松坂桃李、GLAYもランクイン「芸能人よく言った大賞」後編! ジャーナリストもできない権力批判に踏み込んだ2人の芸人に感動

1月5日(日)19時30分 LITERA

よく言った大賞!上田晋也と村本大輔(左・TBSテレビ公式サイト/右・昨年12月の『THE MANZAI』)

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 圧力や攻撃に怯まず、仕事を干されるリスクも顧みず、言うべきことを言った芸能人に、リテラが贈る「芸能人よく言った大賞」。10位〜6位、そして特別賞を発表した前編に続き、この後編では5位〜2位、そして大賞を発表しよう。今回は、イケメン俳優に、政治的発言とは無縁だと思っていた大物司会者、ビジュアル系といわれていたバンドも登場。毎年上位に顔を出す反権力芸能人も感動ものの発言をしているので、是非、最後まで読んでほしい!


5位 松坂桃李
多くの芸能人が出演を拒否した望月衣塑子原案の“政権批判映画に出演した人気俳優の勇気と覚悟、そして功績


 5位にランクインしたのは、俳優の松坂桃李。ランクインの理由は、東京新聞の望月衣塑子記者の同名ノンフィクションを原案にした『新聞記者』の主人公のひとりを演じたことだ。
 何か具体的な発言をしたわけではないが、松坂のようなメジャーシーンで活躍する人気俳優がこのチャレンジングな映画で主演を務めたということは、賞賛に値するだろう。
 本サイトでも公開当時紹介したが、映画『新聞記者』がチャレンジングだったのは、フィクション作品ではあるが、ここ数年のあいだに安倍政権下で起こった数々の事件をまさに総ざらいし、あらためてこの国の現実の“異常さ”を突きつけたこと。そして、その“異常さ”の背後にある、官邸の“謀略機関”となっている内閣情報調査室の暗躍を正面から描いたことだ。
 微妙な設定の違いはあるものの、この国で実際に起こった森友公文書改ざん問題での近畿財務局職員の自殺や、加計学園問題に絡んだ前川喜平・元文科事務次官に仕掛けられた官邸による謀略、伊藤詩織さんによる性暴力告発などをモチーフとするエピソードがいくつも描かれた。
 なかでも衝撃的だったのが、官邸と一体化した内閣情報調査室の暗躍ぶりを描いたことだ。政権の方針に反抗的な官僚のスキャンダルをマスコミ関係者にリークしたり、“総理べったり記者”による性暴力と逮捕もみ消しを告発した女性のバッシング情報をネットに投下したり、といった工作は、北村滋内閣情報官が率いる内閣情報調査室の謀略そのものだった。
 そもそも政治を題材とした映画は数あれど、現在進行形の政権(の不祥事)を題材にすることは稀だ。しかも、現在の安倍政権は言論弾圧体質で、政権に不都合な報道に対して陰に陽に圧力をかけることで知られる。そんななか映画『新聞記者』は、安倍政権の現在進行形の不祥事や官僚支配、謀略体質を題材にしたのである。
 そして、この内閣情報調査室のエリート官僚を演じたのが、松坂桃李だった。上司からの命令と、官僚としての理想や良心との狭間で葛藤・苦悩するエリート官僚を好演した。
 このような映画に出演することは、俳優にとってもリスクが高いことは言うまでもない。もうひとりの主人公である女性新聞記者は『サニー 永遠の仲間たち』などで知られる韓国の実力派女優・シム・ウンギョンが務めたが、当初日本の女優にオファーしたが断られるなど、キャスティングが難航したとの報道もあった。
 もちろん、松坂自身もリスクはわかったうえで、この映画に出演している。「日刊スポーツ映画大賞」作品賞受賞の壇上で松坂はこのように語っていた。
「『これが公開されたら、僕らいないかもね』とプロデューサーに言われていました。無事公開できればいいなという思いが強かった」
 結果的に『新聞記者』は興業収入4億円を突破。このような硬派な映画としては画期的な成績だが、これは、安倍政権に不信感を持つ人の多さに加え、質の高いエンターテインメントに仕立て上げた製作陣・キャスト陣の手腕、なかでも松坂というメジャー俳優が主人公を演じたことで、メジャーシーンへと押し上げポピュラリティを獲得したことにあるだろう。
 前述した日刊スポーツ映画大賞・作品賞の受賞に続き、ブルーリボン賞でも作品賞と主演男優賞にノミネートされるなど、賞レースでも注目を集めている松坂。映画『新聞記者』が突きつけたものが、またあらためて多くの人に届くことに期待したい。


4位 GLAY
“ビジュアル系”扱いされていたバンドが時代の空気に抗い、令和ブームと安倍政権の歴史修正主義を批判


 ネトウヨからの攻撃を恐れて政治発言を控えるどころか、政権の行事に積極的に参加するアーティストやミュージシャンが跋扈している日本の音楽界。だが、2019年は意外なバンドがそうした空気に真正面から抗う楽曲を発表した。   
 GLAYが発表したアルバム『NO DEMOCRACY』だ。タイトルからもわかるように、このアルバムにはいまの政治状況への危機感を表現する楽曲が複数収録されていた。
 たとえば、「戦禍の子」。〈国を奪われ家族とはぐれ/国境を目指す民に/機関銃〉〈今度生まれてくる時は/ちゃんと見つめてもらいなよ/ちゃんと守ってもらいなよ/ちゃんと愛してもらうんだよ〉と歌われるこの曲は、難民問題を題材にした曲だが、実はそれだけを描いた曲ではない。
TAKUROはインタビューで「日本における子供の貧困っていうのも、実は隠れた数値ではものすごく高いらしくて、そういうことも同一線上にもってきたいと思いました」と語っていた。
 もうひとつ注目したい楽曲がアルバムの最後を飾る「元号」。「令和」ブームに乗っかった曲なかと思いきや、そこにはこんな歌詞が歌われていた。
〈かつて兵士たちは目隠しのままで玉砕しました/消え去った祖国の夢と/今もあの戦争(とき)を悔やんでいるならば/声をあげて欲しい 新しい元号の下で〉〈かつて俺たちは人生の舵を預けていました/放棄していました/誰も誰かの人としてあるべき尊厳を/奪えはしないのだ 新しい元号の下で〉
 昭和、平成、令和へと時代が移り変わっていくなか、昭和の時代に日本が起こした戦争に言及し、新しい元号になったいまこそ、そのことへの反省の声をあげしてほしい──。これは明らかに「令和」の時代、安倍政権下で進む、戦争肯定、歴史修正主義に抵抗するために書かれた曲と言っていいだろう。
 こうした曲を書く理由としてTAKUROはやはりインタビューでこう語っていた。
「あれは、時々自分たちの立ち位置を見失わないように、そして『ロックミュージックってものの本質って何だろう?』って、そのことを理解しているわけではないけれども、立ち返る必要がある時には、やっぱりああいう曲は積極的に出していきますね」
 かつては“ナンパなビジュアル系”のイメージもあったGLAYが示したロックミュージシャンとしての矜持。2020年代は表現者としての芯を持ったGLAYのようなミュージシャンがもっと出てきてくれるといいのだが……。


3位 所ジョージ
“お気楽”が売りの大物タレントが沖縄の米軍基地問題をテーマに“プロテストソング”、原発再稼働や五輪批判も


 芸能界の第一線で活躍し続け、『ポツンと一軒家』(朝日放送テレビ朝日系)など高視聴率番組の司会もつとめる、所ジョージ。お茶の間で親しまれ続ける超メジャーなタレントがランクインしたのは、YouTubeでの活動に対して、だ。
 所は「世田谷一郎」名義でYouTubeチャンネルを開設しているのだが、2019年1月、年末年始を沖縄で過ごしたことを報告。そのなかで三線を弾きながら、〈アメリカの飛行機/アメリカに降りてョ/周辺諸国の防衛/沖縄の人の感情/両者正義で何年ももめて/その間諸国は攻めるの休んでくれているのか〜な〜〉と歌った。
 これは明らかに「周辺諸国の脅威から防衛するため、沖縄に米軍基地は必要」という安倍政権や基地移転推進派に痛烈な皮肉を込めた所流のプロテストソングだった。
 所がこのような楽曲をYouTube上で発表するのはこれが初めてではない。2018年にも「沖縄の土地」という楽曲で米軍基地問題を追及しているし、同年には〈原子力の片付け終わっちゃいないのに/安全の基準値を満たしてるんじゃないのかと/痛い目忘れ/やる事はやっていますョと/やってて片付かないんじゃ 次も同じでしょう/電気に群がる我々って 何?〉と原発再稼働に疑問を投げかけた「全員集合」なる曲も発表している。
 さらに、2013年11 月にYouTubeにアップした「コントロール」では、アベノミクスの格差助長政策についての批判ソングまで歌っていた。
〈株価が上がって/やったみたいな顔してますが/大きい企業のための日本ではないはずなのに/お腹の空いてる皆さんの前に安いもの並べても/ガマンできるものだと思っている〉
 また、2017年には雑誌の対談でオリンピック招致をこう真っ向から批判したこともある。
「だいたいさ、「オリンピックが来るからおもてなしをしましょう」って、おもてなし以前にモラルがないわ。あんな震災があったばかりで、まだ収束したわけじゃないのによく呼ぶと思う。おもてなし以前の話だよ。普通ね、おもてなしの気持ちとかモラルがあるんだったら、もしオリンピック開催地に選ばれたとしても「いやいや、日本はまだ原発も片付いていないし、地震も多いので今回は見送らさせてください」って言うのが本来の日本だよ。震災とか棚上げして浮かれてんじゃねえよって思うもん」
 こういった顔は、普段テレビで見せている飄々とした所ジョージからは想像もつかない。実際、かつての所は意識的に「無責任で自由な趣味人」を演じ、どれだけ真面目な社会問題から距離を取るか、政治的になってしまうことからどう逃れるかを目指してきた印象すらある。
 それが、安倍政権になった頃から明らかに、直接的に政治を風刺する表現が増えているのだ。これは、所ですら、安倍政治に危険性を感じ始めたということなのだろう。
 いや、その危険性は「自由な趣味人」であるからこそ感じ始めたということかもしれない。頭のいい所は、自由であるためにはまず「平和」と、健全な民主主義が必要だということをわかっている。だから、安倍政権になって「言うべきときは言うべきことを言う」という態度をとらなければ、いずれそういった生き方ができなくなってしまう、そう考え始めたのではないか。
 メディアは、所までが政治問題にコミットし始めたという事実をしっかりと受け止める必要があるだろう。


2位 村本大輔(ウーマンラッシュアワー)
吉本上層部からの圧力も政治発言はさらに深化!「透明人間」という表現で社会的弱者の存在を突きつけた漫才に感動


 この数年、一貫して日本の政治や社会の問題を指摘し、安倍政権批判を続けている村本大輔。もはやわざわざ「よく言った」と称賛する必要もないのだが、今回もランクインせずにいられなかったのは、村本が周囲から想像以上の圧力を受けていたことが明らかになったからだ。
2019年3月、村本は3年にわたってMCを務めた『AbemaPrime』(AbemaTV)を降板したのだが、その際、吉本の上層部から政治発言をやめるように言われ続けてきたことをこう告白した。
「番組終わった後、楽屋に毎回、吉本の社員とか偉い人が待ってて、そのまま取り調べみたいなの受けるでしょ? そうなんですよ。僕、最近、吉本の社員のこと、「公安」って呼んでるんですよ。治安維持法でね、ちょっと僕がつぶやいたらしょっぴかれて」
「この前なんか、『ガキの使い』で『アウト!』って言う藤原(寛)さん、(よしもとクリエイティブ・エージェンシーの)社長ですよ。社長が楽屋に座ってるんですよ。アベプラが終わったら、『ちょっと来てください』って言われて、『こないだのTwitterの件やけども、これはどうにかならんか、百田(尚樹)さんや高須(克弥)さんのこと』ということで、楽屋に30〜40分も閉じ込められて、ずっと藤原さんに言われたんですよ。『ホンマにあかんときは「アウト!」って言わへんのや』っていうくらい(笑)」とも明かした。
 真っ向から政権批判を口にし、沖縄の米軍基地問題や原発の問題の問題を語り始めて以降、メディアへの露出が極端に減った村本だが、その背景にはやはり圧力があったのである。
 こうしたことを知ると、今も姿勢を変えないどころか、さらにその発言を鋭くしている村本の覚悟に感動すら覚えてしまう。
 しかも、村本がすごいのは、適当な知識をつぎはぎして口先で政治的なことを語っているわけではないことだ。沖縄の基地問題、原発、在日差別の問題でも、村本は実際に現場に足を運んで、虐げられている人たちの生の声に耳を傾けている。
 元山仁士郎氏が沖縄県民投票の実施を求め宜野湾市役所前でハンガーストライキを行った際には、直接会いに行ってインタビューしているし、朝鮮学校にも実際に出かけ生徒と、差別の実態や無償化除外による困窮などについて話している。
2019年末、『THE MANZAI 2019』(フジテレビ)で披露されたネタに、こうした村本の姿勢、深い考えがつまっていた。
 吉本芸人の闇営業問題、原発問題、沖縄米軍基地問題などを風刺するこのネタのなかで村本は「僕はね、きょうはね、みんなときょうは喋りたくてね、カメラの向こうの社会と喋りたいんですよ」とのマクラからこんな話を始めた。
「いいですか。言いたいことがいっぱいある。たとえばあの台風19号の夜、ホームレスが避難所から追い出されましたね。それに対してですね、ホームレスは『“みんな”の迷惑になるから』という奴がいました。でも、そのホームレスは“みんな”のなかにはいないわけですね。
 たとえば、このまえ朝鮮学校に行ってきました。朝鮮学校の子どもと友だちになりました。そんな話をいろんな人に喋ったら、みんなが『どういうテンションで聞いたらいいかわからない』って言われました。その“みんな”のなかに朝鮮学校の子どもはいないわけですね。
 いつでも“みんな”のなかにいない人がいて、“みんな”のなかにいない人が透明人間にされて、透明人間の言葉は誰も聞かれないようになるんですよ。  その透明人間が日本にはいっぱいいるわけですよ!」
 ホームレスや朝鮮学校の子どもたちだけではない。生活保護受給者、障がい者、性的マイノリティなど、日本社会には存在そのものを「なかったこと」にされ、無視された人々がたくさんいる。
 そうした人々は社会からの助けを得られぬまま耐え忍び、その状況の苦しさを訴えたら、助けられるどころか責め立てられる。
 村本は、その構図に視聴者も加担し、誰かの「生きづらさ」を放置することで快適な生活を送っている残酷な構図に気づくべきであると喝破したのだ。
『THE MANZAI』放送終了後の「note」に村本はこんな言葉を書いている。
〈誰かの評価を欲しくてあの場に行くんではない。おれはそのバラエティのお茶の間にその透明人間達を連れて行きたかった〉
 こんな時代に、こんなことを考えている芸人がいるなんて。村本の想像以上の“本気”に強い感動を覚えた。


大賞 上田晋也(くりぃむしちゅー)
“圧力がかかっているのは政治的発言でなく政権批判”と本質を喝破し、安倍首相の吉本出演を真っ向批判


 今年の大賞は、くりいむしちゅーの上田晋也だ。上田は人気芸人でありながら、吉本の御用芸人コメンテーターたちとはまったく違って、これまでことあるごとに真っ当な安倍政権批判を口にしてきた。とくにMCをつとめる土曜朝の番組『上田晋也のサタデージャーナル』(TBS)では舌鋒鋭く、2018年、「赤坂自民亭」問題を扱った際には「えひめ丸の事故のとき、森喜朗首相がゴルフやってて退陣まで追い込まれたじゃないですか。僕はまったく同レベルの話だと思うんですよ」と地上波ではもっとも厳しい政権批判をしたこともある。
 2019年もその発言はますます磨きがかかった。3月2日の放送では、辺野古新基地建設をめぐる沖縄県民投票の結果を蔑ろにする安倍政権の対応について、「沖縄の県民投票。『この結果を真摯に受け止める』と安倍総理はコメントしたわけなんですけれども、政府の対応はまるで真逆と言いましょうか、真摯に受け止めるっていうのは、無視することなのかなと思ってしまいそうな対応なんですけれども」と厳しく批判している。
 しかし2019年の上田の発言でもっとも印象強いのは、安倍政権の言論弾圧の問題に踏み込んだことだろう。
6月8日の放送では、芸能人の政治的発言炎上問題について取り上げた。まずVTRで佐藤浩市、村本大輔(ウーマンラッシュアワー)、りゅうちぇる、ローラといった、ここ最近に起きた芸能人の政治的発言が原因の炎上案件を紹介。誰も言わないその本質に切り込んだ。
 日本では、前述したとおり、佐藤浩市、村本大輔、ローラらのように「政治的発言をした芸能人」が攻撃を受け炎上するのが恒例となっている。 これについて「日本では芸能人の政治的発言が忌避される」との解説がよくなされるが、上田はそうした見方に次のように疑問を呈したのだ。
「なんで最近芸能人が政治的発言をしちゃいけないって言われ出したのかも、そもそもがよくわからないんですよ。別に民主党政権のときだっていっぱい言ってたし、その前の麻生政権、福田政権、その前の安倍政権のときも言ってた。でも、そのときの安倍政権って別にこんな空気はなかったですよね」
 この上田の指摘は非常に重要なものだった。上田は「芸能人は政治的発言するな」という風潮が、実は「第二次安倍政権下」特有のものであると、いまの安倍政権下の異様な言論状況を喝破したのだ。
 さらに、『笑点』(日本テレビ)での安倍政権風刺ネタが炎上した騒動が紹介すると、上田は「え〜! 大喜利にまで(文句を)言い始めたの!?」としたうえで、すぐさま「『笑点』で『安倍晋三です』と(風刺を)語るのはけしからんと言うんだったら、安倍総理自身が吉本新喜劇に出るのはどうなのって僕は思いますね」と、コメント。政権との癒着や政権擁護発言は問題にされず、政権批判や政権と争う姿勢だけが問題にされていることを指摘したのだ。
 そして、この日の番組最後にはこんなことを語った。
「自由闊達な議論を許さない空気というのは世の中をどんどん萎縮させ、閉塞感のある社会を生み出してしまいます。自分と考えの違う意見を封殺しようとすることは、ひいては自分自身の首を締めることになる。後々、自分も意見を言えない世の中を生み出してしまうのではないでしょうか」
 残念ながら、『上田晋也のサタデージャーナル』は2019年9月で終了してしまったが、その最終回のいちばん最後に、上田が語ったのも、やはり、閉塞するメディア、政権批判に対して圧力がかかる不健全な言論状況への警告だった。
「私はこの番組において、いつもごくごく当たり前のことを言ってきたつもりです。しかしながら、一方で、その当たり前のことを言いづらい世の中になりつつあるのではないかなと。危惧する部分もあります。もしそうであるとするならば、それは健全な世の中とは言えないのではないでしょうか」
 今回、上田を大賞に推したのは、権力チェックの意識とポピュラリティをあわせもった上田のニュース番組を、もっといい時間帯でぜひ復活させてほしいという願いも込めてのことである。


 新年早々、リテラが受賞者の迷惑も顧みずにお届けした「芸能人よく言った大賞」、いかがだったろうか。いずれも「芸能人にしてはよく言った」というようなレベルではなく評論家やジャーナリストでさえ口にしないような本質的な洞察と強度をともなった発言ばかりで、「こんなにきちんとものを考えている芸能人がいるのか」と勇気付けられた読者も多かったはずだ。
 しかし、その一方で気になるのは、メジャーなメディアで彼らがこうした発言をする機会がどんどん減っていることだ。本文でも紹介したが、ウーマン村本はテレビからほとんど姿を消してしまったし、くりいむ上田が政権批判をしばしば口にしていた『上田晋也のサタデージャーナル』も番組自体が終了してしまった。
 芸能人がいくら「覚悟をもって」発言をしようとしても、メディアがそれを封じ込めれば、国民に届けることはできないし、逆にきちんとした考えを持った芸能人が不遇をかこつことになる。
今年こそ、メディアが変わり、政権批判する芸能人が「よく言った」ではなく「普通」になるような状況が生まれることを祈りたい。
(編集部)


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