最近、なぜか長野の「おっさんランナー」が速すぎる——2018下半期BEST5

1月5日(土)7時0分 文春オンライン


2018年下半期(7月〜12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。スポーツ部門の第5位は、こちら!(初公開日 2018年11月26日)。



*  *  *


 駅伝シーズン、真っ盛りである。


 大学駅伝だけでなく実業団駅伝、高校駅伝と立て続けに大きな大会も行われ、ファンたちにとっても楽しみな季節になってきた。


フルタイムで働く普通の市民ランナーが……


 そんな中で、レースを控えた段階でメディアやファンが注目するもののひとつに、各大学や地域で行われる「記録会」や「競技会」の存在がある。これらは通常のレースとは違い、それぞれのランナーが狙うタイム毎に組分けがされるため、集団で走りやすく、ペースも比較的一定で記録を出しやすいというメリットがある。その分、好記録も出やすく、見ている側からもどんな記録が飛び出すのかいつも楽しみなものなのだ。



©iStock.com


 さて、そんな記録会において今年の9月、ちょっとした“事件”が起こった。


 世田谷で行われた競技会で、桃澤大祐(サン工業)選手が並み居る強豪大学生ランナーや実業団ランナーにも先着し、5000mで13分55秒84という記録をマークしたのだ。5000m13分台というタイムは、箱根駅伝に出場するような大学でもエース級の記録で、実業団でも十分に通用するレベルの数字だ。


 さらにこの記録に価値があるのは、桃澤が実業団に所属しているわけではない、普通の市民ランナーだったからだ。桃澤が所属するサン工業という企業は、長野県にあるアルミニウムやステンレスへのメッキ技術に特徴がある普通の工業系企業。もちろん陸上部もない。フルタイムで働く普通の市民ランナーからこんなハイレベルな記録が出ることに、多くの人が衝撃を覚えたのだ。


 桃澤の快進撃は止まらず、11月24日の八王子ロングディスタンスでは1万mで28分25秒56という超実業団級の好記録をマーク。トレーニングの一環だったとはいえ、前組で走った大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)を上回るタイムを叩き出した。







 そこで、ふと気づいたことがある。


 近年、桃澤の出身地である長野県の市民ランナーたちのタイムが驚異的な数字を記録しつづけているということだ。桃澤自身もレース後のインタビューでこんな話をしている。


「同じ長野県の30代の市民ランナーの人が、去年5000mを14分ヒトケタで走っていたんです。それを見て13分台を目標にしようと決めました。長野には14分15秒で走っている40代の人もいる。なので、20代の自分が負けるわけにはいかんだろう……と。だったら狙うのは13分台しかないぞと思って(笑)」


実業団、箱根駅伝クラスがゴロゴロいる


 そうして長野県内の市民ランナーの記録を少し調べてみると、その数字に驚かされた。市民ランナーにもかかわらず、実業団や箱根駅伝で活躍するクラスの記録である5000m13分台、14分台のタイムをもつ選手がゴロゴロいるのである。


 地方紙の記者もこう嘆息する。


「たぶんいま、長野県内の市民ランナーで選抜チームを作ったら、年始のニューイヤー駅伝も十分狙えるレベルだと思いますよ。そのくらいレベルが上がっているんです」



 意外なのは、彼らはもともと箱根駅伝で覇を競うような強豪校でバリバリ走っていたわけではない。前述の桃澤も山梨学院大で箱根駅伝への出場経験はあるものの、6区の「山下り要員」とされており、5000mの記録も大学時代のベストは14分43秒だった。


 つまり彼らはいわゆる「昔取った杵柄」での記録ではなく、すべて近年、フルタイムで働く社会人になってから自己ベストを更新しているということである。ランニングブームが広がる昨今とはいえ、なぜこんなに長野の「おじさんランナー」たちに好記録が連発するのだろうか?



大学時代は全国的には無名の存在だった


「普段は市役所の水道課で働いているんです。上下水道のトラブルがあれば時間に関係なく駆り出されるので、走るのは朝早い時間だとか、深夜になることもありますね。休日に諏訪湖を1周走った直後に電話で呼ばれてそのまま現場へ直行したこともあれば、レースの前日に夜間工事をしていたというケースもありましたね(笑)」


 そう語るのは、長野県の茅野市役所で働く市民ランナーである牛山純一だ。前述の桃澤が語っていた「30代で5000m14分ヒトケタ」の記録を出したランナーが、この牛山である。



 33歳だった昨年、5000mで14分9秒の自己記録をマーク。今年も1万mで29分18秒と、実業団顔負けのタイムをマークしている。


 牛山は県内の公立高校から愛知県の私立大学へと進学した。当時から陸上部所属で専門的に長距離を走ってはいたものの、全国的には無名の存在で、もちろん現在ほどの記録は残していなかった。


「当時はなんとなく『この辺が自分の記録のピークなんだろうな』と勝手に思っていました。まさか市民ランナーになってここまで記録が伸びるなんて考えてもいなかったです。


 当時よりは考え方がいろいろと柔らかくなりましたね。別に朝早く起きて走ってもいいし、仕事が遅くなったなら夕飯を食べた後に走ったっていい。ジョギングなんかはお風呂みたいなものだと考えるようになりました。トレーニングというより、血行を良くするための健康法というか(笑)。いまは週2回キツめの練習をして、残りはジョグです。仕事が忙しくなれば自然と走れなくなってしまうので、休養日は作っていないんです」



練習への考え方がガラッと変わった


 牛山の記録が急激に伸び始めたのは、大学卒業後、地元の長野に戻って市民ランナーとして走り始めてからだという。時間も十分あり、しっかりとした指導者がつく高校・大学ではなく、市民ランナーとなってから記録が向上した理由として、牛山は2つの要因を挙げた。


「ひとつは練習への考え方がガラッと変わったことです。やっぱり大学までは集団での練習が多いですし、そこで自分の調子が悪いからとか、意図した練習でないからといって『ちょっと今日は軽めにします』とはなかなか言いにくい。そんな風にトレーニングを『やらされている』感じになったとき、その練習に課題を見出せず自分の感覚を無視して身体を追い込んだ結果、調子が上がらないことがあったんです。


 でも、市民ランナーになってからは自分がやりたい練習を、やりたいようにやることができる。やりたいことをとことん突き詰めることができるので、いい意味で“特化した練習”ができるようになりました」


 自分の目指すトレーニングや、狙った効果のある練習を自身の調子と相談しながら積むことで、効率の良いトレーニングにつながっているのだという。


「例えばひたすらスピード練習をやりまくるとか、そういう極端な練習法ってなかなか強豪チームにいたらやりにくいんです。どうしても苦手をつぶす練習もやらされる。でも、皆それぞれ苦手や嫌いな練習ってありますよね。


 実はそういう本能的な感覚って当たっていて、無理してそういう練習を続けると故障につながりやすいような気がします。もちろん全くやらないわけにはいかないんですけど、やりたくない練習を無理してやり続けることで故障のリスクも上がるし継続した練習ができなくなる。市民ランナーになってそういう部分がなくなったのは大きいですね」



「彼らの前でカッコ悪い背中は見せられない」


 また、長野のおじさんランナーたちの好記録の理由として、もうひとつ牛山が挙げたのが「長野県縦断駅伝」という大会の存在だ。


「県縦断駅伝は長野県内の地域ごとに対抗して走る、県の名物駅伝です。今年で67回を数える歴史もあって、中学生から社会人までがタスキをつなぐ。高校生や大学生では都大路や箱根駅伝を走るようなランナーも多く参加しますし、レベルもなかなか高いですよ」



 そこでの交流も大きな刺激になっているのだという。


「地域のチームなので中学生たちとも一緒に練習するんです。そうなるとおっさんとしても口だけで偉そうなことを言うわけにはいかないから、練習も必死です(笑)。彼らの前でカッコ悪い背中は見せられないですし、負けるわけにもいかない。


 特に最近は私の地域からは關(颯人、東海大3年)選手、名取(燎太、東海大2年)選手、中谷(雄飛、早大1年)選手のような日本学生界を代表するランナーも出てきている。彼らが中学生だった時なんかも、一緒に走りながら背中で伝えられるように頑張っていました。そういう部分はモチベーションになっていますね」


 そうして高いモチベーションで自分のやりたい練習を突き詰めた結果、若いころに自分の「限界」だと思っていた記録など、とうの昔に突破してしまったのだという。


「年齢も重ねたので、やっぱり衰えは感じますよ。朝起きられないし、風邪もひきやすくなった気がしますし。でも、なんでか記録は伸びてますねぇ(笑)。自分のカラダのことが分かってきたのかもしれないです。だからこそ、記録面でいえばまだまだ伸びると思います。市民ランナーでいる以上は、一番大事なのは“楽”に走ること。余裕を持って自分が楽しく走ることが何より重要だと思いますよ」






桃澤大祐選手は、今年の長野県縦断駅伝(4区)で区間新記録だった


なぜ、年を重ねてもこれだけの記録を出せるのか


 もうひとり、県内ではレジェンドと呼ばれるランナーがいる。それが今年47歳になる利根川裕雄(アルプスツール)だ。41歳の時にマークした5000mのベスト記録である14分15秒34は、41歳以上での日本記録でもある。47歳になった今年も、11月に14分56秒65と日本歴代最年長での14分台を記録してみせた。


「子育てが落ち着いた30代の後半くらいから一気に記録が伸びてきましたね。子どもたちと一緒の大会に出ることもあるので、そこでカッコ悪い姿は見せられないと思って(笑)」



 そう利根川は笑う。学生時代は中距離の選手で、長距離を始めたのは市民ランナーになってからだという。なぜ、年を重ねてもこれだけの記録を出せるのだろうか。


「やっぱり若い頃と違ってただ量をこなせばいいわけではない。自分の頭で考えて調子と相談しながら練習を組み立てることが重要なんだと思います。それが市民ランナーの面白さでもあると思いますから」



走ったあとの晩酌が生きがい


 現在の職場は残業も多いため、練習のベースは「通勤ラン」なのだという。キツめのトレーニングは週1回やれれば良いという状況なのだそうだ。


「昔は自分にこんな記録が出せるなんて全然考えたこともなかったです。でも、1秒でもいいから過去の自分を超え続けたいと思ってやっていたらここまで伸びていました。自分で『これ以上は無理』という限界を作らないことも重要なのかもしれません」


 走ったあとの晩酌が生きがいで、レース前も禁酒はしない。そんな「楽しみ」をいかに見出すかも市民ランナーには重要だと利根川は言う。


「市民ランナーが記録を伸ばすには、たくさん大会に出ることが一番だと思います。大会で走れば悔しい想いや、嬉しい想いを積み重ねることができるし、ランナー仲間も増えて行く。そういう部分でモチベーションも保てるし、走る楽しさも感じられるのではないでしょうか」


 50代が見えてきているが、まだまだ記録は伸ばせるつもりでいるという。


「私たちの世代が若いころには長距離に体幹トレーニングなんてなかったですからね(笑)。そういう部分を組み込んで取り入れることができれば、自分にもまだまだ伸び代はあるんじゃないかと思っています」


 彼らの尽きない向上心は、さらなる好記録を予感させてくれる。そしてその背中を追って、また若い世代の市民ランナーたちも自己記録を更新していくのだ。長野県内のある30代の市民ランナーはこう語っている。


「同じ県内にあの年齢であれだけ走る選手がいると、すごく希望になりますよね。『自分もあそこまでは何とか続けよう』『あの記録を出そう』と目標が持てますから」



最新の器具や設備・練習法がなくとも


 そんな切磋琢磨が生むタイムには、数字以上の強さを感じずにはいられない。最近、日本の長距離界は少しずつ過去の隆盛を取り戻しつつある。その核となるマラソン勢を見ると、大迫も設楽悠太(HONDA)も川内優輝(埼玉県庁)も、それぞれ独自の色を出したトレーニングスタイルだ。ただコーチの指導を受け入れるのではなく、自分の身体と相談し、自分の頭で考えながら練習を組み上げ、記録を伸ばしてきている。


 今回、市民ランナーたちの話を聞いて感じたのは、そういったハイレベルなランナーたちにも通じる要素があるということだ。最新の器具や設備・練習法がなくとも、記録を伸ばしていくランナーたちはいる。


 逆に恵まれた環境が揃っていても、与えられたことをただ「こなす」だけでは成長できないのかもしれない。そこには、伸び悩む多くのトップランナーたちも立ち返るべき要素が詰まっているような気がした。


 利根川は言う。


「きっと若くて才能のある実業団ランナーの中にも、考え方を変えたらガラッと伸びるような子もいると思います。やっぱり大人になっても『やらされている練習』ではどうしても限界がある。私たちの年代でもまだまだ伸び代はあると思っているので、若い世代なんていくらでも成長できますよ(笑)」


 きっとおじさんたちは今日も寒風の中、少ない時間を見つけて、走っているのだろう。そのカッコいい背中を、後続達に見せつけながら。



(山崎 ダイ)

文春オンライン

「2018」をもっと詳しく

「2018」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ