基準なき国の“裁量”に左右される人生...「仮放免」の中国人高校生が抱いた夢

1月9日(木)15時30分 AbemaTIMES

「新元号・令和の発表で沸いたその日、日本の入管行政が大きく変わりました。警察担当の記者として多くの事件に携わる中で“仮放免”という言葉をよく耳にするようになりました。“仮放免”とは一体なんなのか。取材を進める中で、1人の少女と出会いました」。(メ〜テレ・小島佑樹ディレクター)
 

■“日本で暮らす資格”を失い、父は収容

 2018年12月。林佳昕(りん・かしん)さんは大学の合格通知を受け取った。留学生の父親の“家族”として5歳の時に中国から来日。名古屋市内の小中学校に通い、商業高校に進学。「社会福祉士になる」という将来の夢も見つけた。

 しかし佳昕さんの一家には在留資格がなかった。7年前に父親が大学院を退学したことで“日本で暮らす資格”を失っていたのだ。

 「不法滞在」の外国人は原則、入管施設に収容されるため、この時すでに父親は収容されていたただ幼い子どもがいたため、母親と4人の子どもたちには「仮放免」という措置がとられ、収容が解かれていた。

 家計を助けるために佳昕さんは就職を目指し、簿記2級、英検2級、秘書検定2級など、多くの資格を取得した。しかし仮放免の状態では働くことが許されていないことを知り、進学に切り替えた。

 それでも強制送還の対象。大学に合格した佳昕さんだけでも、日本に残る方法はないか。弁護士に相談することにした。「最近、家族全員の在留特別許可はなかなか認めない。ただ、娘さんの留学ビザは可能性ある」(田邊正紀弁護士)とのアドバイスをもらった。
 

■「挨拶もできず日本を離れるのが本当につらい」突然の強制送還

 そして12月27日、18歳になった翌日、佳昕さんは「仮放免」の更新と父親との面会のため、家族とともに名古屋入管を訪れた。しかし、何時間待っても一家が出てくることはなかった。身柄を拘束され、中国に強制送還されたのだった。

 全国の入管施設に収容されている外国人は約1160人。誰を、いつ強制送還するのかは、国の“裁量”で決まる。1978年に最高裁が示した「外国人の在留の許否は国の裁量に委ねられ、外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎない」という判例が、今も入管の判断の支えとなっているのだ。

 この頃、国は入管法を改正し、労働力として新たに外国人を受け入れる方針へと舵を切っていた。「良質な外国人を入れるから、良質でない人は帰す、という姿勢は強くなっていると思う」(田邊正紀弁護士)。

 佳昕さんが名古屋入管で高校の教師たちに宛てた手紙には「しっかり挨拶もできず日本を離れるのが本当につらいです」と綴られていた。なぜ自分たちなのか。なぜこの時だったのか。具体的な説明はなく、送還直後の自宅は、一家が家を出たときのまま残された。
 

■「入管の判断は裁量の範囲を逸脱」高裁が逆転の判断

 それからの佳昕さん一家は中国・福建省にある父親の実家に身を寄せていた。

 日本で育った佳昕さんは、中国語が話せない。「日本で生活してきて、自分が周りとは違うということを感じずに生活できたし、色んな人が助けてもくれたので、自分も困っている人を助けたいっていう気持ちがあって」。日本で見つけた、社会福祉士になりたいという夢は諦めきれない。

 日本では佳昕さんを「留学生」として入国させるための裁判が始まっていた。しかし2019年3月20日、一審の名古屋地裁は「入管の裁量は濫用されたとは言えない」と、佳昕さん側の訴えを退けた。田邊弁護士からの「だめでした」との電話に、佳昕さんは「ここまでありがとうございました」と絞り出した。

 ところが、そのわずか1週間後3月27日、名古屋高裁が「留学」を認めた。大学合格などを考慮し、いま入国が許されなければ不利益が生じると指摘。入管の判断は裁量の範囲を逸脱していると結論付けた。「決定です!よかった、よかったです!」と笑顔の森上未紗弁護士。

 ただ、日本に行けるのは佳昕さんひとり。4月25日。「体に気をつけて」。祖母に見送られ、涙が止まらない佳昕さん。空港に付くと、またしても行く手を阻まれた。「パスポートが1月で切れてるって。聞いてる?」「聞いてない。ビザ出たじゃないですか」。

 日本が強制送還したことで、佳昕さんのパスポートは中国当局によって無効にされていたのだ。「もうやだ…」。両親は「こうなったのは私たちのせい」と沈痛な表情を浮かべた。
 

■「中国人であることを堂々と言ってもいい」

 「日本に行きたいです。一番頑張れるところだから…」。そんな思いを抱き、およそ半年。6月12日、中国の空港で家族に見送られる佳昕さんの姿があった。弁護士らの強い働きかけによって、中国当局がパスポートの再発行を認めたのだ。

 半年遅れて大学に入学し、社会福祉学を学ぶ。アパートでの一人暮らしも始まった。生活費は支援者のカンパで賄う。

 「今は在留資格もあるから中国人であることを堂々と言ってもいいじゃないですか、誰にも責められない。すごく安心感があるなと思います。自分の頑張り次第で何にでもなれる気がして、在留資格があるからこそ余裕をもって考えられるから、ゆっくり決めていこうと思います」。

佳昕さんに認められた「留学」の在留期間は4年間。目指している社会福祉士になれたとしても、新たな在留資格を得ることは簡単なことではない。

在留資格を左右する基準なき国の“裁量”。その判断に、日本で生きる若者の人生が委ねられている。今後ますます増える外国人とどう向き合い、共生していくのか。令和の時代に即した基準作りが今、求められている。

(メ〜テレ(名古屋テレビ放送)制作 テレメンタリー『仮放免者の夢』より)

AbemaTIMES

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