山本浩二氏、親友・星野仙一さんは「すばらしい男」 乱闘の思い出も

1月8日(月)12時47分 マイナビニュース

元広島の選手・監督でプロ野球解説者の山本浩二氏(71)が、8日の日本テレビ系情報番組『スッキリ』(毎週月〜金8:00〜10:25)に生出演し、4日に亡くなった楽天・星野仙一球団副会長(享年70)について語った。

○電話で「ありがとな」

星野さんとは東京6大学時代からのライバルで、50年来の親友という間柄。突然の訃報に「嘘だろう?」と冷静でいられず、「未だに信じられない」と胸の内を明かす。

「あれから4日ぐらい経ちますよね? 何にもできないんですよね。それほど強烈な……50年の付き合いですから。ショックが大きすぎて。こうしてVTRを観ていると、闘争心をいつも出して。すばらしい男でしたね」

すい臓がんと闘っていたことも全く聞かされず、「誰も知らなかったでしょ。それほど弱みを見せないというか。自分の弱みを、まず一言も言わない男ですから」。それでも、昨年11月28日に東京、12月1日に大阪で行われた「野球殿堂入りを祝う会」では異変を感じていたという。

「年に会う機会はそんなにないんですよ。3度ぐらいとか、電話とか。久しぶりにパーティーで会った時に『あれ?』と思ったんですよ。ちょっと痩せてるなというのと、声に元気がないなと。それが心配で。大阪でパーティーをやった後に2日間ぐらい寝込んだらしいんですよ。3日後に電話がありましたね。『ありがとな』という電話でした。『体に気をつけろよ』『ちょっと疲れてないか?』という話をして」
○胸ぐらをつかんだ乱闘の思い出

「大学からですから。ほとんど敵で、ライバルなんですよ。よきライバル。負けたくない。お互い勝負ですから勝ちたいわけですよね。ユニフォーム着ている時は喧嘩腰でしたね」と懐かしむ山本氏。互いに監督として対戦した時には乱闘も経験した。

「乱闘は監督同士であります。こっちはやられた方でデットボールで出て行くじゃないですか。星野見つけて胸ぐらつかんだんですね。言い合っている時にだんだん周りの選手がいなくなったんですよ。言い合いしながらわれわれも(周りを)見ると、アンパイヤが一人しかいない。本気だったのが、そこからちょっと演技になりましたね」

大学時代はそこまで話すことはなかったが、交流が深まったのはプロ入り後だった。

「対戦して移動日の時は必ずどちらかの家で食事をしました。本当は話をしちゃいかんのですけど、ほとんど野球の話をせずに。性格は違うんですけど、考え方はほとんど同じ。それで馬が合ったというか」
○星野仙一は「有言実行の人間」

現役時代、中日のエースだった星野さんを得意としていたのは、「性格を知っているから」。星野さんにも「お前は本当は良いやつなんだ」と伝えていたという。

「(デッドボール)当てるわけない、という気持ちで打席に入っていた。当てないと思うと向かっていける気持ちになるわけです。バッティングも良いバッティングができる。3割以上打ってるから、『(家の)柱の何本かは俺が建ててやった』そういう言い方するんですよ。負けず嫌いですから」

真っ向勝負を筋とする男であると同時に、「有言実行の人間」。北京五輪では星野監督のもとでコーチを務めた。

「『いつか同じユニフォーム着てやりたい』と現役時代に言ったことがあるんですよ。それを実行してくれた。ただ、仲良しじゃいかん。守備走塁を任せてもらったんですけど、監督とコーチの間であれライバル。良いチームを作って後者に渡そうという気持ちでした」

星野さんとの思い出を語り終え、「つらいですよ。馬鹿野郎ですよ。早すぎますよ」と吐露する山本氏。「まだまだこれから野球界に恩返ししなきゃいかん。そういうつもりはあったと思いますから」と星野さんの思いを代弁し、「私も後を継いで恩返しするためにがんばっていきたいと思います」と決意を新たにしていた。

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