SPEEDが想像の遥か上を行くグループであったことをデビュー作『Starting Over』から思い出す

1月6日(水)18時0分 OKMusic

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それまでTVの音楽バラエティー番組で準レギュラーとして活躍していた4人組に“SPEED”というグループ名が付けられて正式に結成したのが1996年1月13日。2021年1月13日はSPEED、ジャスト25周年のアニバーサリーである。これを記念して、この日にはこれまでSPEED名義で発売されたすべてのシングル、アルバム楽曲のオリジナルバージョンを完全収録した上に、未発表楽曲、未発表映像も収められたボックスセット『SPEED MUSIC BOX -ALL THE MEMORIES-』が発売される。初回生産限定盤なので、ファンならば躊躇なく手に入れるべきアイテムだろう。当コラムの2021年第一弾も躊躇することなく、SPEEDのデビューアルバムである『Starting Over』で行くのである。

想像を超えたスマッシュヒット

新型コロナウイルス感染症の世界的流行という誰もが想像していなかった事態に陥った2020年。予想だにしないことが起こるのはホントこれっきりにしてほしいと願って止まないところであるが、良い方向へ想像が裏切られるならなんぼあってもいいとは思う。ビジネスマンであれば予想を上回る売上となるならどんどん想像を超えてほしいとは誰しもが思うところではないだろうか。今回、紹介するSPEEDにはこんなエピソードがある。彼女たちのデビュー曲「Body & Soul」は累計で60万枚を売り上げ、いきなりスマッシュヒットとなった。チャートも最高4位と、新人としては上出来も上出来の記録となったが、発売前はそれほど期待されていなかったという。[当時事務所の社長に「30万枚売れれば褒めてやる」と言われたが、それを大幅に上回る大ヒットとなり、社長も驚いていたという]話である。当時、彼女たちはまだ小中学生で、その娘たちに“ミリオン間違いなしだ!”とか言うのもどうかと思うし、その社長にしてみれば発破をかける意味合いでそう言ったのだろう。また、「Body & Soul」は[デビューシングルだけに難産であり、レコーディングは約7回、期間は4月29日からおよそ2ヵ月にも及んだという。加えて6月には「サビの掛け合いが今ひとつ」「まだグルーブ感が足りない」ことから発売日を7月22日から2週間延期し、ようやく発売された]そうで、件の社長の発言はそうした苦労が背景にあったからこそ出たものかもしれない。([]はすべてWikipediaからの引用)

結果として「Body & Soul」は“褒めてやる”と言われた予想ラインを多く上回り、ここから彼女たちの快進撃が始まったわけで、今さらそこを細かく掘り下げても栓なきことではあるのだが、『Starting Over』を聴いてみると、“30万枚売れれば褒めてやる”と当時、事務所の社長が言ったことも、あながち的外れでもないというか、無難な線だったのかも…と少し思ったりもした。やはり最初期のSPEEDは“イロモノ”に近いもの──それを“イロモノ”と形容していいのかどうか分からないけれども、ここでは便宜上そう呼ばせてもらう──だったように思う。当時からそう指摘する音楽評論家もいたし、歌詞にその傾向を見て取れる。

《欲しいものは いつもあふれているから/立ち止まってる 暇はないよね/刺激がもっと欲しい》《痛い事とか恐がらないで/もっと奥まで行こうよ いっしょに…》《Body & Soul 全部脱いじゃえば/Body & Soul 勇気を出して》《Hot な Soul 強気で Go!/平凡な毎日じゃつまんない!/ドキドキするような快感と/Chance を今すぐ Get したい!》《今日も出逢い求めて/街へくり出そう》(M2「Body & Soul」)。

気になる箇所を抜粋してみた。およそ四半世紀も前のこととはいえ、小中学生の女の子たちがこれを歌っていたと思うと、(一応、個人的には…と前置きさせてもらうと)正直言って閉口ではある。この傾向は「Body & Soul」のカップリングである「I Remember」にも、表題曲ほどに派手ではないものの、確実に貫かれている。

《I Remember 忘れられない…/真夏の恋 熱く深く/Remember 体中が覚えてる/あのメロディー…》《Baby Baby あんなに大胆に/Baby Baby 彼にも見せた事ない…/不思議なほど 素直になれた私》(M8「I Remember」)。

「Body & Soul」も「I Remember」も(おそらくは巧妙に)ストレートな物言いは避けてはいるものの、これはセックスソングだろう。それを小中学生のあどけない女の子たちが懸命に踊りながら歌い上げるというのが初期SPEEDのコンセプトであったと想像できる。この作風がデビュー曲だけに留まらなかったことを考えれば、その想像はほぼ的中していると言っていいと思う。2ndシングル「STEADY」では若干、鳴りを潜めた感はあるものの、3rd「Go! Go! Heaven」では再びそのコンセプトが露わになっている。

《成熟した果実のように/あふれ出してく 欲望に正直なだけ/満たされてたい!》《今が旬の毎日だから/他人より多く 生きていたい/味気ない大人にだけは なりたくないから/Break Out! Break Out! Break Out!》《Go Go Heaven どこまでも行こう Hey Yeah!/矛盾だらけの世の中じゃ/良いも悪いも興味がないよね/Go Go Heaven かかえきれない My Soul/何が一番大切か/今はわからないまま 踊り続けてる》(M7「Go! Go! Heaven」)。

そして、アルバム『Starting Over』でも、一部その享楽的な内容は引き継がれ、拍車がかかっているような気がしなくもない。

《ひとときの Happy でいい/消しゴムで 消せる遊びなら…》《One Night Dream 夜が明けたら/クシャクシャに丸めて 捨てよう/RAKUGAKI した 恋の数だけ/ときめいて 傷ついて 大人になっていくのね/いつか必ずいい女になる》(M5「RAKUGAKI」)。

《最近マンネリだよ コウジとは/3ヶ月神話っていうけど/もう ヤバイかもね》《終電も行っちゃったね どうする?/もうちょっと強引でいいんだよ》《HIPなビートに合わせて/たむろしてる Bad Boyz & Girls/Tonight 思いきって/あぁ はじけたいね/ふたりきりで 踊り明かそう!/めぐり合わせね》(M9「Kiwi Love」)。

1980年代前半に女子大生ブームがあって、1980年代中盤にはそこから「セーラー服を脱がさないで」のおニャン子クラブが派生した。芸能界における性の低年齢化は1980年代に一気に加速したと言える。初期SPEEDのコンセプトをそれと地続きであると見るのは流石に穿ったものかもしれないけれど、こうして歌詞だけを抜き出してみると、それを先鋭的とかラジカルと言えば聞こえはいいが、小中学生に歌わせるにはやや度がすぎたものであると言わざるを得ないとは思う。

同世代からの圧倒的な支持

たが、しかし、ところが…である。多くの人がそこに眉を潜めたり、識者から咎めたりされることはほとんどなかった。前述の通り、「Body & Soul」は累計で60万枚のスマッシュヒット。2nd「STEADY」は最終的にミリオンを突破し、3rd「Go! Go! Heaven」では初めてチャート1位に輝く。みなさんご存知の通り、大衆からの圧倒的な支持を得たのである。いや、得たどころではない。1997年にリリースした5th「White Love」はダブルミリオンとなり、1998年の2ndアルバム『RISE』は出荷ベースでトリプルミリオンと、大ブレイクを遥かに上回って、完全に時代の寵児となる。とりわけ同世代の子供たちから圧倒的な支持を得た。個人的に印象に残っているのは彼女たちが主演した映画『アンドロメディア』のこと。映画は観ていないのでその内容がどうだったのかは知らないけれど、公開当時、盛んに放送されていたそのTVCMの中で、映画の感想を嗚咽交じりに語る小学生の女の子たちの姿が映っていた。今もよくある“大ヒット公開中!”などの煽り文句付きのアレである。泣きじゃくる子供を見て“そこまで感情移入させるものなのか!?”とかわりと驚いた記憶があるし、子供たちを巻き込むかたちでSPEEDが社会現象になっていることを否が応でも感じたところだ。

話をアルバム『Starting Over』に戻す。ここまで述べてきた初期SPEEDの歌詞の件──筆者はそれを図々しくも“イロモノ”に近いだとか何だとか指摘したわけだが、彼女たちを支持した同世代のファンたちは、そんなことは些末なことだと言わんばかりに、SPEEDに飛びついた。歌詞の深いところまでは分からないし、その内容が相応しいものかどうかなんて関係ない。ダンスと歌がカッコ良い。自分と同じくらいの齢の女の子たちがそれをやっていることにとにかくしびれる──。当時、小学生だったSPEEDファンに訊いてみたら、そのようなことを言っていたのでおそらくこんな感じで間違いはなかろう。言葉うんぬんではなく、ダンスと歌というフィジカルな特徴に直感的にビビッと来たのもローティーンならではだろうし、多感な時期の子供たちがSPEEDの活躍を自己肯定と結び付けたのかもしれない。

確かな歌唱力をしっかり露出

確かにアルバム『Starting Over』収録曲はどれも歌唱力が光るものばかりだ。アルバムを通して聴いてみて印象に残ったのは、ほぼ全編に彼女たち以外の声が多用されていること。しかも、それがかなりブラックミュージックの本格派と思しきシンガーを起用していることだ(クレジットを確認できなかったので誰かは分かりませんでしたが、名の通った人たちであるならば非礼をお詫びします)。M1「Walk This Way」の中盤では彼女たちのバックをしっかりと支えているし、M2「Body & Soul」ではイントロからハイトーンで楽曲を彩る。M6「サヨナラは雨の日....」のサビに重なるコーラスワークは洋楽的なアプローチで今聴いてもカッコ良い。

アルバムの後半になると、M7「Go! Go! Heaven」のアウトロ近くで聴こえてくるSPEEDのメンバーとの絡みはまだ控えめな感じではあるものの、M9「Kiwi Love」では(おそらく)外国人男性のラップがしっかり入ってきたり、M10「HAPPY TOGETHER」の間奏では(これもおそらく)外国人男性のコーラスが入っている上に、アウトロではその男性コーラスと迫力ある女性シンガーのソウルフルな歌声との絡みも聴けたりする。極めつけはM11「Starting Over」だろう。ゴスペル風のコーラスがほぼ全編にあしらわれており、《We're Starting Over》の箇所ではSPEEDメンバーの歌声が外部のコーラスと同等となっている。ほとんど溶け込んでいるようなかたちであって、ルックスがいいだけのグループではないことがダメ押しされているかのようでもある。

こうした外部のコーラスの多用は、メインヴォーカルのメロディーを引き立てることだけに留まらず、本格的なソウル、R&B──とは言わないまでも、その匂いを確実に楽曲に落とし込もうとした結果であったことが分かる。無論、当時の彼女たちの歌声がプロのミュージシャンに勝っているとは言わないけれども、決して見劣り(聴き劣り?)していないことは確か。そうでなかったなら、これほどまでに外部からの歌声を入れないであろう。つまり、本格派コーラスの多用はSPEEDが歌唱力で勝負するという決意の表れでもあったのだろう。特にアルバムの実質上のフィナーレであるM11「Starting Over」で前述したようなハーモニーを強調したということは、SPEEDは“イロモノ”なんかじゃなく、文字通り、“Starting Over=最初からやり直す”という決意表明だったのかもしれないと思ったりもした。そのM11「Starting Over」にはこんなフレーズがある。

《ひとりには慣れていたはずなのに/誰かそばに今日はいてほしくて/けどムナしさしか残らなくて/大切な人に気づいたよ》(M11「Starting Over」)。

スマッシュヒットに留まらず、ミリオンやチャート1位となると、《痛い事とか恐がらないで/もっと奥まで行こうよ いっしょに…》や、《成熟した果実のように/あふれ出してく 欲望に正直なだけ/満たされてたい!》の路線を続けることはもはやできなかった。今となってみれば急ブレーキというか180度の方向転換と思えるが、それだけ早い速度でSPEEDの社会現象化が進むという想像もしなかったことが起こったのだから仕方がない。スタッフ、関係者はそうするしかなかっただろうし、それが正解だった。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Starting Over』

1997年発表作品

<収録曲>
1.Walk This Way
2.Body & Soul
3.Luv Vibration
4.STEADY
5.RAKUGAKI
6.サヨナラは雨の日....
7.Go! Go! Heaven(Album Version)
8.I Remember
9.Kiwi Love
10.HAPPY TOGETHER
11.Starting Over
12.Starting Over(reprise)〜Walk This Way

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