「落語演らない落語家」だった笑福亭鶴瓶 今は百席のノルマ

1月9日(月)16時0分 NEWSポストセブン

広瀬和生氏は1960年生まれ、東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。30年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に接する。その広瀬氏が、長年「落語を演らない落語家」だったと評するのが、笑福亭鶴瓶(つるべ)だ。


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誰もが知ってる人気タレント、笑福亭鶴瓶。彼は落語家としての独演会も精力的に行なっている。自らに課したノルマは「年間百席の落語」。テレビ・ラジオで週八本のレギュラー番組を持っていることを考えると、この数字は凄い。


もっとも、彼がこれほど落語に積極的に取り組むようになったのは最近のこと。彼は長年「落語を演らない落語家」だった。


1951年生まれ、1972年に六代目笑福亭松鶴(故人)に入門。鶴瓶の「身近なネタを面白くしゃべる」才能はズバ抜けており、自分に起きた「事件」を語るフリートーク・ライヴのスタイルは、「鶴瓶噺」なるジャンルとして確立されているほどだ。


売れっ子タレントとして活躍する鶴瓶が落語を本格的に演り始めたのは2002年。きっかけは、春風亭小朝の強い勧めによるものだ。最初は小朝との二人会で演じた『子は鎹』。そして2004年からは小朝が主催する「東西落語研鑽会」において、『らくだ』『愛宕山』『立ち切れ線香』『死神』と、四年連続で古典の大ネタを披露している。いずれも小朝からリクエストされた演目だという。


上方落語において『らくだ』は「大ネタ中の大ネタ」ともいえる別格の噺で、六代目松鶴の十八番。これを手掛けるのは、鶴瓶にとって感慨深いものがあったに違いない。2007年には「鶴瓶のらくだ」なる全国ツアーを敢行、東京・歌舞伎座、大阪松竹座ほか日本各地の伝統ある劇場を廻って二万人の観客を動員した。


※週刊ポスト2012年1月13・20日号

NEWSポストセブン

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