宮崎宣子アナ 伝説の『ラジかるッ』大遅刻事件を振り返る

1月5日(日)16時0分 NEWSポストセブン

宮崎宣子が遅刻事件を振り返る(撮影/井上たろう)

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 女子アナの長い歴史上、避けては通れない“事件”が2007年12月11日、『ラジかるッ』(日本テレビ系)での宮崎宣子アナ(2002年入社)の大遅刻だ。翌日のスポーツ新聞全6紙を賑わせた大騒動の裏側を本人が振り返る。


 * * *

 私が日テレに入社した頃はかなり体育会系な気質が残っていました。新入社員は定時の30分前に出社して掃除や珈琲とお茶の補充、新聞のファイリングのほか、先輩一人一人の席に行って「おはようございます!」と声をかけていました。


 箱根駅伝のロケ前日は深夜2時まで仕事して翌朝6時集合なんて当たり前。長椅子で眠るADさんやディレクターさんたちに紛れて私も長椅子で寝ていました。女性アナウンサーが会社に泊まるのはご法度だったので、顔をハンカチで隠してこっそりと(笑い)。


 そんなふうに忙しく過ごしながらも、入社して3年経ってもレギュラー番組を持てないことには焦りがありました。宮崎弁が抜けないなどの理由からデビューも遅かったので、毎年6月の異動内示の時期は「アナウンス部から異動になりませんように」と祈っていました。ですから入社4年目になる直前で帯の情報バラエティ番組『ラジかるッ』が決まった時は本当に嬉しかったです。


 それに『ラジかるッ』を1年続けた頃、仕事ぶりが評価されて社内で表彰していただいたんです。ですが、それから1か月もしないタイミングでやらかしてしまって……。


◆真面目な日テレでは浮いていた


 遅刻の前日はいつも23時頃までかかる番組がなぜか21時頃に終わって、「ああ、今日は眠れる」と安堵しました。その心の緩みが失敗でした。本当は6時起床で7時半には出社していなければいけないのに起きたのが9時だったんです。


 起きた瞬間、携帯の尋常じゃない着信履歴に「何かの間違いだ」と思いました。次第に「嘘でしょ、夢であってくれ」と焦り、恐る恐るディレクターに電話すると「いいから早く来い!」と怒られ、昨日脱ぎ捨てた服に着替えて駆け込みました。


 開始15分前には到着しましたが、先輩が準備してくださったこともあって、45分遅れで出演しました。番組では「宮崎は来るのか!?」なんてスーパーが出されてまさに“事件”扱いでした(苦笑)。幸か不幸かその回は最高視聴率を記録したそうで、スタッフの皆さんは心優しく接してくれました。


 もともと私は立派にアナウンサーを育てる気質の強かった日テレでは浮いていたので、こんな私を使ってくれる『ラジかるッ』のためなら、何でもやろうと遅刻以降は、より強く心に誓いました。おバカキャラもバレてしまいましたが、「笑ってもらえるのも仕事」と割り切りました。


 その後、日テレもタレント性の強い女子アナが増えたので、私はその転換期のアナウンサーだったかもしれません。遅刻のことは今も夢に見ますし、反省しています。もう二度としたくないですね(笑い)。


【プロフィール】みやざき・のぶこ/1979年生まれ、宮崎県出身。2002年にアナウンサーとして日本テレビに入社。『ラジかるッ』『ザ!世界仰天ニュース』などを担当。2012年に退社後はフリーで活動する傍ら、2018年に自身がプロデュースするハーブの会社「EMARA」を設立、代表を務める。


取材・文■河合桃子


※週刊ポスト2020年1月17・24日号

NEWSポストセブン

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