片山杜秀さんが20歳の自分に読ませたい「わたしのベスト3」

1月5日(金)7時0分 文春オンライン


片山杜秀/慶應義塾大学教授 ©文藝春秋


 二十歳のときの日記を開く。ちょうど大学で研究テーマを決めてゼミに入る頃。右翼に熱中。大川周明の全集を大学の図書館から借りてはコピーに励んでいる。安岡正篤(まさひろ)を読んで陽明学に首をひねっている。血盟団事件や五・一五事件に影響を与えた権藤成卿(せいきよう)の『自治民範』や『自治民政理』に入れ揚げている。権藤は東洋的無政府主義者だというので、そこから飛躍し、老荘思想に日本の未来を託すとか書き付けている。松本健一の『思想としての右翼』、渡辺京二の『北一輝』、滝沢誠の『権藤成卿』、橋川文三の『西郷隆盛紀行』を愛読している。小説では五味川純平の満州を舞台にした大河小説『戦争と人間』に夢中だ。


 正直、今とあまり変わらない。この原稿をしたためている前日や前々日にも、権藤が安岡の主宰した金鶏学院に集う若者にテロのときの刃物の使い方をどう伝授していたかとか、石原莞爾の最終戦争論とかを、大学で講義していた。


 二十歳の頃に、もう少し料簡を広くしておけば! 老荘思想とか言っているが、対になる儒教については何の興味もなかった。満州国と言えば「王道楽土」で、「王道」と言えば儒教なのに。そこは無視。『老子』と『荘子』もよいが 『論語』 を読んでおけばよかった。基本を押さえず、いきなりアンチテーゼに走る。それが青春。が、肝腎な栄養を成長期に摂らねば後々まで響く。


 そうだ、あの頃は右翼を学ぶには左翼を知らねばと思いながら、早稲田の古本屋で買った高畠素之訳によるマルクスの 『資本論』 をついに読めなかった。『資本論』は国家社会主義者の高畠による大正時代の本邦初全訳版でなければと思いつめ、「戦後の左翼の訳では読めません」と言って破綻したのがいかにも青い。ただの馬鹿だ。今、思えば。


 時間は幾らでもあったのに。三十四年前の自分に頭を押さえつけてでも 『人生の短さについて』 (二〇一七年に新訳刊行)を読ませたい。セネカを笑う者はセネカに泣く。


◆ ◆ ◆


『論語』加地伸行・全訳注/講談社学術文庫



『資本論』K・マルクス/大月書店



『人生の短さについて』L・セネカ/光文社古典新訳文庫




(片山 杜秀)

文春オンライン

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