ドロドロとした闇を娯楽作品へと昇華する椎名林檎——近田春夫の考えるヒット

1月6日(月)17時0分 文春オンライン

『ニュートンの林檎』(椎名林檎




絵=安斎 肇


 私事で恐縮だが、自分がプロの音楽家の道を歩み始めて、'20年で50年を迎える。そんな音楽人生のうち、20年強はこの原稿を書き続けてきているのだからねぇ。なかなか感慨深いものもある。そのなかで椎名林檎は、ずーっとひっかかる歌手の一人だった。


 初めは『歌舞伎町の女王』である。タイトルに惹かれ、気になって、どうしても聴いてみたくなった。といいつつ、聴く前まではなんだか「新宿の母」という占い師とイメージの重なってしまっていたこと(笑)を、今でも思い出す。'98年のことである。


 以来、このページで取り上げるにせよそうはならぬにせよ、チェックするようになったのは、やはりどのシングルもタイトルのつけかたが卓抜だったことは大きいだろう。さて『ニュートンの林檎』は、椎名林檎初のベスト盤だ。収められた全30曲をざっと見渡してみたが、思いは変わらなかった。いちいちの題名を眺めるにつけ、一体どのような内容になっているのか? ついそそられるようなものばかりなのだ。



ニュートンの林檎/椎名林檎(ユニバーサル)


 見事な曲タイトルといえば、思い出されるのが、一連の阿久悠作品におけるそれである。阿久先生の場合、映画名からの引用の多いことからも分かるように、必ず演劇的/物語的な景色/世界を想起させることを目的として、戦略が組まれていると私は捉えるものだが、比べると椎名林檎のはまったく別の文脈といえる。


 あえていうのならば、いわゆる“美術”それもダダ/シュルレアリスムあたりを連想させるだろうか? なんともいえぬ前衛的な気配を醸し出しているあたり、それこそ岡本太郎の『重工業』とかあんな感じ……? なのである。


 椎名林檎にいつも思うのは、そんな意味合いをも含めての、jpopというものとの距離のとり方の独特なことだろう。


 一方では商業音楽の極みであることを見据えながらも、社会的ポジションを得た表現ならではの持つパワーに頼んで、一種タブーに挑戦しようとするというか、既成の枠組みを打ち破ろうとする道具として、したたかに使いこなしているようにも映るからだ。


 それこそ手法としてはまさに“ポップアート”なのである。そして、かかる構造に於いての、晦渋(かいじゅう)/難解といった要素の程よい混ぜ加減こそ、椎名林檎のセンスとして、一貫してあるものだと、アルバムを聴き終えなにより思った。


 また、こうして一気に作品を聴くことで、あらためて強く浮き彫りになった/見えたものはもうひとつあった。収録全歌詞を通じ、根底に脈々と流れるもの、すなわち“女の情念”の存在である。そして、そんなドロドロとした闇のような本質を、一流のソフィスティケーションの効いた娯楽作品へと昇華させてしまう椎名林檎という人間は、一体如何なる形相で作業の机に立ちむかっているのだろう?


 ジャケットに映る、その不気味というに相応しい眼差しにやられ、ふと想像してみたくもなった次第なのである。




1998年「幸福論」(M2)でデビュー。2ndシングル「歌舞伎町の女王」(M5)、3rd「ここでキスして。」(M7)、4th「本能」(M10)と立て続けにヒットを飛ばした椎名林檎。2004年〜2012年までバンド「東京事変」を中心に活動を続け、バンド解散後はソロに戻り、2014年NHKサッカーワールドカップのテーマソング「NIPPON」(2枚目M7)などで時事的な話題も呼んできた。2020東京五輪開閉会式演出メンバーのひとり。2枚組、全30曲の本作が初ベストアルバムになる。




ちかだはるお/1951年東京都生まれ。ミュージシャン。現在、バンド「活躍中」や、DJのOMBとのユニット「LUNASUN」で活動中。近著に『考えるヒット テーマはジャニーズ』(スモール出版)。近作にソロアルバム『超冗談だから』、ベストアルバム『近田春夫ベスト〜世界で一番いけない男』(ともにビクター)がある。




(近田 春夫/週刊文春 2020年1月2・9日号)

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