井上公造にも反撃、ASKAのマスコミに怯まない姿勢は昔からだった! 講談社の記事に怒り自ら新聞に謹告文出稿

1月11日(水)21時0分 LITERA

『インタビュー』(幻冬舎)

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 昨年末、覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕・拘留されたものの、嫌疑不十分で釈放されたASKA。


 この件に関するマスコミの報道は本当にひどいものだった。テレビ各局はまだ逮捕状すら出ていない段階にもかかわらず、警視庁のリークに乗っかって「ASKA元被告 逮捕へ」と一斉に報道。当のASKAは自分のブログで逮捕も覚せい剤の陽性反応も完全否定したが、ASKAの自宅前にはマスコミが集結。警視庁による身柄確保の瞬間まで、あらゆるメディアで実況中継されるという事態に発展したのだ。


 この後もブログの内容をあげつらい、まだ捜査も進んでいない段階で薬物常習者だと決めつけるような報道を続けたことや、タクシー会社に車内映像を提供させて放映したことも記憶に新しい。


 そういった報道のなか、芸能レポーターの井上公造が11月28日放送『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)のなかでASKAの未発表音源を無許可で放送したのも大きな問題となった。ミュージシャンの未発表作品を本人の許可もなく勝手に流すという有り得ない行動にASKAはブログで異議を綴っていたが、「SPA!」(扶桑社)2017年1月3日号掲載のインタビューでも、このように怒りを表明していた。


〈絶対やっちゃいけないことですよね。というよりも、よくあんなことができたな、という気持ちです。僕は昔からそうですが、楽曲の反応を見るために、完成前の未発表曲を聴かせることがよくあります。もちろん、コピーなどしないことを大前提にです。数十年間、誰も約束を破る人などいませんでした。井上さんとも「絶対に公開しないでください」「もちろんです」とのやりとりがありました〉


 一般的に、メディアスクラムを組んだこのようなバッシング報道を受けた芸能人は、泣き寝入りするのがパターンだった。しかし、ASKAの場合はブログなどを用いて対抗。集団リンチのような状態にも、決してひるんだ様子は見せなかった。


 実は、ASKAのこういった姿勢は昔から一貫していたものだ。そのひとつが、約20年前に講談社から出版されていた雑誌「Views」(現在は休刊)内の表現をめぐり、論争した事件である。


 この件でASKAは「Views」で書かれている自分の発言は誤りであるとして朝日新聞の全国版に自ら謹告文を掲載し、さらに同年、この件についての経緯や思いを記したエッセイ集『インタビュー』(幻冬舎)も出版している。


 ことの発端は、「Views」1996年7月号に掲載されたASKAのロングインタビューだった。


 当時のCHAGE and ASKAは、94年と95年に香港、台北、シンガポールなどをめぐるアジアツアーを行っており、特に95年の台北公演は2日間で4万人もの観衆を集める大規模なものだった。そんな当時の状況を踏まえ、複雑な歴史的背景をもつ地に赴き、そこで日本人として音楽を届けるに至った思いを聞くのがこのインタビューのテーマだ。


 前述『インタビュー』によれば、「Views」インタビュー記事が出来上がるまでには喧々諤々のやり取りが交わされたという。掲載前に一度でき上がった原稿をチェックしたASKAはもっと充実した記事をつくることができるはずだと、「可能なら再インタビューをしてもらえないか」との提案を自ら持ちかけ、例外的に再度取材の席を設けるなどした末に、この記事はつくられた。


 結果としてでき上がった記事はある程度納得のできるものとなった。アジアツアーを考えるにあたり、「それでなくともアジアでは、日本人は嫌われている。過去の歴史について自分なりの答えを用意してないと、とてもじゃないけど、オレたち、受け入れられないぞって考えたんです」と葛藤していていたことを明かしたり、ツアー中に現地のオーディエンスと触れ合い、音楽を通してお互いを理解するようになるにあたり、その葛藤がだんだんと解きほぐされていった経緯などが語られている。


 しかし、そのなかにひとつ問題となる表現があった。見出しだ。この記事の扉ページには、ASKAのグラビアの上に、こんなキャッチが大きく打たれていた。


〈「日本ではすべてやり尽くした。めざすはアジア、そして世界だ」〉


 また、新聞に掲載された「Views」の広告にも、同じような一文が打たれていたという。


〈飛鳥涼激白「日本ではすべてをやり尽くした。めざすはアジア、そして世界だ」〉


 これを見たASKAは困惑する。というのも、見出しや広告で強調されていた海外進出に関するこのような言葉は、CHAGE and ASKAのグループとして抱いていた考えと最も遠いものだったからだ。前述『インタビュー』でASKAは、海外進出に関してインタビューで答える際には、このような表現にならないよう細心の注意を払っていたと綴っている。


〈気負って海外へ出て行くことのカッコ悪さを、僕らは常に口にしていた。
 日本という島国独特の美学というのがある。海外でなにかをやるとマスコミはこぞってアジアだ、世界だと紹介する。
 インパクトはあるが、とっても滑稽に見えていた。僕らは「活動のエリアが広がったと考えて行くんだ」と取材の中では語ってきた。
 もちろん『Views』のインタビューでも同様の説明はしていた。
 それがまったく裏返しになっている〉


 この見出しや新聞広告を見た人は確実にインタビュー内容を誤解するだろう。そのことを危惧したASKA側は「Views」編集部に訂正広告を依頼。しかし、それは受け入れられず、代わりに、次号の編集後記に掲載することを提案されるにとどまった。


 それでは不十分だと考える彼らは結果として、所属事務所であるリアルキャストとヤマハ音楽振興会の名義で96年6月7日付の朝日新聞に謹告文を掲載するにいたる。それはこのような文面だった。


〈講談社発行「ヴューズ」7月号表紙見出し飛鳥涼「日本ではすべてやった。いま世界を本気でめざす」と、また本文中七十三頁において、飛鳥涼激白「日本ではすべてやり尽くした。めざすがアジア、そして世界だ」と記載されておりますが、飛鳥涼はそのような発言はしておりません。読者に誤解のないようお伝えいたします〉


 しかし、ここから状況は泥沼化していく。これを受けて講談社側は「Views」96年8月号に「Viewsから緊急メッセージ 「問題発言」を全公開 飛鳥涼氏の"妄言"を糾す!」という反論記事を掲載。ここでは、再取材を提案する電話口で担当編集者に対しASKAが「アジアでの活動のことをもっと書いてもらいたい」と言っていたり、意見広告を掲載する前に送付されてきた「Views」側に謝罪広告を求める通知書に対する回答期限がわずか24時間しかなかったとするなど(ASKA側は『インタビュー』のなかで、訂正広告の掲載については1週間前に伝えていると後に反論)、「言った」「言わない」論争に発展していった。


『インタビュー』によれば、この後ASKAは、一連の騒動について検証する「Views」掲載のインタビューを受けることに合意するのだが、編集長も取材現場に立ち会うという約束が土壇場で反故にされるなどしたことから、その企画は頓挫。結果として、騒動が起きた年の年末に『インタビュー』という本を執筆することになったのだ。


 この件に関しては、お互いの意見がすれ違ったまま収束。結果としてどちらの言い分が正しかったのかは分からないまま時は過ぎてしまった。


 しかし、そもそも、なぜASKAはたかだが見出しぐらいのことにここまで神経質になったのだろうか? 『インタビュー』のなかで彼はこのように綴っている。


〈音楽は、本人さえも気づかない大事なところ、自ら触れることのできないところへ作用する。作り手がどんなに一生懸命になって、聴き手の心の中に入り込もうとしても、聴き手が作り手を否定した場合は、もうなにも響かなくなる。
 聴き手は無意識に自らの大事なところへ招き入れないように音楽をブロックしてしまう。
 逆に強く受け入れた場合は、自分の選択に間違いはないと思い込みたいために、すべてを受け入れようとする。
 これがよく言う「魔法をかける」であろう。
 しかし、その魔法も、時代の流れや、その人の価値観にそぐわないものが見えてしまうと、一瞬にして解けてしまう。
 回復は本当に難しい〉


 現在のASKAの状況を考えると、なんとも意味深に聞こえる言葉ではないか。そういえば、ASKAはいま、逮捕騒動の顛末をまとめた告発本を執筆しており、そこでは、「なぜ尿検査にお茶を提出したのか」といった誰もが知りたがっている事柄に関しても明かしているという。


 ASKAにとっては、この本が、20年前、新聞に出した「謹告文」と同じ位置付けということになるのだろうか。


(新田 樹)


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