70年代〜のスカ/レゲエ界に燦然と輝くトロンボーン奏者リコ・ロドリゲスの大傑作『Man From Wareika』

2023年1月6日(金)18時0分 OKMusic

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4月に社会人になったばかりという青年と仕事をすることになり、いろいろ話した。中学生の頃、吹奏楽部に入っていて、トロンボーンとチューバを担当していたとか。今もトロンボーンは自室にあるものの、残念ながらずっとケースにしまったままだという。やりたい気持ちはあるというので音楽活動の再開を勧めたものの、青年は何をやったらいいか分からないとのことだ。試しにトロンボーンがらみというだけで選んだ音源をプレゼントしてみた。1枚はニューオリンズを代表するブラスバンド、ダーティー・ダズン・ブラスバンド、もう1枚がリコ・ロドリゲスの『Man From Wareika』(‘76)だった。翌日、嬉しそうな顔で社交辞令たっぷりに感想を伝えてくれたのだが、ダーティ・ダズン〜はともかく、リコ・ロドリゲスのほうはすご気持ち良かったのだけど、「あの♪ンッチャ、ンッチャ〜っていうリズム、なんて言う音楽なんですか?」と一瞬愕然とする回答があった。うーむ、Z世代ではもはやスカもレゲエも知らない者がいるのか…。というわけで、気を取り直して、この名盤を取り上げてみる。

『Man From Wareika』(‘76)はジャマイカ音楽(スカ/レゲエ)界最高のトロンボーン奏者のひとりと言われるリコ・ロドリゲス(1934〜2015)が残した傑作アルバムだ。

ルードボーイ(不良)出身の少年が 音楽(スカ)に出会うまで

リコ・ロドリゲス(Rico Rodriguez)、あるいは短くリコ(Rico)はキューバのハバナで生まれ、その後移住したジャマイカのキングストンで育っている。父親がキューバ人の船乗りで母親がジャマイカ人だった。貿易の商売に手を出したものの、父親に商才がなく家計は火の車、仕方なく母方の親戚を頼ってジャマイカに移住したという感じらしい。昔も今もキングストンには不良やチンピラが溜まる危ないエリア、スラムがあったりする。そんな環境が影響したのかどうかリコも子供の頃はグレていたそうだ。母親は手を焼き、彼を感化院、今で言う児童自立支援施設のようなところに預ける。そのローマカトリック修道女によって運営されているアルファ・カトリック・ボーイズ・ホーム(Alpha Catholic Boys Home)での生活が彼の音楽人生をひらかせる。ホームでは社会に出て仕事に就けるように製本や印刷、車の整備などの職業訓練がある。その一方でシスターたちは更生の一環として、音楽教育などを取り入れていたそうだ。

その音楽というのが主に管楽器を使ったブラスバンドのようなものだった。リコは最初サックスを希望していたが、トロンボーンを任されることになる。教室にはプロの音楽家がやってきて指導に当たるという恵まれたもので、リコが師事したのが、のちにジャマイカのみならず世界的に評価されることになるスカのパイオニア、スカタライツ(Skatalites)を結成するトロンボーン奏者ドン・ドラモンド(Don Drummond)だった。リコは彼の教えもあってメキメキと上達し、ホームを出てストーニー・ヒル・インダストリアル・スクール(Stony Hill Industrial School)という工業学校に進む頃にはエリック・ディーン・オーケストラ(Eric Dean Orchestra)のメンバーになる。オーケストラと言ってもジャズのビッグバンドのような編成で、ジャマイカ流のジャズ/スカを演奏していたようだ。というわけで、バイオグラフィーの前半を紹介したところで、『Man From Wareika』(‘76)を聴いてみよう。

優れた音楽性だけでなく、 神聖さをも感じさせる、 ラスタ精神が貫かれた傑作

鍵盤、リズム隊、そして祝祭の始まりを告げるようにリコを含むホーンセクションが次々と入っていくかたちでイントロが始まる。スカ/レゲエに特徴的な2拍目と4拍目を強い裏打ちのキメ、それを低音の効いた重厚なリズムで小気味良く決まる、実に多幸感に満ちた音楽だという印象を、初めて聴いた時は感じたものだ。同時期に出たレゲエの、例えばあのボブ・マーリーのアルバムに比べるとインスト曲が多いこともあるが、メッセージ性を感じるというよりはサウンド、アンサンブルで聴かせるのだが、とても穏やかで温かみのあるグルーヴに包まれる。

全編でリコのトロンボーンが聴ける。ふくよかというかおおらかな、それでいて官能的に響く音だ。管楽器でもトロンボーンはその特性上、サックスやトランペットほどに速いピッチでは吹けない。そのぶん、伸びやかなブロウで空間を描くような音響効果も生み出しているように思える。

高らかに“ラスタ、ファーライ!”と叫ぶゲストヴォーカルを加えた「Africa」やラップ風DJのヴォーカルで聴かせる今日で言うダンスホールスタイルのレゲエに既に取り組んでいる「free Ganja」、また『スターウォーズ』のテーマ曲をイントロに使った「Ska Wars」、ジャズ・トランペッター、リー・モーガンの代表曲、「Sidewinder」に挑んだレゲエ版「The Sidewinder」なども、そのアイデア、懐の深さに今更ながら感心する。ダブミックスのバージョンには、あのキンクスの「You Really Got Me」、ジャズのこれまたデイブ・ブルーベックの名曲「Take Five」にも挑んでいる。

バイオグラフィーの続き。リコはその腕前を買われて早くからジャマイカのジャズ/スカバンドに参加する。その頃、彼はラスタになる。ラスタ(Rastafarianism) とはボブ・マーリーに代表される、レゲエの象徴というか、1930年代にジャマイカの労働者階級、農民を中心に広がった宗教的思想に根ざしている。エチオピア帝国最後の皇帝、ハイレ・セラシエ1世を神とするアフリカ回帰運動という側面を持っている。リコは師匠のドン・ドラモンドやドラマーのカウント・オジーら同じラスタのミュージシャンらと、ワレイカ・ヒルにあるコミューンに集まり日ごとセッションを繰り返していたという。この時期の活動がリコのスカ/レゲエの飛び抜けたセンスを磨いたに違いない。

ところが、リコは仲間に渡英を告げる。1961年のことだ。皆、その無謀な計画に反対したが、リコの意思は固かった。どういう目論見があったのか分からない。ツテがあったのかどうか。ロンドンには早くからジャマイカ移民のコミュニティ(元は英国がジャマイカを統治していたことも影響)があり、渡英するジャマイカンは珍しくなかったが、まだレゲエは本国でも起こっていないし、英国においてもポピュラー音楽界にはようやくビートルズやストーンズがデビューするか、という時期だ。アメリカから伝わったブルースなどを影響源に英国版ジャグバンドとでも言うべきスキッフルが流行っていた時代だが、ジャズも人気があった。その時期に、彼が最新の音楽ともいうべき、スカを英国に持ち込んだことは後に、この地に大きな影響を及ぼすことになるが、話を続けよう。

リコがロンドンに移り住んで1年後の1962年にジャマイカは英国の植民地を脱し、独立する。それを祝う気運に乗り、スカは大きなうねりとなって人気を得る。特にキングストンの貧困層の若者(ルードボーイ)に熱狂的に支持され、ドン・ドラモンド率いるスカタライツはブレイク。海外にも出かけて公演するようになる。一方、リコはロンドンでスタジオ・ミュージシャンとして数多くの仕事をしている。1962年から1966年頃にかけて、ここでは紹介しきれないが、おびただしい数のセッションとその録音があり、Rico’s ComboやRico’s All Starsといった名義のものがリストにあるところを見ると、早くからバンド・リーダーとして活動もしていたのだろうか。1969年頃にリリースされたRico & The Rudies名義の2枚のアルバム『Blow Your Horn』『Brixton Cat』などはすでに重厚なスカ/レゲエを展開していて今聴いてもゾクッとさせられる。渡英してすぐに仕事にありついたこと、中にはジョージー・フェイムのような著名なモッズ系アーティストとの仕事も含まれているところを見ると、彼の実力はすぐに多くが知るところだったのだろう。ただ、暮らしていくのに充分な収益を得ていたとは言い難い。ペンキ屋や自動車整備工についていた時期もあったようだ。

ロンドンを激震させた レゲエムーブメントの波に乗る

風向きが変わったのはボブ・マーリー&ウェイラーズのブレイクだったのではないか。マーリーは1972年に渡英して英アイランド・レコードと契約し、1973年春、米英でのデビューアルバム『Catch a Fire』を発表する。同年秋にはアルバム『Burnin’』、翌年には『Natty Dread』、続いてロンドン公演を記録したライブアルバム『Live!』で人気を世界的なものにする。それは勃興するパンク・ムーブメントと並び、革命的な出来事だった。ただ、リコがマーリーのアルバムに参加して…という事実は今のところ確認できず、双方のアルバムクレジットにふたりの名前を見つけられていないものの、交流はあった(一緒に並んで撮られている写真はある。また1978年のウェイラーズの ‘Exodus’ European Tourにリコはサポート・メンバーに選ばれている)。もしかすると、レコーディング時にはリコは偽名を使っている可能性もある。

その時期、マーリーのアルバムを出していたアイランドレコードはクリス・ブラックウェルという、早くからレゲエに入れ込んでいた白人がオーナーだったのだが、当時、レーベルの看板となるバンドの中にスティーヴ・ウィンウッド(スペンサー・デイヴィス・グループ、エリック・クラプトンを擁したブラインド・フェイスでの活動でも知られる)率いるバンド、トラフィックがあった。そのトラフィックのドラマー、ジム・キャパルディのソロアルバム『Short Cut Draw Blood』(’75)にリコは参加している。それもあってリコはクリス・ブラックウェルの知るところとなり、マーリーと並ぶ本物のラスタ、リコとアイランドは契約を交わす。

さっそくアルバムが制作されることになったのだが、アイランド側は一計を案じる。里帰りレコーディングを提案するのだ。相変わらず政情は不安定だったが、マーリーの成功もあってジャマイカはスカ/レゲエの震源地として盛り上がっており、リコも故郷に錦を飾る気分で帰国し、思い出深いワレイカ・ヒルで本作のレコーディングは行なわれる。個々の参加ミュージシャンについての情報がないのだが、ボブ・マーリーのアルバムにも参加しているセッション・プレイヤーから英国でのセッション仲間、そしてAlpha Catholic Boys Home時代の知り合いなど多彩な面子が揃っている。そして、本作のリズム隊を務めるのが、ドラムのスライ・ダンバー(Sly Dunbar)とベースのロビー・シェイクスピア(Robbie Shakespreare)で、後にレゲエ史上最強のリズム隊と言われるようになるふたりだった。彼らはジャマイカ内外のレゲエアーティストのレコーディングだけでなく、数多くのロック系アーティストからも共演を請われるようになる。その中にはボブ・ディランのような人物も含まれていたくらいだ。

70年代末、英スカ・リヴァイバルの 筆頭、ザ・スペシャルズに加入

アルバムは、初期のレゲエを…もっとマニアックな言い方だとナイヤビンギ(ラスタの宗教性をバックグラウンドに持つレゲエ・ミュージック)を代表する名盤の一枚として扱われるだけでなく、今も特別なものとして位置付けられている。現在はダブ・ヴァージョンを追加した拡大版が出回っているが、こちらも必聴である。日本のミュージックシーン、特にMUTE BEATや初期の東京スカパラダイス・オーケストラなどにも、その影響を見ることができる。

高い評価を得ながらも、アルバムセールスはそれほど芳しいものでもなかったらしいが、先に紹介したようにボブ・マーリー&ウェイラーズのツアーに誘われたり、多くのセッションに招かれるなど、リコは尊敬を集め、マイペースな音楽活動を続けていたようだ。そのうち、リコはレゲエファンがあっと驚くような行動に出る。70年代末、パンクムーブメントがひと段落し、様々な音楽性のポストパンク勢が出現する中、ブラック&ホワイトが混在するバンド編成でファッションも2トーンでキメ、スカリヴァイバルとも言える音楽性のバンドが現れる。奇しくも昨年末にリード・シンガーだったテリー・ホール(Terry Hall)が急逝したばかりだが、その代表格とも言えるザ・スペシャルズ(The Specials)や日本でもホンダのCMに出演するなど人気を集めたマッドネス、ザ・セレクターなど、20代の英国の若者たちのバンドが出現したのだが、なんとリコがザ・スペシャルズに正式メンバーとして加入したのだ。このバンドでもリコは「A Message To You Rudy」など英国チャートでトップ10に入るヒットの誕生に寄与している。

この後もリコは長く音楽を続け、90年代に入ってからはジュールズ・ホランズのR&Bオーケストラにトロンボーン奏者、時にはヴォーカリストとして活躍している。2007年にはイギリスの音楽産業への貢献を称えられ、MBE(Member of the British Empire)に指名されるが、次第に体調を崩し、2015年9月4日、入院先のロンドンの病院で亡くなっている。享年80。

TEXT:片山 明

アルバム『Man From Wareika』

1977年発表作品

<収録曲>
■Disc 1
1.This Day
2.Ramble
3.Lumumba
4.Africa
5.Man From Wareika
6.Rasta
7.Over The Mountain
8.Gunga Din
9.Dial Africa
10.Africa
11.Free Ganja
12.Free Ganja
13.Far East
14.No Politician
15.Firestick
16.Ska Wars
17.The Sidewinder
■Disc 2
1.This Day Dub
2.Gunga Din Dub
3.Africa Dub
4.Lumumba Dub
5.Dial Africa Dub
6.Man From Wareika Dub
7.Over The Mountain Dub
8.Rasta Dub
9.Ramble Dub
10.Take Five
11.Soundcheck
12.Children Of Sanchez
13.You Really Got Me
14.Midnight In Ethiopia
15.Shabeen
16.Night Of The Bongo Man

※ダブ・ヴァージョンを追加したリイシュー盤より


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