけモダンな印象なんですね。原敬は句帖をつけていたようですが、中曽根さんもそういう手帖、お持ちだと伺いましたよ。


中曽根 一時期持っていましたけど、すぐ飽きちゃってダメなんだ(笑)。いつも正月半ばでやめちまう三日坊主なんです。そのかわりメモの裏側に書き付けたり、思いついたときに書き留めておく。これがいちばんいい。


「控へ目に生くる幸せ根深汁」藤波の人生観だな


金子 中曽根派の政治家はけっこう俳句作っていますね。


中曽根 宇野宗佑とか藤波孝生。俳号はそれぞれ犂子(れいし)と孝堂ですね。


金子 集まって句会などはやらなかったですか。


中曽根 ない。みんな隠し芸として持っておったから、お互いに見せないで楽しんでいました。見せ合うとどうしても張り合っちゃう。お互い知らんぷりしておった。でも藤波孝生の句は雑誌でよく読みましたけどね(笑)。上手かった。


金子 藤波さんのは自然な感じがしますね。上手ですよ。


中曽根 「控へ目に生くる幸せ根深汁」。藤波の人生観だな。私が接してきた政治家藤波孝生がこの句に表れています。


金子 宇野さんのはちょっと作りこんだ感じがするな。「沙羅双樹あまたは蕾咲くは散る」「倶利伽羅や飛雪修羅なす谷隠(がく)り」。



宇野宗佑 「沙羅双樹あまたは蕾咲くは散る」


中曽根 彼は句集も何冊か出しているし、もっといい句がたくさんあったはずですよ。


兜太って名前は、中国じゃヘソから下の名前


中曽根 ところで、この兜太というお名前は俳号ではなくご本名ですか。


金子 はい、父親が付けてくれた名前です。母に聞きますと、きつい男になれという思いをこめたそうで。父親は田舎の医者でしたが、政治の好きな男で、長男に政治家になってほしいと思っていたらしい。それがいつの間にか俳句ばかり作っているんですから父は非常に不満に思っていたようですね(笑)。その上、兜太という名前は中国へ行ってパーティなんかで紹介されると楽しげな空気が流れるんです。


中曽根 どういうことですか。


金子 通訳に「なんで俺の名前が出るとみんな笑うんだ」と聞いたら、彼がちょっと言いにくそうな顔で兜太の「兜」は中国語の音で「褌」の意味があると。しかも金子の「金」に兜太の「太い」と来ちゃあヘソから下の名前ですわね(笑)。


中曽根 ハッハッハ、なるほど面白い話だ。


金子 「康弘」くらいの名前を付けてもらえれば、もう少しましになっていたかもしれない。王者のごとく(笑)。



ミッテランは喜んだが、レーガンには分からなかったらしい


中曽根 中国とは俳句の交流が盛んなんですか。


金子 漢字を5・7・5に1字ずつ入れて作る「漢俳」というものがあってその学会には3000人近い参加者がいます。欧米の俳句愛好者に至っては200万人はくだらないという。この「文藝春秋」でも今年の1月号で「外国人句会」という企画をやって私が宗匠を務めたんですが、盛り上がりましたよ。ここ最近の俳句の国際化は目を見張るものがあります。



第1回「外国人句会」の様子 中央奥が金子さん ©文藝春秋


中曽根 フランスも俳句に理解が深い国柄ですね。昭和60年、首相としてフランスを公式訪問したときに凱旋門でミッテランと私とで竜騎兵の閲兵をしたんです。豪雨の中でしたが竜騎兵はたじろぎもせず軍列を乱さない。それに感動して、「三色旗ささげ雷雨にたじろがず」「大雷雨渦巻く中を竜騎兵」と作りました。その日の晩餐会でこんなのができた、とミッテランにフランス語に訳した俳句を持っていったら、彼は非常に喜んでくれましてね。みんなの前でそれを披露したんです。そしたらフランソワーズ・サガン女史がえらい褒めてくれたそうで。


金子 それはすごい。歴代の総理大臣でも俳句を外交の舞台で活用した人はいないんじゃないですか。仲の良かったレーガン大統領はどうでしたか。


中曽根 レーガンにはよくわからなかったみたいだね(笑)。フランス人には日本に近い感性があるけれど、アメリカはちょっと違うんでしょう。


金子 私もそう思います。短型詩への理解度の差が国によってあるんでしょうな。


サミット中に詠んだ句「言ふべしとボタン押す指汗ばめり」


中曽根 これも昭和60年のボンサミットでは「言ふべしとボタン押す指汗ばめり」というのも作りました。いろいろ各国が議論しているけれども、ここで日本のことを言わなくちゃいかん、と席のボタンを押して発言を求める。その指が熱意で汗ばんでいたんですね。



短冊に句をしたためる中曽根さん 


金子 自ずから汗という季語が使われてるのも面白い。しかし大舞台で自分の俳句をパッと作るなんて、なかなかそれだけの心臓はないですよ。本当はそういう人が欲しいんだがなあ、今の日本には。


中曽根 早いもので56年7ヶ月務めた議員を辞して5年が経ちました。あの時は「なにもかも人生劇場秋の暮」「五十年の怒り沈める秋夜かな」と情感をそのまま表に出した句もしたためましたが、「幾山河越え新緑の米寿かな」、そして去年「長旅も卒寿も新茶も夢の中」の境地に立ちました。金子さんも「冬霧の谷間見つづけ長寿とす」。今年卒寿を迎えられる。


金子 米寿の句、好きなんですよ、やはり堂々としてますなあ。よく俳句やってると長生きできるんですかなんて言われるんですけどね、どうですか。



短冊に一句したためる金子さん


中曽根 俳句は気晴らしになる。これが1番ですよ。


金子 そう、他のことをやりながらも俳句が自然と浮かんでくる。これが健康な証拠ですよ。今や俳句人口1200万人と言われていますが、こうして国民文藝の俳句を縁に一国の宰相経験者にお会いできるのはうれしいことですな。記念に短冊を交換しませんか。


中曽根 喜んで。では私は「暮れてなほ命の限り蝉しぐれ」。それからお好きだと言ってくださった米寿の句を書きましょう。


金子 私は最近の「失業し春の鴉の森に居る」ちょっと今様の時事ものですが。それと「よく眠る夢の枯野が青むまで」。芭蕉の「旅に病んで夢は枯野を駆けめぐる」の向こうを張ったものですが。


中曽根 ハハア、すごい句だ。ありがとうございます。握手しましょう。お互いどうぞ元気で。


金子 100まで生きてくださいよ。そしてまた俳句の話をやりましょう(笑)。



お互いの句を披露し合って大団円


写真=近藤俊哉/文藝春秋



(「文藝春秋」編集部)

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