篠沢教授が書き遺していた「クイズダービー」の思い出

1月10日(水)16時0分 文春オンライン


©文藝春秋


「主人はあの番組が本当に好きでした。病に侵されながらも、毎晩のようにパソコンを操作して執筆を続けていましたから。メモも見ず、日記も見ず、記憶だけを頼りに。きっと、楽しかったあの頃の思い出が次々と蘇ってきたのだと思います」


 こう語るのは、昨年10月26日に逝去した学習院大学名誉教授の篠沢秀夫さんの妻・礼子さんだ。礼子さんの手許には、〈懐かしいクイズダービー 篠沢秀夫〉と題された一束の原稿がある。


 篠沢さんは1977年から1988年まで、TBSの人気番組『クイズダービー』(1976年〜1992年)に解答者として出演し、「篠沢キョウジュ」の愛称で親しまれた。2009年にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症した篠沢さんは長い闘病生活に入ったが、そんな中、生きる支えとなったのは執筆活動だった。そして、亡くなるまでの8年間でなんと7冊もの本を書き上げた。



共演者たちとの1枚(1986年1月)。(右から)はらたいら、竹下景子、大橋巨泉、山﨑浩子


 だが、出版が叶わなかった本が1冊だけある。


 それが、『クイズダービー』への思いを綴った、この原稿だった。司会の大橋巨泉氏のこと、番組の放送作家だった景山民夫氏からかけられた言葉、長山藍子氏や竹下景子氏ら共演者たちとの思い出——。400字詰め原稿用紙で200枚にも及ぶ原稿には、篠沢さんの思いが詰め込まれている。



自らパソコンを操作して書いた


 礼子さんは言う。


「2011年頃、主人は思い立ったようにこの原稿を書き始め、1年ほどで書き上げました。私には、『礼子、出版社に掛け合ってくれ。どんなに小さな所でもいい。なんとしても本にしたいんだ』と何度も繰り返し言っていました。ですが、その夢は生前には叶いませんでした……」


 篠沢さんは、こう綴っている。


〈本番も控室と同じでした。筋書きがあるわけではない。巨泉さん中心に語りが盛り上がります。遊びに来た感じです。おお、クイズダービーとは、皆で視聴者のお家へ出向いて賑わうホームパーティなのです〉


 この遺稿の抜粋は、1月10日発売の 『文藝春秋』2月号 で初公開される。




(「文藝春秋」編集部)

文春オンライン

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